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97 対蘭追加条約


 そんなお家の事情からオランダは、


「対米交渉のときのような全面協力はムリ!」

「できたら、今回は両国から距離を置きた~い」


 ―― というのが本音らしい。



 でも、それじゃ、困るぅ。


 俺の交渉術は、アメリカ風モブ作戦なんだもん!



 えっ? なんのことだかわからん?


 ほら、アメリカじゃ、大統領でも議員でも、ニューヨーク証券取引所のガンガンうるさいオープニングベル・クロージングベルのお立ち台でも、なにかっちゃー自分の背後にモブ要員配置して、

「俺、ひとりじゃないから! 仲間たくさんいるから! ボッチじゃないから!」をアピールするでしょ?

 アレっすよ! あの絵面えづらっすよ!


 つまり、「日本は孤立してないから! いざとなれば、助けてくれる国がいっぱいあるんだから! だから、日本をいじめるとヒドイ目に遭うぞ!」な形で交渉に臨むのが俺の基本スタイルってこと。


 これは、昔ハブられてたボッチ時代のかなしい体験がもとで……(くすんくすん)……な、泣いてなんかないからね?

 ちょっと目にゴミが入っただけで……(ぐしゅ)。



 だ、だから、いま日本国内にはもうひとつの同盟国・アメリカ領事はいないし、俺としてはぜひオランダさんに友だちのフリしてもらわないと対露交渉がやりにくくなるわけ。


 とはいえ、ロシアを敵にまわして日本に協力させるには、土壇場で裏切られないよう、それなりに手を打っておかないと。


 もし、日本こっちより露西亜あっちと組んだ方が得だと見切ったら、クルチウスはさっさとプーの手を取るだろう。


 同盟国といっても、日本に協力するのはオランダに利あればこそ、だ。


 すべて国益優先。

 そこにはあるのはドライな損得勘定のみ。


 そこで、オランダを交渉に引きずりこむために、まずは今回のお買い得情報(追加条約)を提示してみた。



 一)樺太ゲットのあかつきには、ここにもオランダ商館開設しちゃってください。


 ほら、オランダさん、いままで東南アジアにしか拠点なかったでしょ? 

 北の方にも拠点できたら、いろいろ便利っすよ。



 二)蝦夷・樺太を開拓し、じゃがいも・ニンジン・玉ねぎ・キャベツ、プラス畜産振興で牛乳・食肉の生産。西洋人が欲しがる食材をたくさんご用意いたしましょう!

 だから、開墾も手伝ってね?


(リクエストがあれば、収穫祭にお呼びして、ダイコン踊りもご披露しますぜ!)



 三)蝦夷・樺太に眠る炭鉱開発への協力依頼。

 ね、そうすれば蒸気船の補給も楽にできるし。



 四)いままで主にロシア人と取り引きしていた毛皮をオランダともはじめま~す。

 いまなら動物保護団体もうるさくないし、ガッポガッポっすよ!



 うーん。前回にくらべると、お得感がイマイチかも。


 しゃーねーなぁ。

 いつもの口八丁スキルによる渾身のプレゼンで、なんとかしましょう。



[え~、じゃ~、とりあえず、ロシアの要求をいっしょに確認してみましょうか。


『樺太・千島列島うんぬん』は、ハッキリいって、オタクには、興味ないでしょ?


 ほかには、『補給のため箱館・下田・長崎を開港』?


 ふんふん、なるほどなるほど。


『ロシア領事の駐在』『裁判権は双務に規定』?


 あー、はいはい。


『片務的最恵国待遇』?


 ああ、いつものアレね?


 ん、なになに、この横にちっちゃく書いてある一文は?


『将来日本が他国と通商条約締結の場合、ロシアにも同一条件の待遇を付与』?


 おやおやおやおや、さすがにこれは、まずいんじゃないの、オランダさん?


 ロシアのコレ認めちゃったら、オランダのウマ味、なくなりません?


 だって、いままで列強の中で対日貿易してたのはオタクだけだったけど、ボク、このあと上海に行って、対英、対仏、対清、ひょっとすると対プロイセンなんかと条約を結んでこなくちゃいけないんですよ。


 もし、ロシアにOK出したら、みんなも手をあげますよね?


 それにアメリカも黙ってないですよね?


 あらら、一気に自由貿易開始になっちゃいそうですねぇ。


 まぁ、日蘭ボクたちは長~いおつきあいなんで、よ~くわかると思うんですけど、日本うちの社会は国内の需給バランスがきっちり取れてるんです。


 そんな状況で、急に自由貿易とかはじめちゃったら、どうなります?


 日本の一般庶民レベルだと外国から買いたいものなんて特にないから、輸出ばっかで輸入はチョボチョボつー感じになるわけですよ。


 そうなると、なにが問題になるでしょう?


 はい、正解! 

 日本国内で、いろんなものが品薄状態になって、生活必需品が高騰しますねぇ。


 その結果、なにが予想されますぅ?


 そうです!

 生活が苦しくなった民衆から、大ブーイングが起きるでしょうねぇ。


 とくに、諸外国との貿易を許可した幕府に対するクレームはすごいことになりそうです。


 じゃあ、今後、考えられる事態は?


 ザッツライト! 

 最悪の場合、革命 ―― わが国的には『倒幕』です。


 さぁ、そんなヤバい状況のときにかぎって、登場するのは……?


 はい、そのとおり!

 オランダさんの天敵・グレートブリテンおよびアイルランド連合王国 ―― いわゆるイギリスですねぇ。


 ん~、そういえばイギリスの得意技ってなんでしたっけ?


 ピンポーン!

『狙った国の内紛につけこみ、国内を分裂・抗争させ、双方が消耗しきったところで乗っ取る』手口です。


 そして、困ったことに、日本の場合、西国にMさんの長州藩・Sさんの薩摩藩という立派な仮想敵国が存在しているんです。


 開国したせいで世上がガタガタしてきたら、こっそり反徳川勢力を支援して、国内を二分する内戦にもっていく ―― イギリスさんならやりかねません。


 いや~、ホント、ヤバいですよぉ。

 イギリスが、武器弾薬、はては軍艦まで手配してくれちゃったりしたら、MさんもSさんももう戦うヤるっきゃない気持ちになっちゃいますって。


 でもねぇ、白黒ハッキリついて、内戦がキッチリ終わってくれればいいんですけど、もし、そうじゃなかったらどうなりますぅ?


 日本国内には三百弱の藩と、旗本領をふくめて八百万石分の幕府直轄地があるから、内戦の結果、徳川が崩壊して、このコマコマした小国が全部独立国家になっちゃって、各地で断続的な小規模戦闘がつづくことも考えられるわけですよ。


 そんな物騒な情勢下、しかも超小口の取引先をいちいち相手にして貿易とか……めっさやりにくくないすっか?


 やっぱ、交易するなら、きちんと統制のとれた一定規模の国家と安定的につづけられてこそ、利益も出るんじゃないでしょうか。


 それに、今後どうなるかわからない小国ちびっことチマチマ貿易しても、もうかるどころか、手間とリスクしかなさげだし。


 言っちゃ悪いけど、オランダさんって、かつて『海上帝国』とか称されてたころの勢いなんて、全然なくなっちゃってますよね。


 そんなオランダさんにとって、日本との貿易って意外に重要なんじゃない?


 徳川政権がなくなっちゃったら、オタクもそれなりにピンチじゃないのかなぁ。


 いままで二百五十年間投資してきた蓄積が、全部パーにならないといいんですけどねぇ。


 え? ロシアの要求なんか断りゃいいじゃん?


 ちょっとオコトワリしたくらいで、あの国がそんな簡単に引き下がりますか?


 マジありえないっすよ、ロシアって国は!


 今回だって、日本うちの領土にドカドカ踏みこんできて、「樺太&北方領土(これ)、俺の土地だから!」ってほざいてるんですよ。


 そのあげく、「ここの領有権を認めろ!」「和親条約にも書いとけ!」ですし。


 だからこんどの交渉でも、「オランダと通商してるのに、露西亜おれに認めないってどーゆーこと?」とか逆ギレ必至ですよ。


 でも日本、海軍力ないですからねぇ。


 オランダさん・アメリカさんのバックアップがなかったら、絶対なめられます。


 確実に交渉決裂ですね。

 武力行使ですね。

 国内大混乱ですね。


 ホント、貿易どころじゃありませんよ。


 ん? 結局なにが言いたいんだ?


 ですから、この対露交渉で失敗するとオタクだって困るでしょ?、ってこと。


 え?


「おまえたちほど困らない?」

「うまいこと言って、代理戦争やらせる気だろ?」


 いやいやいやいや、なにをおっしゃるのやら!


 ぶっちゃけ、ボクは別にどっちでもいいんですよ。

 オランダさんがロシア側につこうが、徳川に協力しようが、どっちでも。


 だって、ボク(会津)には、いちおう近代的な商工業の知識もあるし、優秀な人材も育ってきてるし、日本有数の穀倉地である本藩と地下資源豊富な蝦夷領もあるし、ロシアが攻めてきても会津兵の戦闘能力は高いですから、自領だけならなんとか守りきれるんです。


 ここだけの話、徳川がなくなっても、会津うちだけならどうにかやっていけるんで。


 でもね、オランダさんとは、いままでいいおつきあいをさせていただいていたし、今後の予想レンジ的なものは、お知らせしといた方がいいんじゃないかなって。


 まぁ、言ってみれば、ボク個人の誠意、みたいな?


 でも、決めるのはオタクですけどね。


 そーゆーことなんで、よ~くご検討ください]


 的にかるく脅……説得してみたりした。




 1854年 晩秋



 長崎のオランダ商館から、オランダ本国の植民大臣とバタフィアの東インド総督あてに、ある報告書が送付された。



[今般おこなわれる日露条約交渉において、オランダは日本に協力する立場を取ります。

 これはわが国の利益を第一に考えて決断した最善の選択です。

 両閣下のご理解をいただければ幸いです]




―― 今回だって、よその領土にドカドカ踏みこんで、「これ(ウクライナ)、俺の土地だから!」ってほざいてるんですよ ――


見損なったぞ、プー!

(プチャーチン? プーチン?)


……いや、ロシア的には、昔も今もブレてないのか。


2022.7


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