86 新撰組
そのとき、
「侯は先ほど『有為な人材は一発で記憶できる』と仰せにございましたが」
多摩抗議団最年少団員、唐突に発言。
「優秀な家臣の名をお忘れだったのですな?」
土方青年のするどいツッコミ。
さすが、のちの鬼の副長。
揚げ足の取り方がじつにイヤラシイ!
「い、一時ド忘れしただけではないか!」
「玉虫とやら、元は当家の臣では?」
規制線外のゲンちゃんが、さらにイヤなことを言いだす。
あ……たしかに玉ちゃん、『前職:仙台藩士』ってESに書いてあったかも。
でも、ダメーッ!
あれは昌平黌出の秀才だ。
だれが返すもんか!
この件に関しては、さっき『仙台藩のためなら、うんちゃらかんちゃら』と言ったのは無効ね。
あいつの文才は、べこコボ通信編集部には必要不可欠なんだ。
なくてはならない貴重な戦力を、仙台藩に取り返されたら、廃刊決定まちがいなしだ!
「はて? そうであったかのぅ」
(あわわわ、速攻話題かえなきゃ)
うーーーん。
おっ!? そうだ、ちょうどいい。あれに乗っけよう!
「そなたら、八王子千人同心だと申したな?」
問いかけたとたん、モジモジしはじめる三人。
「それがしの生家はたしかに……。なれど、それがしは三男にて、同心は兄のみ」と、井上。
「じつは、天然理心流宗家二代までが同心組頭の近藤家で、わが養父周助はもともと嶋崎姓……。
しかし、勝手に近藤姓を名乗り……(ごにょごにょ)」
未来の局長が、禁断の系図を滝汗で告白。
「それがしは、同心とは縁もゆかりもない百姓の十人兄弟の末っ子で……」副長涙目。
(ありゃ、悪いこと聞いちゃった?)
「ふむ、そうであったか。だが、そのような些事、問題ではないっ!」
「「「些事???」」」
「わたしが着目したのは、八王子千人同心そのものにはあらず! かの意気じゃ!」
「「「すぴりっと???」」」
「さよう! じつのところ、千人同心の有様については、前々から憂えておったのじゃ」
「「「はい?」」」
「八王子千人同心とは、甲州口の重要な守り手。旗本御家人にも匹敵する武士同然の百姓。それがなんじゃ、昨今のあのていたらくは!? 武道の心得もない豪農・町人が、ハクづけのため同心株を買いもとめ、千人同心を名乗っておるではないか!」
「「「ああ、なるほど」」」
俺の言葉になにか思いいたるものがあったらしい三人は、神妙な顔でうなずく。
「なんとも嘆かわしきことよ! また同心株を売り銭を得るなど、誇り高き多摩の民とは思えぬ堕落ぶり!」
「「「まことに」」」
「多摩の百姓は甲州口守護という大事なつとめをはたすと同時に、御公儀に年貢もおさめておる。いうなれば二重の御奉公。わたしはつねづね、そなたら多摩の民は旗本御家人以上の真の直参だと思うておったのじゃ」
「「「旗本御家人以上の直参!?」」」
「そこでじゃ」
三人をしびれさせる究極のワード、行くよー!
「そなたらのような至誠の漢に、ふたたび将軍家守護の任をあたえたい!」
「「「し、将軍家守護?」」」
「さよう。江戸周辺の御百姓衆を結集し、徳川直属農民隊を組織するっ!」
「「「徳川直属農民隊っ!」」」
「そなたらはこの中核となり、隊をたばねてほしい」
「「「中核!!」」」
「うむ。この隊はひとまず会津藩預りとし、いずれは御公儀の配下に組みこむ」
ったりめーだ。
会津の正規軍にしたら、うちが必要経費払うことになるだろうが。
「そこで、発足した農民隊とわが会津藩兵による合同軍事演習を今冬におこなう」
「「「さっそく、演習を!?」」」
ぐっふっふっふ。
じつはこの演習、うちに依頼がきた話なんだよね~。
去年、会津は幕府から命じられて、駒場野で大規模軍事演習を実施した。
容さん指揮する行軍・実演はとてもみごとで、幕閣以下ヤンヤヤンヤだったらしいが、幕閣連中調子に乗りやがって、今年もやれと言ってきた。
千人を超す大動員。
当然、江戸勤番だけじゃ足りなくて、国許からも大量招集しなきゃ不可能だ。
おかげでうちは大赤字!
公方さまからはちょこっと御褒美がでたらしいが、そんなの焼け石に水程度。
なのに、今年もだと?
とはいえ、(幕命に逆らうわけにもいかねーし)と悩んでいたところに、都合よく歩兵要員がむこうからやってきた。
農民隊を使えば、うちの藩士呼び寄せなくても、員数的にはなんとかカッコがつくはずだ。
そうすりゃ、会津の出張旅費は激減!
くっくっく、頭いいな~、俺。
「それまでは、ここにおる大野冬馬が取次をする」
ま、発足当初はうちで面倒みてやるよ。
これができれば、こっちも助かるし。
組織づくりは、大野に任せりゃなんとかするだろう。
演習後は幕府に丸投げ。あとはシラネ~。
ところが、
「おそれながら」
ご指名をうけた能吏は、するどい眼で俺を一瞥。
「それがしにさような余力はございませぬ。殿の御用とべこコボ通信ですでに手一杯にございます」
「…………」
たしかに。なにかあると、すぐこいつにふるクセがついてるようだ。
「では、そなた」
随員の中からランダムにチョイスし、扇子の先でビシッと指す。
「名はなんと?」
(え、また?)的に二度見する多摩族。
「はっ、手代木にございます」
「手代木とやら、そなたがこの者らの世話をせい」
「ぎ、御意」
突然の人事発令に、糸目がおよぐニイチャン。
(よしよし、これにて一件落着~)と安堵の息をつきかけたとき、
「ひとつ、願いあげたき儀が」
嶋崎がふいに訴願。
「なんじゃ、申してみよ」
「隊名にございまする」
「隊名とな?」
「農民隊ではいささか外聞が」
んだよ、隊名がダサくてかっこ悪いだと?
ぜいたく言うな!
「うーむ、さようか」
いきなり言われたって、すぐには……。
すると、
「殿、『新撰組』ではいかがでしょうか?」
近臣がナチュラルに助け舟。
「ぐ、はっっっ!」
バ、バ、ババ、バカっ!
そんなフラグびんびんな名前、絶対ないわっ!
しかも、『会津藩預り・新撰組』?
ソレ、かなりアブナイ響きだから!
ダメ、絶対にダメ!
「「「なにをうろたえておいでで?」」」
俺の気持ちをよそに、全員が不思議そうに注視。
「い、いや。なれど、なぜその名を?」
「新撰組はかつて会津に実在した隊名。とくに武芸にすぐれた者らがここに選ばれた由にございまする」
「「「武芸にすぐれた者!?」」」
狂喜するヤローども。
「「「ぜひ、その名をちょうだいしたい!」」」
「あ、いや、それだけは……」
「なれば、隊名は新撰組ということで!」
世話役になったばかりの手代木くんが、はりきって即決。
「ぅぐっ」
博識がアダになる典型的パターンだ。
と、
「やはり、それがしが見こんだ御方!」
完全部外者のゲンちゃんが、遠くから謎の声援。
「二十三万石の太守が市井の者らとここまで膝を交えて……なかなかできぬことよ」
なにをカンちがいしたのか、滂沱の涙で拍手喝采。
「まさしく!」
堀田くんまで無責任に追随。
「まことご立派にございます」
「よいものを見せていただいたのう、正禎殿」
「はいっ!」
おい、ヘンな賛美はやめろ!
これじゃ、引くに引けなくなるわ!
だが、
「いまは未曽有の国難。日の本のかじ取りがかつてないほど困難な折。かようなときこそ挙国一致し、事にあたらねばならぬ。
とは申せ、ほとんどの者は古き因習にとらわれ、下の者になど耳を貸さぬものだが、肥後守さまのみはちごうておられる。
さすが将軍後見役! 日の本一の賢侯!」
俺のサインにも気づかず、いっそう大げさに誉めたたえるゲンちゃん。
「当代一の英主にございまするな!」
だから、やめろっつーの、おまえらっ!
「げに。これぞ『言路洞開』!」
(は? JR東海?)
≪言路洞開とは、上位の者が下の意見に耳をかたむけ、意志の疎通をはかること。力によらぬ対話路線のこと≫
「「感服つかまつりましたっ!」」
「「「すばらしい!」」」
万雷の拍手。
ゲンちゃんの扇動演説が周囲を感動のるつぼに。
「い、いや……は、ははは」
(完璧につんだ)
かくして、農民隊あらため新撰組は、わりとあっさり誕生したのであった。
【スポポポ】