85 秘策
潮の香ただよう昼さがりのシーサイド。
険悪ムード充溢のアンテナショップ前。
かたや、新撰組幹部(になるはずの)三人。
こなた、藩内一の手練・大野冬馬。
三対一。
しかも、天然理心流は実戦向きの流派。
あらららら、これ、マズいんじゃね?
今回ばかりは、さすがのコワモテ小姓頭も、殺られるかもー!?
でも、そうなると、けっこう困る。
あいつ、母ちゃん以上に口うるさくてウザイやつだけど、能力・忠誠心・人望。
そして、なによりあの癒し力。
どの点からも、得がたき逸材。
失ったときのダメージがデカい!
しゃーねーなぁ、じゃあ、いっちょ助けてやるか。
といっても、剣ではムリなんで、いつものアレ ―― 得意の口八丁スキルで。
そうと決まれば、
「これこれ、やめぬか~」
ナリさん口調とともに、プレ決闘場にズカズカ。
「「「殿ーーーぉ!?」」」
随員・藩邸職員からわく悲鳴。
「「「キャーーー! 容さまーーー ♡♡♡」」」
入場待ちファンからおこる大歓声。
「な、なにゆえ、のこのこお出ましにっ!?」
平生のクールさをかなぐり捨てた寵臣の慌てっぷりに、内心ニヤリ。
「危のうございます! 殿は後方に!」
「これ、『のこのこ』とはなんじゃ? 『のこのこ』とは?」
「さような小事を、いま論じずとも……」
「いや、気になるではないか!」
(あなた、頭、大丈夫???)的表情で狼狽しまくる剣客。
その姿にほくそ笑みつつ、対面のニイチャンズに目を転じる。
「それに小事ではないぞ。のう、土方?」
「そ、それがしの名を、なぜ!?」
まだ二十歳前くらいの歳さんは、ビックリ仰天。
ふっふっふ、そりゃ、わかりますとも。
だって、あんたの洋装写真有名だし。
前に行った五稜郭タワーじゃ、顔写真つきペロペロキャンディーまで売ってたわ。
ああ、そういえば、母ちゃんが、「歳さまキャンディー、買ってあ・げ・る」とか、トチ狂ってたなぁ。
とくにこいつの顔をペロペロしたいと思わなかったんで、遠慮したけど。
「有為な人材は、一発で記憶できるのじゃ~」
はずかしげもなく思いっきりヨイショ。
「有為!?」
大老格要人の『いいね!』ショックで副長(になるはずの男)もフリーズ。
(はい、敵方ひとり討ち取ったりー!)
「うむ。そなたらのごとき憂国の士は邦の宝。ゆえに、即記憶じゃ~」
「「「憂国の士? 邦の宝!?」」」
驚愕する三人。
「……はぁ……」
反対に、背後からはゲッソリ感たっぷりのため息が。
こら、大野!
これは、おまえのための、命がけのネゴシエートなんだぞ!
なのに、なんなんだ、その「またはじまった(やれやれ)」みたいな脱力ムードは?
ちっとは感謝しやがれ、この恩知らずめがっ!
「先ほど読売(瓦版)がどうとか申していたようだが?」
「さ、さよう!」
将来、近藤勇になるとおぼしきイカツイ局長顔の嶋崎くんは、すっかり忘れきっていた来店目的を思いだしたようだ。
「貴藩の読売はあまりに惰弱すぎ、とても看過できぬゆえ、抗議しにまいったのだ」
「ほう、そうであったか。だがのう、書いておるのはわが賢臣だが、あれはすべてわたしの考えじゃ~」
「侯の!?」
「うむ。わたしが口述したものを、ここにおる大野と、もうひとりの……」
あれ? あいつ、名前なんていったっけ?
最近、中途採用したやつで……なんかちょっとかわった名前の……。
「えーと、名は……」
「「「名は?」」」
「ほれ、夏休みの自由研究で」
「「「夏休み?」」」
「「「自由研究?」」」
「とっ捕まえて、ピンで刺して、ずらっとならべて、標本にして」
「「「ぴん???」」」
「「「標本???」」」
「ほらほら、捕るのたいへんだけど、いっぱいならべるとなかなか見ばえがする、あのピカピカの昆虫――」
「玉虫にございますな」
微妙な半笑いでアシストする小姓頭。
「おお、そうじゃそうじゃ! 『玉虫』! 『玉虫左太夫』じゃ~」
ナ~イス、大野。
やっぱ、あんたがいないと困るぅ。
「その玉虫と大野がわたしの言を文章にし、発行しておるのが、そなたらのいう読売こと『べこコボ通信』なのじ~ゃ」
(……読売?)
てかさぁ、多摩のみなさん、アレ、読売じゃないからね?
あれ ―― べこコボ通信は、月三回発行のおしゃれな情報誌だから!
会津の特産品や、観光スポットの宣伝、プラス、イマドキの社会情勢・国外情報をわかりやすく池●彰さんもどき(ま、俺のことだが)が解説した定期刊行物なの!
つまり、販促と国論誘導、一石二鳥のメディア戦略ですよ。
なにしろ、今後一番こわいのは、攘夷論による世論醸成・世情攪乱。
そうなると、あっちみたいに皇都治安維持のため、『会津藩、京都守護職拝命』の流れになる可能性大!
「冗談じゃねーぞ。あんなビンボーくじ、死んでもゴメンだ!」が、憑依直後からの俺のモットー。
で、出した答えがコレ。
ニッポンの倒幕ムードを一気に盛りあげた、恐怖のシングルイシュー『攘夷論』。
≪シングルイシューとは、シングルイシュー・ポリティックスの略。争点をひとつに絞って国民に訴えかける戦術のこと≫
破壊力バツグンなこの情報戦攻撃に対抗するため投入した佐幕派側の秘密兵器こそが、会津藩発行情報誌・『べこコボ通信』なのだ。
これを発行した目的は、
「対外情勢・技術格差も考えず『とにかく攘夷だ! イケイケ!』なんてありえない」的国民合意を形成し、『攘夷論者イコールかなりイタイ人』な世論づくり。
最終的に、「攘夷? うわっ、やだ、まだあんなこと言ってるの?」みたいな空気になればしめたもの。
これは、ひとの評判を過度に気にする日本人特性に目をつけた心理戦で、敵より先に情報戦をしかけ、倒幕機運を事前にぶっ潰す先制攻撃なのでござる。
ところで、なんでこんなシチ面倒くさいハメになったかというと、それはただひとえに、『塩大福の尻ぬぐい』。
悪いのは全部あいつ!
日本国中に、中途半端に情報公開しやがった大福のせいで、今後の政局がぐちゃぐちゃになるのが予想されるからだ。
去年夏、アメリカ艦隊が浦賀沖に来航し、開国要求をつきつけて帰っていった。
そのとき阿部は、いままで一部の大名旗本だけが知りえた外交情報を、ドバーっと拡散しやがった。
従来幕政にはノータッチだった御三家や外様、二百年以上政治の場から隔離してきた朝廷、一般庶民にまで情報公開し、開国についてひろく意見をもとめたのだ。
これで阿部正弘は、全国民を覚醒させちまった。
一度政治に興味をもってしまった国民を、ふたたび遠ざけるのはむずかしく、現に俺の世界ではできなかった。
この潮流は、明治維新が成っても止まらず、自由民権運動にまでつながっていくのだ。
幕閣トップの大福がパンドラの箱を開けてしまった以上、俺は攘夷論が倒幕のスローガン化しないよう手をうつしかない。
マジでヤバイのが、日本国民ならふつうに持ってる『尊王』思想と『攘夷』論を合体させた最強のスローガン『尊王攘夷論』がはやること。
これは、水戸徳川家製の学問『水戸学』から発し、またたく間に全国に広がっていったやっかいな思想だ。
結局、徳川幕府はこのスローガンにかきたてられた時流にやられ、政権を喪失したが、その後の歴史を見れば、「『攘夷』なんてどこ行っちゃったの~?」になるのは周知の事実。
そんなこんなで、徳川一の佐幕派大名に憑依した俺は、あっちでの轍はふまないとかたく決意したのだ。
そこで、なにがまずかったか、幕末政局を徹底考察した。
さんざん頭をひねったあげく、「ピコーン!」とひらめいたのが、「情報戦に負けたことが最大の敗因じゃね?」ということ。
さらに、そこに至った大本は、
「中途半端に情報を出したこと」
「ムダに虚勢をはったこと」と結論づけた。
中途半端に情報を出せば、ひとは妄想がふくらみ、現実ばなれした思考におちいりやすい。
そのうえ国家が情報統制して、勇ましい『大本営発表』で不利な状況を糊塗しつづければ、いずれ国民は思うような国家運営ができない為政者を非難しはじめるはずだ。
いい例が、日露戦争と、その後のポーツマス条約。
この戦争で日本は、本当はギリギリ勝ちを拾ったのに、政府は都合のいい情報だけを流し、最後は大々的に勝利を喧伝した。
そのせいで、国民のあいだには巨大な賠償金・領土獲得の期待がグングンふくらんでいった。
ところが、講和条約締結後、その期待が失望にかわった民衆は一気に暴徒化し、『日比谷焼打ち事件』へと発展したのは周知の事実。
そして、それはこの幕末においても同じことがいえる。
幕府は、武家政権である自分たちの弱みをかくそうとムリをかさね、できもしない攘夷を朝廷に約束し、結果、このことで自縄自縛におちいってしまい、二回にわたる長州征伐・外圧のすえ、幕府は崩壊した。
だから最初から、「日本の武器じゃ、攘夷とか絶対ムリだから!」と宣言しちゃって、ヘンなミエをはらなきゃよかったんだ。
ってことで、べこコボ通信を通じて、日本と列強の軍事的優劣・極東での植民地支配の現状・貿易を開始するメリットとデメリット・攘夷戦に負けたときの被害予想などを正直に公開すれば、現実を知った国民は、いたずらに「攘夷」を叫ぶこともなくなるだろう。
とはいえ、取っつきにくいオカタイ内容だけじゃ、一般国民にウケないのは確実だ。
そこで、プリクラの版元をフル活用し、毎号、人気絵師による容さん錦絵表紙を採用した。
さらに各記事内においても、随所にイラストを多用し、むずかしい話は四コマ漫画で解説するなどの工夫もくわえ、庶民のみなさんに受け入れられやすい紙面づくりをめざした。
また、知的好奇心旺盛な江戸人用に、懸賞つきクイズ・パズルコーナーを充実させたりと趣向をこらして、定期購読者獲得にもはげんでいる。
俺だって、錦絵売ってウハウハしてるだけじゃないんだ!
幕閣として、それなりに深慮遠謀的なこともやってるし!
なのに……なのに、内容が先進的すぎたり、かみ砕きすぎてるせいか、多摩御一行様みたいに、文句つけにくる輩が後を絶たないのだ。
「帝や公方さまを漫画にするとは何事だ!」
「不謹慎だ!」
「国難をおちょくるな!」
「軽薄だ!」
「容さま入浴シーンを載せろ!」
などなど、記事に関するクレームもちょくちょく寄せられる。
なんだい、なんだい、プレ新撰組なんて、あっちじゃ、攘夷浪士バッサバッサなくせに、『神国』? 『夷狄』?
ジョーイ派みたいな単語ならべてんじゃねーよ!
それに、『惰弱』、だと?
バアチャンからオコチャマまで理解しやすいように、わざとやさしく書いてるんだ!
ガチガチの社説文より、こっちの方がよっぽどむずかしいのに、ひとの苦労も知らないで、みんな言いたい放題言いやがってよー!
(……ぶつぶつ、ぶつぶつ……)
だれも評価してくれない破滅阻止の秘策。
俺はむなしさのあまり、思わず自分だけの世界にドップリひたりまくった。