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84 芝口・会津藩中屋敷 

 同日 午後

 気分転換のため、芝口・会津藩中屋敷にお出かけ。


 風ちゃんの背にゆられ、八代洲やよす河岸をゆっくりウォーク。



 嘉永七年 葉月末 ―― グレゴリオ暦では、1854年九月下旬ころ。



 さわやかに吹きわたる風。

 そこここに咲きこぼれる可憐な花々。

 街はすっかり秋の気配。


 気鬱もふっ飛ぶ快適な乗馬日和。




 日比谷御門から外桜田に出て、完成間近の桜田学問所をちらっと視察。


 そこから南進し、幸橋御門で汐留川をわたる。



 幸橋の先は、愛宕下の大名小路。


 ここは、各藩の屋敷が軒を連ねるエリアで、似たような勤番長屋のナマコ壁と漆喰壁、堂々たる門扉がつづく。


 幕末動乱前の、まさに古き良きニッポンの風景!



 しずかな小路をのんびりポクポク。


 仙台藩中屋敷の角で左折しようとしたとき、前方からも騎馬の一群が接近してきた。


 むこうはこちらの行列をみとめると、すばやく行列をわきに寄せ、道をゆずってくれた。



 お礼の会釈をしつつ、一行を目視すると、


「これは……」


 下馬した男たちの中に見知った顔がいた。


「小源吾殿ではないか?」


「肥後守さま、一別以来にございます」



 俺をふり仰ぐ二十代半ばのニイチャンは、小源吾こと伊達邦仲(だて くになか) ―― 小源吾(ゲンちゃん)は、仙台藩主一門の水沢一万六千石の邑主だ。


 ふつう一万石以上を大名、それ以下は旗本というが、ゲンちゃんは一万石以上でも、身分的には支藩大名ではなく仙台藩家臣。


 なんでも、本家の伊達陸奥守が国許に下向しているあいだ、江戸における対外折衝などを担当しているんだとか。



 そんな他藩の大幹部と知り合ったきっかけは、会津藩(うち)と仙台藩のご近所トラブルから。


 じつは、会津藩中屋敷と仙台藩上屋敷はおとなり同士。


 うちが中屋敷に作ったアンテナショップは、開店からつねに大人気で、たびたび入場制限を実施している。


 するとその行列は、北隣の仙台藩邸まで延々とつづき、門前をふさぐことが多くなった。


 それでクレームつけにきたのが、伊達一門のこのニイチャンというわけだ。


 そのときは、俺が平謝りでなんとか許してもらい、以後もクレーム対応で数回会ううちに顔見知りになったのだ。




「肥後守さまは、これより中屋敷に?」


 友好的な笑顔を見せる知人に合わせて下馬し、目線を合わせる。


「うむ。小源吾殿は江川塾からもどられたところか?」

 

「さようにございます」


 仙台伊達家は由緒ある古い家柄だが、その一族であるゲンちゃんは、とても開明的なおサムライさんだ。


 ゲンちゃんは家中に学問を奨励するだけでなく、家臣を江戸に留学させ、最新の西洋砲術を学ばせているらしい。


 また、ゲンちゃん自身もかなりな勉強家で、仕事の合間に書物を乱読し、ヒマを見つけては江川塾に通ったりして、最新武器情報等もチェックしてるようだ。



「いつもながら熱心じゃのう。すこしは見習わなくてはな」


 横の大野がムカつくくらい大きく首肯する。


「いえ、本日は身内の者が江川塾を見学したいと申しまして、その案内役にて」


 そう言って、傍らの少年の背をかるく押し、まえに出す。


「下野佐野藩世子・堀田正禎(ほった まさつぐ)にございまする」


 利ちゃんほどの少年が礼儀正しく自己紹介。



 堀田ってことは、備中守(テディ)の分家筋か?



「正禎殿の亡父とわが妻が兄妹でして」


 マジマジと凝視する俺に、ゲンちゃんが説明。


「さようか。堀田殿、以後よしなにのう」


「はっ」


 緊張した顔を紅潮させ、少年は再度一礼する。



「ところで、さきほど会津屋敷の前を通りましたら、相もかわらず大盛況にございましたぞ」


 江川塾は会津藩中屋敷(うち)の南隣。

 ゲンちゃんは帰りしなにチェックしてきたようだ。


「つねに繁盛なされていて、うらやましゅうございます」


「なんの。仙台六十二万石とちがい、当家は勝手向きが苦しいゆえ致し方なく、じゃ」


「いえ、当家とて同様にて」


 苦く笑うゲンちゃん。


「蝦夷への大規模派兵に、連年の天候不順……奥州諸藩はいずこも苦しいのです」



 例の会津藩屯田兵拝命騒動のあと、塩大福は宣言どおり東北諸藩にも出兵要請を出した。


 ほかの藩は(俺とはちがい)、おとなしくこの幕命を受諾したらしいが、奥州一の雄藩・仙台伊達家は、どこよりも広大な土地をあてがわれて、出費もハンパないらしい。



「それは、まことか?」


「はい、はずかしながら」


「ならば、ともに物産展をやらぬか? 存外もうかるぞ」


 そう提案すると、ゲンちゃんはビックリ。


「よろしいのですか? それでは、会津の障りになるのでは?」


「つまらぬことを申すな! 当家の利が減じたとて、仙台藩のお役にたてるならば、これに勝るよろこびなどない! 陸奥守がお困りならば、会津はなにをおいても助力いたす所存だ!」


 このところ鬱屈していたせいか、突如ヘンなスィッチが作動。


「ひ、肥後守さま!?」


 俺の妙なテンションに、唖然とするニイチャン。


「当然ではないか! 陸奥守はわれら奥州諸侯の盟主たる御方。もし、仙台藩に事あらば、微力ながらお力にならんとつねづね思うておるのだ!」


 熱く語るうち、ヤバいくらいぬれる頬。


「なにゆえ、それほどまでに当家のことを?」



「そりゃ、戊辰戦争のときの恩返しに決まってんだろっ!」


 ……とは言えません。いまから十四年ほど先の話だし。




 慶応四年(1868年) 一月


 幕府軍は、薩長連合軍に、鳥羽伏見で思わぬ大敗を喫した。


 その直後、十五代将軍・徳川慶喜は傷ついた兵たちを大坂城に残し、夜半ひそかに海路でドロン。


 このとき、京都守護職・松平容保と弟の京都所司代・松平定敬は、慶喜に強引に拉致られ、心ならずも戦線離脱。


 だが、江戸に着くなり、慶喜はふたりに対し、登城禁止命令プラス江戸からの立ち退き要求をかました。


 不当解雇の理由は、京都の治安維持活動に奔走した会津・桑名両藩主が傍にいると、恭順をしめした自分にとばっちりがくるのを恐れたからだとか。


 早い話、部下(ふたり)を京都でさんざ使い倒したあげくの、仁義なきポイ捨てってわけだ。



 上方の戦局は、慶喜(トップ)逃げ(バックレ)たことで、がぜん薩長側有利に展開し、いままで様子見状態だった西国・東海諸藩は、この潮目を見て、こぞって倒幕サイドに合流した。


 本来なら徳川のため、最後の一兵まで戦うべき、御三家筆頭・尾張藩や紀州藩までもが新政府側についたのだ。



 そして、勝海舟らは、押しよせる軍勢から『徳川』を守るため、会津のみを戦犯に仕立てて、討幕軍を江戸から遠く離れた東北に誘導した。


 御三家・御家門・譜代までもが会津討伐に殺到する中、会津救済に立ちあがってくれたのが、仙台伊達、米沢上杉を中心とした東北諸藩だった。



 ひたすら恭順の意をしめす会津(仲間)のために、奥羽諸藩(こいつら)は同盟をむすび、新政府への口添えをしてくれたのだ。


 それこそが、あの『奥羽越列藩同盟』!



 結局、平和的嘆願は認められず、やむなく軍事衝突にいたるも、最新兵器をもち、勢いに乗る新政府側の攻撃に抗うことはできず、同盟諸藩はあえなく降服にいたった。


 明治政権樹立後、仙台藩は朝敵会津に与したことを咎められて、六十二万石あった所領が半分以下の二十八万石に大減封されてしまい、同様に同盟諸藩も新政府から苛酷な処分を受けて、藩主以下貧苦と屈辱にさいなまれる結果になったのだ。



 東北諸藩(みんな)、ゴメン。

 そして、ありがとう。



逆境(ドツボ)のときでも傍にいてくれるのが、真の友(マブダチ)」と、容さんのご先祖・前田利家公も言っている。


 だから、奥羽越列藩同盟(あんたら)は、会津の恩人、心の友だっ!



 ってことで、俺はなにがなんでもみんなに恩返しするぞ!


『がんばろう、ニッポン!』


『ビバ、東北!』


(なんかいろいろ時系列的にまちがってるような気もするけど……)



「伊達殿、困った折は、遠慮なくこの会津を頼ってくれ! 江戸でも蝦夷でも、助力は惜しまぬ!」


 自分でも制御できない感情により、一気に涙腺決壊。


「なんと、ありがたきお言葉!」


 ゲンちゃんも、ワケのわからぬもらい泣きでウルウル。


「しかも、わが殿を盟主とまで。感激いたしました!」


「小源吾殿!」


「肥後守さま!」


 天下の往来で、ぎゅっと手をにぎり合う滝涙のボクたち。


 堀田くんは、そんなオトナたちを前にドン引き。


「……殿……」


 なぜか顔をひきつらせ、大野が割って入る。


「通行人の目が、やけに痛うございますれば、つづきは屋敷にて……」


「うむ、そうだな。どうだ、小源吾殿。茶でも飲みながら、話をつめようではないか?」


「よろこんで!」


 ふたり同時に涙をぬぐい、にっこり見交わす瞳と瞳。

 これでもうボクたちは親友同士!



「先日、店舗の一角にイートインコーナーをもうけてのう」


「い、いーと……?」


「まぁ、茶店の類じゃ」


「で、なにを商っておいでで?」


「新五郎餅じゃ」


「おお、田楽のごときアレですかな?」


「さよう、田楽のごときアレじゃ。じつは、ここだけの話だが、義倉(凶作時用備蓄倉庫)の古米を加工して売っておるのじゃ」


「それは名案にございますな!」


「むふふふ。ときに、仙台も笹かまの実演販売などやってみてはどうか?」


「なるほど。よいかもしれませぬなぁ」


「うむ。当家も全面応援いたすゆえ、やってみられよ」


「では、さっそく家中の者らに相談を」


「実演販売はニオイにつられ客がおもしろいように集まるでな」


「なんと!」


「ウハウハじゃ~」


「ウハウハにございまするか?」


「うむ、コワイくらいの超ウハウハじゃ」


「それは楽しみな」


「であろう?」


「「わっはははは」」



 親友との楽しい語らい。

 百花の香の中の心地よい騎行。


 行く手には、浜御殿の緑とキラキラの江戸湾。



 ここ数日のどんよりムードもすっきり一掃されて、心は秋晴、レジャー気分、てなもんよ!


 

 

 ほどなく、中屋敷(アンテナショップ)に到着。



 ふふふ、今日来店したファンはお得だな。


 当ショップ一番のウリ ―― それは言うまでもなく、『会いに行けるトノサマ』という非日常体験。


 とはいえ、幕閣として多忙な俺は、しょっちゅう顔を出すわけにもいかない。


 そこで、『容さまお出まし日』はあえて決めず、ゲリラ的に出没する趣向にした。


 こうすることで、ファンはお目当てのトノサマがいつ現れるかわからず、たびたび店に通うハメになる。


 で、店にくれば、人はついつい衝動買いなんかしてしまうもの。

 さらに、ファン心につけこんだ小まめな新商品投入で、購買意欲をかき立てる戦略で、その結果、おかげさまで売り上げはウハウハのうなぎのぼりだ。



 てなことで、今日もショップは客でいっぱい。


 長蛇の列が、またもや仙台藩邸前にまで伸びるサイコーのながめだ。




 突如、ハート目の大群衆とは異質な一団が出現し、門前で、入場整理係とはげしくもみ合いはじめた。



「○○を呼んでいただこう」


「ならぬ!」


「尽忠報国の☓☓」


「これ、割りこむでない!」


「ならば、剣にて解決」


「なんだとっ!?」


「神国ウンヌン!」


「夷狄ゴチャゴチャ!」



『剣』『神国』『夷狄』? 

 もしかして、攘夷派か?



 にわかに緊迫する空気。



 と、いきなり横を先駆ける騎馬が。



「なにを騒いでおる?」


「「「大野殿!」」」


 藩内一の使い手登場に、ホッとする警備員たち。


「助かり申した」


「こやつらが、読売(瓦版)を書いた者を出せと」


「町人風情が」


「町人ではないっ!」


 すさまじい大音声。

 あたり一帯を制する怒気がほとばしる。


「それがしは八王子千人同心の流れをくむ者!」



 八王子千人同心?


 ああ、甲州口(武蔵と甲斐の国境)警備のため組織された郷士軍団のことか?


 といっても、最近は小金もちの百姓・町人が同心株を買うことも多くて、武士とは言いがたいやつらが多いって聞いてるぞ。



「くわえて、市ヶ谷にて剣術道場を――」


「粗暴なふるまいはやめてもらおう」


 無造作ともいえる風情でたたずむわが倖臣。


「女・子どもがおびえているではないか」


 笑みさえたたえ、悠然と対峙する。


「「「なんだと?」」」


 色めきたつ無頼漢たち。


「読売を書いておるのはそれがしである」


「なに? 貴殿が?」


 瞬時にふくらむ殺気。

  

「さよう。それがしは会津中将が小姓頭にて大野冬馬と申す者。ここではみなの迷惑になるゆえ、要件はあちらにてうけたまわろう」


「承知した。それがしは天然理心流三代目宗主・近藤周介が猶子、嶋崎勝太」



 えっと……いま、ちょっと聞き捨てならない固有名詞が聞こえたような。



【天然理心流】とか、【近藤なんちゃら】とかっていう、イヤ~な固有名詞が……。



「これなるは兄弟子にあたる井上源三郎と、弟弟子の土方歳三」



【すぽ】

【すぽ】

【すぽ】




 あれれ? 

 なんか、フラグ的なものが三本、またまた立っちゃった気がするんですけど?



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[一言] >戊辰戦争のときの恩返しに決まってんだろっ 仙台は同盟に相談も無く戦闘を始めて、同盟に相談も無く真っ先に降伏した会津の敵では・・・
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