83 許嫁(いいなずけ)
恩賜休暇最終日
「どうしたものか……」
小姓どもを前にふかぶかと慨嘆。
心を重くする最大の懸案事項 ―― それは、利ちゃんとの関係修復問題。
明日から登城再開となると、当然、くる日もくる日も課題山積の幕政に追われることになる。
そうなったら、家族サービスの時間なんてそうそう取れない。
だから、この休み中にコレをなんとかしておきたかったのだが。
毒殺疑惑釈明のため派遣した大野は、対面早々文箱を投げつけられて撤退。
手持ちの人員でほかに使えそうなやつはおらず、最後の望みのじいにそれとなく取りなしを依頼したものの全力で拒否られ、結局、事態はまったく進展しないまま、みじかい休暇も今日でおわりだ。
「まことのことを告げれば、誤解もとけるのだが……」
ぼやいたとたん、コワイ目でガン見してくる小姓頭。
わかってるよ! 言わねーよー!
てか、言えっか、あんなこと?
あんなこと ―― すなわち、『じつは公方さまったら、御手製毒菓子でもう何人も殺ってるみたいよ。俺たちも、ガチでヤバかったわ~!」 ―― という事件の核心部分は。
そんなことがバレたら、暴動必至!
なにしろ被害者はわかっているだけでも、
・征夷大将軍
・将軍生母
・将軍兄弟数人(数十?)
・国内最大大名正室
・御家門大名
たったひとり殺っても、即獄門決定な豪華メンバーぞろい。
それが、単独犯(ブルブル)!
でも、考えてみると、この連続殺人事件は、相手がVIPだったからこそ被害が拡大したんじゃないか?
≪被害拡大要因≫
その一 : 被害者たちは、日ごろからマズイものをゴックンするのに慣れていた。
(とはいえ、許容範囲を大きく逸脱したマズさらしいが、アレは……)
その二 : 帝、将軍につぐ国内ナンバー3の貴人・将軍世子から直接御手製をもらえる上流階級だった。
(なまじ身分が高かったせいで)
その三 : 上流階級ゆえにマナー完璧だったことがアダになり、サトちゃんみたいに即座に「ペッ!」できなかった。
(「ペッ」していれば、助かったかもしれないのに)
そうはいうものの、これらはすべて結果論。
しかも、一連の犯行のほとんどが、犯人は、汚料理を相手といっしょに食べていた。
つまり、目の前で自ら毒見をやって見せていたということだ。
なので、汚料理による毒殺だとは疑われず、突然の不幸はすべて自然死として処理されて、要人テロがつづく結果になったのだ。
そして、作った本人が目の前にいては、たとえ口に入れた瞬間、「う゛げっ!」となっても、「オエッ、ペッ!」ははばかられる。
ましてや、相手は時期将軍!
こうして、犯人本人ですら自らの凶行に気づかないミラクル超完全犯罪が成立したわけだ。
また、俺のときのように、汚菓子をプレゼントされ、自宅で死亡したやつもいるはずだが、いまとなってはだれが犠牲になったかを特定することは困難なため、被害者は二桁以上いく可能性すらある。
(……ガクガクブルブル……)
さらに、今回は、藩主や家族ばかりでなく、おもだった家臣にまで行きわたるくらい大量の下賜だった。
一歩まちがったら、江戸家老以下、藩邸上層部全滅の危機!
いまの日本は財政破綻やら攘夷擾乱やら国防やら心配事は多々あるけれど、んなの、もうかまってられっかっ!
とにかく、大政参与なんて、一刻も早く辞めなきゃ、俺だけでなく、藩士達までアブナイっ!
「ああ、いかがいたせば……うーん、困った」
あちこち、四方八方、どれもこれも頭痛のタネだらけだ!
「利さまの儀にございまするか?」
小姓の森粂之介が、気づかわしげに問いかける。
森は、俺や大野とともにあの毒殺騒動に遭遇したひとりだ。
「うむ……」
それもあるけど、なんかいろいろありすぎて、自分でもなにに悩んでるんだか、だんだんわからなくなってきたわ。
と、そのとき、
「ならば、いっそ、姫さま御婚礼の儀、急ぎ進められては?」
おもむろに切りだす賢臣。
「「「婚儀!?」」」
いやいや、いくらなんだってあの歳で結婚って……。
「年が明くれば、利さまも十三。まさに適齢にございまする」
「なれど……」
まあ、この時代、とくに女子はけっこう若くして結婚するけどね。
「申しあげにくきことながら、利さまの矯正、もはや殿の御手にはあまるとお見受けいたしまする」
言いにくいとかほざきつつ、キッパリ断言する大野。
「う、うむ」
たしかに、『あんな凶暴なケダモノを従順なヤマトナデシコに調教しなおすなんて芸当、俺にはムリ!』っていうか……『もうホント勘弁してください』っていうか……『できれば金輪際近づきたくなーい!』っていうか……(ゴニョゴニョ)。
でも、それじゃ『まるで厄介払いぽくて、悪くね?』っていうか……『ラクっちゃ、ラク』っていうか……『容さんの手前、【いちおう】申しわけない』っていうか……『やったー! 解放されるー!』っていうか……『できるなら【ぜひ】【いますぐ】【速攻】』っていうか……(ボソボソ)。
「利さまはこの世にたったひとりの御妹君。手放しとうないお気持ちもわからぬではありませぬが」
(いや、全然)
「姫さまとて、他家に嫁がば、万事いままでのようにもゆかず、自制なさるのでは?」
「うむ、一理ある」
「そしてなにより、当の御本人がさようお望みなのです」
「利が?」
「奥女中どもがさように申しておりました」
奥女中が?
大名屋敷は将軍の御殿と同じで、表の男たちと奥の女たちのエリアはきっちり分かれているはずだけど、あんた、いつ、どうやってそいつらと接触したの?
(うわ、会津版CIA!?)
ドン引く俺などおかまいなく、さらに大野は、
「かねてより、『近ごろは小袖一枚満足にあつらえてもらえぬ! かように吝い暮らしはもうたくさんじゃ! 早く嫁に行きたいー!』等々叫んでおられるそうにございます」
なにぃ!?
「バカな! 全藩あげて倹約にはげんでいる折に、なんというふざけたことを! 藩士の禄さえ減じて、かろうじてしのいでおる当家の窮状を知らぬはずもあるまいに!」
「『と、兄上はおおせになるであろう』ともおっしゃられたよし」
ちっ。読まれてんのかよ。
「わがままがすぎる! 利はいつまでたっても童じゃな!」
「殿にくらべれば、はるかにオトナ」
「む、なにか申したか?」
「いえ、なにも」
「それはともかく、御家門の縁組などそうそう簡単にととのうものか」
松平姓の姫君が、街で逆ナンパするわけにもいかねぇだろ?
しかも、武士には家柄やらつりあいやら、ゆずれない条件もいろいろある。
簡単に『結婚』というけど、相手探しはかなりむずかしいぞ。
ところが、
「お忘れですか? 姫さまには、すでに婚約者がおられます」
「まことか!?」
「亡き大殿が生前まとめられた縁組にございます」
「そうであったかっ!」
よし! 相手が決まってるなら、話は早い。
利ちゃんの希望でもあるらしいし、ここはサクサク支度して、とっとと嫁に出しちゃおう。
ついでに、利ちゃんづきの奥女中たち全員も、お供につけてやろう!
そうすりゃ、うちの人件費、相当削減できるし。
ぶっふぁっふぁ、まさに渡りに船~。
「さすが冬馬! 会津一の智者じゃな!」
「過分なるお言葉」
口元にのぼる謎の微苦笑。
「さっそく、そうせい!」
「御意」
「ときに、利の相手とはだれであったかのう?」
ま、ホントいうと、俺的にはだれでもいいんだけどね……返品さえしてこなけりゃ、だれだって。
しかし、『好事魔多し』とはよく言ったもので……。
「お相手は、御三卿・清水慶誠さまにございます」
「し、清水……慶誠!?」
ぞわぞわぞわぞわ。
全身にはしる壮絶な悪寒。
フラッシュバックが不吉な未来を暗示する。
清水慶誠といえば、ガーデンパーティで見かけた、あっちの世界の『容保』激似のあいつ。
あの男が、利ちゃんのフィアンセだとー!?
あーーーっ!
たしか、あっちの『容保』は、婿養子として会津松平家に入ったんじゃなかったっけ?
その『容保』のそっくりさんが、利ちゃんと結婚……。
【ドドォォーーンッ!】
なんか、いま、御柱級のぶっといフラグが立ったような気が……。




