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77 深慮

「そして……」


 改革案、まだまだあるんだよ~ん。


「空いた桜田屋敷を寄宿舎つき学問所とし、残った奥女中たちを収容する」


「学問所?」


「行き場のない女子に住と食をあたえる。しかし、役高は御半下以下に引き下げる」


 そう、奥女中の給与を民間レベルにして、人件費をすこしでもうかせないと!


 引き下げるっていっても、いままでが高すぎただけだからね。

 同時に、退職者に支払っていた大奥年金は廃止。


 生活に困る者は全員寄宿舎に受け入れ、なにかしら仕事をさせ、生涯食いっぱぐれないよう保障する。

 大奥を廃止しても、無責任に放り投げるようなことはしない。



 ボクって、なんてやさしいんでしょう(うっとり)。



「女子どもには領事館の話を信じさせるため、全員に英語・蘭語を修得させる。

 なにしろ、語学は男よりむしろ女子の方が得手でな。

 いずれ、この者らには通詞・翻訳の役についてもらう。功績しだいではご加増もある。

 ならば、みな勉学にはげむであろう?」


「『女今川』『女大学』ではなく、英語と蘭語にございまするか?」


 いやいや、なに言ってんの、塩さん?


 中学のころ、英語で上位にいたのは女子ばっか。

 語学は、脳的に女子の方がむいてるんだって。



「蘭語はともかく、英語の教授など容易に見つかりましょうや?」


 ったく、なにかしらイチャモンつけなきゃ気がすまないんだな、この因業オヤジは。


「わが藩から講師を派遣する。ネイティブなみに話せる者がいくらでもおるでのう」


 そうそう、うちの本業、ちょっとヤバくなりそうだし、藩士みんなには講師業でせっせと稼いでもらわないと。


「ね、ねいてぶ?」


「みな、わたしの弟子だ。うつくしいクィーンズイングリッシュだぞ?」


「くい……んず?」


 サムライ政治家の目もおよぐはっちゃけ展開でございます。



「また、学問所では語学のほか、数学・究理(物理)・舎密(化学)・蘭医学も教える」


 理系女子リケジョ、つくるんだもんねー!


 講師陣は、CRCの村田監督・ドクター松本・岩崎尚ちゃん・アンチョコづくりで知り合った蘭学者たちで、みんなの了解はすでに得ている。



「女子に究理、舎密、蘭医学まで?」


「こちらは適性のある者だけだが、な」


 俺みたいに、「理系、絶対ムリー!」なやつもいるし、ムリじいはできません。


「さらに、ここではわがCRC部員も学ばせる。希望があらば、陪臣・町人も順次入学を許可する。

 女子とCRCは無料。陪臣・町人からは束脩(入学金)・月並銭(月謝)を徴収する」


「しーあーる? ああ、幕府歩兵部隊にございますな?」


 ちげーわっ!!!


 なんど言ったらわかるんだ、おめーは!


 ()HIYODA―JOH ()UNNING ()LUBで、CRCだろーが! 


「なれど、幕府歩兵部隊(……おい、わざとだろ?)には当主、惣領のみならず厄介もおりますが?」


 CRCは、幕臣・会津藩士ならだれでも入部OKの間口のひろーい陸上サークル。


 だから、メンバーにはおヒマな厄介(惣領以外の子弟……つーか、この人格を無視したネーミング、ないよな)も多い。


「かまわぬ。有為な人材をうもれさせるわけにはいかぬ」


 次男坊・三男坊の中に、すごく優秀なやつがいるかもしれねーだろ?


 そーゆーのを発掘したいんだよ。


「しかも、男女共学にございまするか!?」


 つぎつぎカマされる画期的構想に、ドギモを抜かれるご老中。


「さよう、市井の手習てならい(寺子屋)ではかような教場もある。

 とは申せ、さすがに教室はわけるつもりだ。

 年ごろの男女が机をならべては、気が散って勉学に身が入らぬでのう」


「なれど、近くに寄宿舎もあるのでは?」


「構内の風紀はきびしく取り締まる」


 構内でのワイセツ行為だけはがっつりシメないと。


「だが、門限は定めるものの外泊は自由。男女交際も自由。さすれば、よき伴侶と出会う機会もふえよう」


「では、むしろ女子どもをめあわす目論見ですな?」


「まさしく。よって『身を固めた女子には異人の妾になる儀は免除』とする。であれば、みなこぞって嫁ぐであろう」


「なるほど、考えましたな」



 オネーサンたちが結婚してどんどん退寮すれば、寄宿舎の維持管理費も減っていき、当然、幕府の負担もかるくなるってわけだ。


(……しめしめ……)


 ふっふっふ、さりげなく語ったから、大福も気づきにくかったようだし、『男女共学』に意識もってかれたんで、会津藩士の件は不問スルー


 ってことで、会津うちの藩士、陪臣だけど特待生待遇、決定ね!


 つまり、授業料はタダ~。


 役得っていっても金品じゃねーし、あとで社会に還元するからいいんだも~ん。


(だが、英語講師料は、しっかりいただく!)


 だってさー、大政参与は『大老格』とか『将軍後見役』とかヨイショされてるけど、役員報酬なんて出ないんだぞ。


 逆に、藩士は藩主おれをフォローするため、なんだかんだ無償でコキ使われるから、完全な持ち出しだ。


 だったら、それくらいの役得は、あってもいいじゃないか!


 

「とはいえ、才ある女子を家の奥で朽ちさせるのも惜しい。

 ゆえに成績優秀者は、産前産後一年の有給休暇をあたえ、学問所ならびに役目への復帰をゆるす。

 また今後、時期をみて託児室ももうける」


「託……児?」


 共働きになるなら、女性が働きやすい環境を用意してあげないとね。


 そうしたら、お勉強はダメなオネーサンも、保育のほうで働けるかもしれないでしょ?



「ならば、相手が無禄の厄介であろうとも暮らしには困らぬわけか」


「げに。さらに夫婦ともに語学に堪能ならば、在外領事館づきの職をあたえ、異国の学問所に留学させようと思う」


「い、異国、留学!?」


「わが邦は二百年おくれた技術を早急に挽回せねばならぬ。そのためには、男女をとわず、有為な人材を見いだし、列強各国にて先端技術を修得させる必要がある」


「もはや……大奥だけの話ではないのですね?」


 老中として十年のキャリアをもつオッサンも呆然自失。



 ふふふ、やっとわかった?


 コレ、大奥解体が最終目標じゃなく、本当のねらいは日本の命運をかけたグローバル人財育成事業なんすよ。



 突然ですが、グローバル人財とは?


 単に「語学ができれば」だけじゃないんだな、これが。


 言葉なんて、一定期間その国に住んでいれば否応なくしゃべれるもの。


 人としてのきちんとした土台ベース(人格・教養)、プラス語学じゃなきゃ、いくら語学が堪能でも世界では通用しない。


『教養』でいえば、大奥のオネーサンたちは給料もらって華・茶・歌・作法の修行をしてきた。


 そして、華道・茶道はもともと武士のタシナミだ。


 ようするに、厄介ヤローもオネーサンも日本人の基礎的アイデンティティーはばっちりできあがってるってわけ。


 そのうえ士族は、『武士道』という確固たる核と、強烈な矜持プライドで構成されたゆるぎない『人格』をもつ知識階級インテリゲンチア


 ここに語学力をくわえれば鬼に金棒。


 江戸版グローバル人財のできあがり~。



 じゃあ、十九世紀のニッポンでなんでこんなまだるっこしいことをたくらんでるのかというと、それはズバリ、いまの軍事力 ―― とくに海軍力が、列強諸国にくらべ、お話にならないくらい劣っているからにほかならない。


『軍事力』なんて、しょせん外交上の一要素にすぎないが、これが極端に弱いと相手国にナメられ、こっちは不本意な要求をのまざるをえなくなる。


 だから、一日も早く最先端装備による軍制改革をしなきゃならんのだが、金も技術もない現在の幕府にとって、それはけっして簡単なことじゃない。


 なら、劣勢を少しでも補うため、いますぐできることは?、といえば……?


 そう、本来の外交、すなわちマンパワーでの外交力強化あるのみ。


 ってことで、上昇志向がつよいわれらがCRCの幕臣子弟と、がけっぷち奥女中をきたえ、将来的に技術官僚テクノクラート・外交官として使うという実現可能なプランをつくってみました!


 ま、コテコテの文系で、専門知識もないただの高校生ガキんちょができる歴史改変なんて、せいぜいこんなもんなんだけどね。


 

「よくも……ここまで……」


 案外お世辞だけでもなさそうな老中の称賛に、公方さまは、


「おどろいたであろう。これはみな肥後の発案じゃ」


 ドヤ顔でネタばらし。


「ほぅ、肥後守が?」


 温和な仮面が一瞬はずれ、その眼には値踏みするような、ギラギラした光が。



 あ、こら、よけいなこと、バラすんじゃねーよ。


 俺が使えるとか思われたら、また面倒なことに巻きこまれるだろーが!



 しかし、 


「予は奥女中を召し放つ方策のみを図っておった。だが、肥後は邦の行く末までを案じ、かような大計を」


 空気を読む習慣のない将軍さまは、さらに墓穴を掘りまくる。


「みごとな智謀にございまするな」


 大仰に叩頭する大福老中は、頭を下げつつ、イヤラシイ横目で俺をチラ見する。


「うむ。この者には幼きころより目をかけておったが(え、マジで?)、ここまでやるとは思わなんだ。

 藩祖保科正之にも引けをとらぬ当代一の英主やもしれぬのう」


 おい、やめろって。

 これ以上、持ちあげないでくれ!


 

 背筋が寒くなる褒め言葉と、尊敬のまなざしとは言いがたい冷徹な視線をあびて、なんだかイヤな汗が……。



 ややあって、


「これまでうかがったところ、異論などはありませぬが、いくつか確認したきことがございます」


 上座に向きなおり、一礼する老中。


「申せ」


「はっ。大奥を廃したのち、公方さまの御召し物を調える『呉服之間』はいかに?」


「呉服之間は残す」


 呉服之間は、大奥内にある将軍の衣装を仕立てる職人集団だ。

 大奥を廃止しても、この部署は絶対に必要なのだ。


「承知いたしました。いまひとつは御殿のことにございます」


「御殿?」


「空屋敷になりますと用心も行き届かず、不審火も出やすうございます。

 ゆえにこの際、御殿自体も解体し、長局は寄宿舎として移築。呉服之間の機能は二の丸にでも移し、残った部材は材木商に売ってはいかがかと」


「なるほど。江戸ではたびたび火事がおきるゆえ、材木は高く売れるそうだな?」


(あら、公方さま、意外に情報通!)


「御意。御城には厳選した良材が使われております。必ずや高く売れましょう」


「ならば、その儀、その方にまかせる」


「はっ」




 こののち、大奥廃止および学問所開設事業は、老中首座・阿部正弘のもとで具体化された。

 廃材利用という、ベテラン老中ならではの着眼点から、この事業の直接指揮をとることとなった阿部。

 そして、後世これらの施策は、すべて阿部の功績と称されるのであった。

 



 もしかして、オイシイところ、全部もってかれた?



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