74 上賓
「これこれ」
胸元にそそがれる熱い視線に、アネゴはうれしそうにニタニタ。
「殿方が、女子の胸を、さようにしげしげと見つめてはなりませぬ」
だれが、バアサンのオ●パイなんか!
根付しか見てねーわ、真田紐つき赤牛根付しか!
「おーほっほっほっほ!」
してやったりな哄笑が、うす暗い座敷にこだまする。
深紅のフィギュアをもてあそびながら、ひどくゴキゲンな上臈。
「よほど気になると見えまするな? では、こちらは?」
もったいぶって袂から取りだしたのは、いくつかの紙片。
「うっ、こ、これは……」
アネゴのもつ錦絵数枚と短冊数点を見、俺はすべてを悟った。
「そ、そなた……」
呆然とする俺に、無言でうなずくアネゴ。
「この刷物は『振比』……そして、この短冊は上得意さま限定景品ではないか!」
『振比』は、男女のツーショット画錦絵のこと。
また、短冊の方は、青蓮院流の草書体で書かれた四十センチ弱の細長い料紙。
「さらに」
カラカラにひからびた喉に、言葉がからまる。
「これなる根付は、当藩直販店イチオシ商品、赤べこ吊紐っ!」
「ほーっほほほ」
老女は高らかに凱歌。
一方、俺は、驚愕のあまり、発狂寸前。
(まさか……こんなところに……)
こんなところに、うちのお得意さまがいようとはーっ!
じつは、あの不登城期間中、俺は、ある事業を思いついた。
名づけて『会津藩アンテナショップ計画』!
当藩の喫緊の課題、それはもちろん財政立て直し。
だが、節約だけではおのずと限界がある。
とはいえ、増収をはかりたくても、年貢率改定なんて簡単にできるもんじゃない。
十九世紀でも二十一世紀でも、為政者が「増税」と口にした瞬間、大ブーイング・支持率急落は必至。
こっちの納税者(百姓)はすぐ一揆をおこすから、あっちよりさらに厄介だ。
領内で大規模な一揆がおきると、大名は領国経営不行き届きをとがめられ、ヘタしたら改易・減封・転封の危機となり、むしろマイナスになりかねない。
(でも、十九世紀より、二十一世紀の方が税負担は重いらしく、江戸時代なら、いつ一揆がおきてもおかしくないレベルだとか。よくガマンしてるよなぁ、平成人は)
できればすぐにでも、藩内に近代産業おこしてがっぽがっぽといきたいところだが、それにはまず、外国文献・資料を取りよせて研究し、高い機材・サンプルを買い入れ、さらに人材育成して……etc.
とにかく初期投資に、金も時間もむちゃくちゃかかる。
いずれそっちに進むとしても、とりあえずいまは手っ取り早く歳入増をはからなきゃいけない。
そこで、考えたのが、
「神奈川宿で大当たりした即売会を、江戸でやったろ~」プラン。
江戸は、百万の人口をかかえる日本一の巨大マーケット。
そのうえ、江戸で流行ったものは、参勤交代の武士によって全国各地に運ばれ、一躍トレンドとなる。
つまり、江戸で一発当てれば、今後、かなりの利益を見こめるのだ。
販売形態は、常設の直営店方式で中間マージンを排除し、売物作成・販売員などの工賃・人件費は藩士を使えば、売り上げすべてが藩庫に。
早い話、材料費だけでOKなのだ。
そうはいっても、赤字まみれのわが藩には、新たな建造物をつくる余裕はない。
てなわけで、既存の建物 ―― 藩邸を活用することになった。
第一候補の和田倉上屋敷は、都心の一等地にあり、立地条件はサイコー。
だが、江戸城の真ん前でハデに商売つーのは、さすがにちょっとはばかられる。
では、郊外にある三田下屋敷はというと、東海道から道一本奥に入ったところにあり、集客面では不利。
しかも、周囲は大名屋敷ばかりで鬱蒼とした木々に囲まれていて、よくいえば閑静といえなくもないが、ぶっちゃけ暗くて過疎っている。
そんななか、芝の中屋敷は東に浜御殿、北は六十二万石の仙台藩上屋敷と隣接し、南は江川太郎左衛門塾。
また、芝増上寺も近く、中心部から離れているわりには人通りも多く、立地条件は悪くない。
そんなこんなで、アンテナショップは中屋敷に決定!
つぎに、事業コンセプトの策定。
即売会が神奈川で成功した要因は、ズバリ、『会いにいける大名』というコンセプトだ。
身分制度がきっちりした封建社会において、従四位下(当時。いまは従四位上~!)&御家門大名を、町人が平伏しないで間近に見られるなんて非現実的超常体験だったはず。
そのうえ、容さんは、そうそういない超絶美形貴公子。
この非日常性が一般庶民に受け、サイフのヒモをゆるめたにちがいない。
なら、『容さん』という人的資源を切り売りし、当分のあいだ稼ぐしかない!
こんな水物商売でまとまった資金を稼いだら、紡績なり製鉄なり正統派殖産興業にシフトすればいいわけだ。
そうと決まったら、もうハラくくって、殿さまブランド全面展開!
殿さまだけじゃ商品展開が先細りそうだから、会津のマスコットキャラ『赤べこ』と『おきあがり小法師』も乗っけて、会津色を際だたせた販売戦略でいこう!
なんせ、いまなら三大目の上のタンコブ ―― ひこに●ん・クマモ●・バリィ●んもいない!
「うちの、べこちゃんコボちゃん(※ペコちゃんポコちゃんではない)で天下取り!」の環境もバッチリ整っている。
うまくすれば、百六十年間、ゆるキャラ王座は会津が独占できる!
かくして、べこ・コボのストラップ、うちわ・扇子、人形、手ぬぐい、カルタ、すごろく等々の商品開発に着手。
つづいて、藩邸および国許でのグッズ製造を開始。
同時に、イケメン好き購買層をターゲットにしたブロマイド系商品も企画した。
それが、あの錦絵・『振比』だ。
これは、容さんとのツーショット気分を楽しめる夢の二次元媒体で、目下、五種類を販売中。
この商品は、男の方は全身を、女は衣裳と髪形だけが描かれ、顔の部分は白紙になっており、観光地によくある、顔だけ出して記念撮影できる立て看板を参考にした。
男側はそれぞれちがう衣裳――
・びしっときまった束帯姿
・家紋入り裃姿
・おしゃれな羽織袴スタイル
・親しみやすい着流しルック
・きりりと股立ちを取った武道着
――を着、そのすべてに顔のない女性が寄り添い、買った人がそこに自分の似顔絵を描けるようになっている。
これぞまさに、
『振』(字義:すがた、ようす)
『比』(字義:なぞらえる、たとえる)
この錦絵は、当アンテナショップ開店以来、つねに売上ナンバーワン!
うちとしては、将来のゆるキャラグランプリ目ざして、赤べこストラップを推してるのだが、プリクラは女性客を中心に売れに売れ、つねに品薄状態がつづいている。
そして、以前からの上得意さま特典 ―― 一両以上購入の『柿くへば』短冊にくわえ、あらたに二両で『やってみせ~』を、三両で『やわ肌のあつき血汐に~』を用意。
オマケほしさのオトナ買いをねらった販売促進策である。
ねらいどおり、『やわ肌』短冊は前衛的・官能的な歌が評判になり、とくに女性からの需要が多い。
一方、『やってみせ』は、男性連中にウケて、これを書斎や帳場にかざるのが、いまひそかなブームなんだとか。
(でもね、オープン以来毎日短冊書きすぎて、とうとう腱鞘炎になっちゃったんだ。
で、ここだけの話、最近オマケを量産しているのは、じつは大野だったりする)
そんな裏事情を知らないオバチャン。
うっとりしながら、三種の短冊をなでなで。
(あ、悪ぃ。それ、大野が書いたやつだわ)
「『やわ肌』だけでも五十枚ほど持っておりまするぞ」
眼を♡型にしたアネゴが誇らしげに自慢。
えっ!?
『やわ肌』五十枚っ!?
つまり、三両×五十枚=百五十両以上?
とんでもない上得意さまじゃねーかっ!?
それを聞いて、あらためて見てみると、白塗りフェイスと真っ赤な口 ―― サンタカラーで、なんか意外にかわいいんじゃね?
ホウレイ線を中心にひび割れた白壁は ―― むしろ、コケティッシュ。
大事な贔屓筋と思えば、ちっとも怖くなんかない!
すると、
「「「姉小路さまだけではございませぬ!」」」
(なんだと?)
「あたくしも」
「なんのワタシの方が」
「わたくしも持っておりますわ!」
「ほれ、ここに」
「「「わたしたちも!」」」
口ぐちに言いつのり、懐、袂、帯。
いろいろなところからさまざまなグッズを取りだす六妖怪たち。
「そ、そなたらも……」
このバケモ……いや、オネーサマがたは、全員、会津藩の上得意様だったのかーっ!?
武家装束につきましては、五反田猫さまよりたいへん貴重なアドバイスをいただきました。
この場をお借りして、あらためて御礼申しあげます。
ありがとうございました。




