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68 将軍継嗣問題

 それはそうと、前々から疑問だったんだけど、どうしてこいつら、いつもここにいるんだ?



 だって、黒田や細川はともかく、すくなくとも島津斉彬、伊達宗城、山内豊信は一橋派。

 行くとしたら、水戸藩邸や春嶽の福井藩邸じゃね?

 なのに、なんでしょっちゅう会津藩邸うちでタマってんの?



 そういえば、あの園遊会のときも。

 容さんをイビる水戸老公ジジイと春嶽に、ナリさん、ダテ、山内はガチで非難囂囂ブーイング

 とてもお仲間同士とは思えなかった。



「薩摩守」


 俺のよびかけに、満面の笑みでふりかえるナリさん。


「侯は小石川(水戸藩上屋敷)や常盤橋(福井藩上屋敷)には出向かぬのですか?」


「なにゆえに?」


 いぶかしげに眉をひそめる薩摩守。


「あの方々は、先日、公方さまのご不興をかわれましたゆえ、いささか……」


(『ボク、外様だし、あいつらにかかわって、幕府からヘンな言いがかりつけられるとヤバイし』?)


「それに……」


 横の黒田がつぶやいた。

 なんでも黒田はナリさんの曽祖父ひいじいさんの子で、二歳年下の大叔父(!)なんだとか。


「水戸さまの言には聞くべきところも多うございますが、なにぶん思考が硬直気味で……」


 口ごもりながらも、しっかりディスる黒田。



 あぁ、たしかに。

 あいつ、ふたこと目には「攘夷!」だもん。

 ちょっとウザイよね。



「越前守も少々気位が高うて、つきあいづらいしのう」


 大叔父に便乗し、斉彬公もこっそり陰口。



 ありゃりゃ、やっぱ、そうなの?



 清水のウンチク集によると、浪士・坂本龍馬の才をみとめたリベラルな殿様というイメージがある春嶽公だが、いざ幕府が倒れ、御所で会議がひらかれたとき、維新の立役者である下級武士どもが自分と同席することにつよい不快感をおぼえ、ブーブー言っていたらしい。


「なんであんな下賤なヤツらと御三卿家出身のオレサマが同じ会議に? マジありえないんだけどっ!」と、たいそうご立腹だったそうな。



 異世界こっちの春嶽さんは、すでにそーゆーニオイがプンプンしてるんですか?

 で、お友達ができないと。



 じゃあ、このまえ見たチビッ子慶喜くんは?


 お子ちゃまとはいえ、すごい秀才なの?

 ちいさいころから『神童』ってよばれた浅野くんみたいに。

 それで、オッサンたちの期待を一身に集めて『一橋派』なの?



 気になる。むちゃくちゃ気になる。



「一橋さまのご器量、みなさま、どうご覧になられますか?」


 モヤモヤがオーバーフローして、ついついポロリ。


「「「一橋さま???」」」


 一同、唖然。


「突然なにを言いだす?」


 あきれ顔の池田。


「申しわけございませぬ、わが従弟は大病のあと少々……」


 しきりに言いわけをするアニキ。


「金之助さま、お気をたしかに!」


 浅野がいたわる。


「一橋さまと紀州慶福さま、たしか同い年でございましたな?」


 気まずい空気を取りつくろうためか、細川が懸命にフォロー。


 意外にいい人そう。

 先祖(細川忠興)はドキュンだったらしいけど。


「お二方とも、父君の没後にお生まれになったのもごいっしょで」



 え!? 父親の没後?


 ジジイ、一度死んだのか!?



「父君のお顔もご存じないとは、まことに不憫でございますなぁ」


 親父に溺愛されているアニキがぽつり。



 いやいや、つい最近まで、あのこってりした顔であちこち出歩いてただろ?



「一橋さまはご幼少のころよりご病弱で、あまり人前には出られませぬゆえ、公の為人ひととなりはよくわかりませぬな~」


 当代一の交際家・ナリさんも敗北宣言。



 うそだろ? 一橋派のセンター・島津斉彬が慶喜のことをよく知らないなんて。

 

 だって、


「一橋公の父君は、水戸老公でございましょう?」


 な、はずだ。



「「「はーーーぁぁぁ???」」」


 痛いほどの静寂と、同情にみちた十六のまなざしが。



「わが従弟は病のため、記憶が!」


 アニキが必死に弁解を再開。


「金之助ぇぇぇ!」


 滝涙の池田が、がしっとハグ。


「ようやく得心がいった! かの病はよほど篤かったのだな? つらかったであろう!」


「一橋公の父君は、第十二代尾張侯・斉荘なりたかさまにございます」


 浅野は、記憶喪失の幼なじみにやさしく説明。


「斉荘さまは、文恭院(家斉)さまの十二男。ゆえに一橋公は、公方さまの従弟にあたられます。

 水戸家は藩祖頼房公以来、将軍家からのご養子を迎えたことはなく、一橋公との血縁もありません」



 尾張藩主 家斉十二男・斉荘?


 だれだよ、それ?


 しかも、ここの慶喜ちゃんは、オットセイさんの孫!?


 慶喜ちゃんは、家定・慶福・アニキ・池田・浅野……みんなの従弟!?

 

 水戸家とは血縁がない?

 すなわち、ジジイとは真っ赤かの他人!?


 じゃあ、あっちとはまったくの別人ってこと?

 容さんと同じパターンなのか!?



「では、将軍継嗣問題はどうなるのですか!?」


 テンパったあまり、思わず絶叫。



 その瞬間、全員フリーズ。



「「「――――――」」」



 すごーく居心地の悪い沈黙。



 ややあって、


「わが従弟は……大病のあと……」


 機械的にくりかえすアニキ。

 みごとなまでの棒読み。


 ほかの諸侯は、蒼白な顔であわあわ。



(お、俺、なんかマズイこと、言った?)



 室内がマイナス四十度のブリザードなみに寒い。



「従弟……一月の大病……記憶……ゆえに悪気は……」


 ぶつぶつぶつぶつ。


 目が完全にイッちゃってる。



(い、いったいなにが!?)


 つめたい汗がしたたる。

 俺だけ、完全にアウェー!



「ご無礼を」


 周辺の冷気を打ち払ったのは忠臣の声。


「殿、至急お耳に入れたきことが。こちらへ」


(お、大野~~~っ!)



 サンダーバードのパペットもどきのカクカクした動きで大広間から脱出。



「殿」


 すこし離れた小部屋に俺を押しこむなり、ため息をつく側近。


「前田さまのまえで、将軍継嗣の話は禁物ではございませぬか」


「……すまぬ」


「病ゆえいたしかたございませぬが」


 といいつつ、困惑マックスな顔。


「なにがいけなかったのだ?」


「やれやれ、殿という御方は……」



 あきれ顔の大野によると、アニキ・池田・浅野のばあちゃんは、十代家斉の側室だったとか。


 側室が四十人もいたというオットセイさんだが、このばあちゃんのご寵愛は抜きんでて深かった。


 でも、残念ながらお世継ぎたる男子は誕生せず、ふたりの娘はそれぞれ加賀前田家・芸州浅野家という大々名に嫁入り。


 しかし、このババアなかなかの野心家で、オットセイ亡きあと遺書をコソコソねつ造し、


『家慶の後の十三代将軍には前田の嫡男を!』


 と、自分の孫を将軍位につけようと画策。



 もちろん、そんなアホな陰謀はあっさり露見したものの、例の美童大好き十二代家慶ヨッシーさん、甥である前田慶泰くんは、どストライクのルックスだった。

(なにしろ容さんにそっくりだし!)


 一方、ヨッシー実子の家定は、もともと十人並みなルックスが、疱瘡のアバタでいっそうダウン。

 しかも生来病弱で、夭折する可能性大。


 そこで、「甥の慶泰を世継ぎにしたら、毎日会えるんじゃね!?」と、ヘンタイの血がむらむら。


 そんなこんなで、あっちよりは軽めの将軍継嗣問題が発生する。


 ところが、前田家側はびっくり仰天。


 姑の暴走 ―― ヘタに巻きこまれたら謀反を疑われ、加賀百万石が取り潰される恐れも!、な恐れが生じ、水面下で、幕府と前田家の間でいろいろ暗闘やら、カケヒキやらもあったとか。


 そんなある日、アニキと池田の母親が急性の病でポックリ。


「じつは当時、毒殺のうわさもございまして……」


 大野がそうささやいた瞬間、


 ……ちりちりちり……


 突如、身体の奥にするどい痛みがはしった。


 な、なんだ!?


 もしや、容さん……なにか訴えたいことでも?


 この事件の裏になにかあるのか?


(よもや、こんなちゃらんぽらんな小説にふさわしくないハードな展開がーっ!?)



 ってところで、話をもどすと。


 肝心の姫君が亡くなったことで、将軍継嗣問題はひとまず決着し、結局、家慶実子の家定が十三代将軍位を継ぐことになったが、幕府内にはイヤ~なシコリが残ったまま、現在にいたっているという。


 そのため、将軍家定と前田兄弟のあいだには、いまだになんとなくよそよそしい雰囲気がただよっているようだ。


 さっき池田が言ってた、『兄上への対抗心』『敵手の兄上』とは、どうやらこのことを指しており、『失態ぶりを間近で~』というのは、家定がコンプレックスをいだく美貌のライバル似の容さんを傍に置くことで、そのあまりに突き抜けた残念ぶりを間近に見て、屈折した優越感にひたるための起用では?、との憶測らしい。



(…………)



 あの公方さまが、そんなくらい愉悦にひたるため、容さん()を?


 いや……そうは思いたくない。


 俺が知ってる家定は、そういう人じゃない。


 きっと、まだ俺が知らない事情があるはずだ。


 きっと……。




 うす暗い部屋の中で、どんどん気持ちが沈んでいった。


 それに、なんとなく容さん(本体)のパワーも落ちたような……。



 ということで、大野からのレクチャー終了。


 いくつかの地雷ワードも教えこまれ、ふたたび大広間に帰還。



「将軍になどなりとうない!」


 涙目のアニキが叫んでいた。


「あのような不自由な暮らし、ぜひにと申されても断固おことわりいたしますっ!」


「「「わかっておりまする」」」


 オッサンたちはアニキのまわりに集まり、一生懸命なぐさめているもよう。


「さよう、好きなものも食せぬでな」


「肉は鶴・雁・鴨、ウサギ以外は禁止とはのう」


「豚や牛も食したいものよ~」


「気ままに外出もできぬのは」


「それはイヤじゃの~」


「薩州殿は一日たりともちますまい」


「ならば、天下を取って法度をかえればよいのじゃ~」


「「「えぇぇぇー!? いまなんと?」」」


「はっはっはっは、戯言じゃ~」


「いや、存外本気では?」


「乗りますか?」


「まだ時期尚早では?」


「「「たしかに」」」


「これこれ、物騒な話、【ここでは】なしじゃぞ~」



(…………)


 な、なんか、最後の方、討幕の謀議っぽくなかった?


 

「犬千代さま」


 俺のよびかけに、場がしずまりかえる。


「さきほどは……まことに申しわけございませぬ」


「もうお気になさいますな。金之助さまに悪気がないのは、ようわかっておりまする」


「犬千代さま!」


 おだやかな笑顔をうかべるアニキ。

 でも……目が笑ってない。


(ぐっすん……まだ根にもってる)


 池田と浅野は微妙な立場だからか、複雑な表情で遠巻き。


(ぐっすん……とりなしてくれよ)



 にしても、こっちにスリップして以来、ずっとバリバリ意識してた『一橋派』がない!?



 この世界にはジジイの息子の『慶喜』自体存在しない。


 ここの『一橋慶喜』は血統も年齢も丸っきりちがう別人。



 ってことは、今後、南紀派対一橋派の対立なんて起きるわけないよな?


 戊午の密勅も、安政の大獄も、桜田門外の変も……全部なしだよな?



 幕末史最大のファクターがないなら、これから歴史はどう動くんだ!?


 俺のささやかな未来知識完全終了…………の予感。

 

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