67 和田倉倶楽部
―― すぃっ ――
小姓が大広間の襖をあけた。
眼下にひろがるその光景は、新橋方面の居酒屋でよく見られる(らしい)ものに酷似していた。
上機嫌のオヤジ五人と、困惑する若者三人。
まさに、強制参加の懇親会状態。
(……かわいそうに……)
いつもの自分を見るようで、妙に涙をさそう光景だ。
だが、客たちの前におかれた膳を見たとき、全身の血が一気に逆流。
あぁぁーーー!!!
さっきより、一品多いーっ!
統一感のない八つの膳には、俺には供されなかった平皿がひとつずつ。
ずるい! ずるい! ずるい!
俺だって、イワシの丸焼きが食いたかった!
そりゃ、財政健全化のため、「節約! 倹約! 節減!」の徹底を指示したのは俺だけど。
じいのやつ、ヘンなところで、ミエはりやがってーっ!
こんな招かれざる無銭飲食オヤジどもより、もっと自分の殿様を大事にしろーっ!
ぐ~~~ぅ。
腹が鳴った。
そういえば、昼メシ、途中だったわ。
しかたない。こうなったら、こいつらといっしょにもう一回食いなおそう。
「冬馬」
「はっ」
「あらためて昼餉をとる。わたしの分も用意せよ」
膝下の小姓頭は、冷淡な表情で俺を見あげる。
「できませぬ」
はぁ?
「さきほど、殿は食事を粗末になさいました。夕餉までしんぼうなさいませ」
「なれど、腹がへったのだ!」
「自業自得でありましょう。これに懲りたら、今後あのようなふるまいはお慎みください」
「くっ!」
涙目でバリバリにらんでも、平然と見かえしてくる。
「日ごろ『倹約』を口にしていらっしゃるのはどなた――「もうよいっ!」
イジワルっ!
容さんが餓死してお家断絶になっても、俺は知らねーからなっ!
くすんくすん。
空腹感と失望ですっかり脱力。
そんな俺を、遠くから手まねきするやつが。
「どうなさいましたか、喬士郎さま?」
池田は目を充血させ、鬼のような形相。
「どうしたか、こちらの方こそ聞きたいっ!」
なんで怒ってんの?
「わたしが江戸を離れている間、いったいなにがあった?」
江戸を離れ……?
あぁ、参勤交代で国許から帰ってきたばかりなのか?
だから、いままで会わなかったんだ。
「吐瀉物のごときアヤシゲな粥と、おそろしく貧弱な菜。
かようなものをつねに食しておるのか?」
と、吐瀉ぶ……失礼なっ!
アスリート用栄養満点雑穀粥じゃねーかっ!
それに、貧弱つーても、俺より一品多いんですけどねっ!
尾頭つきですけどねっ!
「さては、公儀から大がかりな手伝普請でも押しつけられたのか?」
手伝普請とは、幕命によって大名がやらされる大規模な土木工事のこと。
基本、経費は大名もち。
これを命じられると、藩財政はとんでもない大赤字になる。
「閣老どもめ、わたしのかわゆい金之助をいじめおってっ!」
あれ、このセリフ……どこかで聞いたことあるような?
「定之丞、これよりともに老中役宅におもむき、抗議いたそうっ!」
ひとりで興奮しまくる池田。
「あやつら、われらが下向している間隙をつき、大事な弟分を虐げていたのだぞ!」
だが、ふられた浅野は、無言で粥の椀に見入っている。
「なるほど……そうか……」
なにやらブツブツ。
「金之助さま、わたしはあなたに詫びねばなりませぬ」
詫び?
「こたびの大政参与への大抜擢、じつはわたしも喬士郎さまと同じことを考えておりました。つまり、公方さまがあなたをお傍近くに召したは、犬千代さまへの対抗心ゆえに、と。
なれど、公方さまは、まこと金之助さまに才あるを見ぬき、登用されたのですね?」
……はぃ?
「『士別三日、即更刮目相待』(男子三日あわざれば、刮目して見よ、の意)とはまさにこのこと。金之助さまはこの一年でめざましい成長を遂げ、賢侯のひとりに名を連ねるまでになられたか」
「【賢侯】っっっ!?」
背後からわき起こった高齢者の感声。
(……またか……)
ってか、いつ戻ってきたんだよ、じい?
ナリさんたちを案内したあと、奥に引っこんだんじゃないのか?
突如出現したじいは、棒立ちになったまま、見開いた目から大量の涙を放出。
「幼きころより俊才の誉れ高い定之丞さまが……金之助さまを賢侯と……賢侯とーっ!」
狂喜のあまり、やや錯乱気味のじい。
滝涙でモノローグ。
「同い年でありながら、かたや神童、かたや凡骨と称されつづけ……」
やっぱ、容さんと浅野は同年だったか。
で、タメからも『弟分』、つまり格下あつかいされてるのか、容さん……。
「傅役として、己の無能をうらみつつ、面目を凌ぐ日々……」
(うんうん、さぞつらかったろうね……って、このテの話、もう聞きあきたわ!)
「亡き大殿、静仙院さまもご照覧あれ! かの定之丞さまが、金之助さまをおみとめくださいましたぞーーっ!」
じいの号叫は、ドップラー効果をともないながら、しだいに遠ざかっていった。
「今宵も宴会にございますな」
小姓頭がひっそりと予言。
じいのハデな独狂言に、しばしメンタルふっ飛ばされる九大名。
「おい、定之丞」
ようやくわれに返った池田が浅野を見やった。
「金之助に才あるとは、いかなることか?」
「わかりませぬか? この粗餐、薩摩守に供することに意味があるのですよ」
粗餐って……。
何度もいうけど、俺より一品多いの!
全然、豪華なの!
「相かわらずそなたの言いようはわかりにくいのう」
いまいましげに顔をしかめる池田にむかって、浅野はニッコリ。
「目下、柳営(幕府)一番の憂患はなんでしょう?」
「憂患? 御勝手向きのことか?」
「そう、財政難です。中でも大奥への膨大な掛は、閣老の長年にわたる懸案。
徳川の御料(幕府直轄領)はおおよそ四百余万石。
五公五民により実際の実入りは二百万石。
うち、大奥の掛は二十万石以上。
つまり、一割以上が大奥に費やされております。
これまでも楽翁公(松平定信)、水野越前守(忠邦)らが、大奥の奢侈を禁じ、その掛を削減しようといたしましたが、奥女中どもからのつよい抵抗にあい頓挫。なかなか思うようにすすみません。
なれど、異国の脅威がせまる昨今、海防に多額の金子が入り用となり、もはや一刻の猶予もなりません」
理路整然とした語り口調。
気づくと、ナリさんたちも浅野の話に聞き入っている。
「とは申せ、いくら質素倹約を標榜しても、幕閣自身が範をたれぬば、みな承服いたしかねましょう。
そこで金之助さまは、人一倍お口の軽……交際家として名をはせる薩摩守を屋敷にまねき、あえて粗餐を供したのです。
大政参与自ら、邦のため懸命に倹約につとめ、あわれなほどの悪食にたえているといううわさは、薩摩守によってまたたく間に伝播するを見越しての接待でしょう」
あわれって……しつこいようだが……俺より一品……尾頭つき……アスリート用…………もういいっすよ。
「そのうえ、倹約の実行者が日の本一の美丈夫・前田筑前守にうりふたつの肥後守であれば、大奥の女子どものウケもよい。なればこその登用にございましょう。
金之助さまの知略と、その才と美貌をいかすべく大抜擢した公方さまのご深慮! この安芸守、まことに感服つかまつりましたっ!」
ぉぃぉぃ。ななめ上に曲解するおかしな男が、またひとりあらわれたぞ。
思いっきり買いかぶってくれてるところ申しわけないんだけどさ、この節約生活は会津のためで、国防予算捻出にむけた大奥経費縮小計画の一環なんかじゃないの!
それに、ナリさんを意図的に招待してるわけじゃなく、こいつが勝手に押しかけてくるだけ!
ところが、
「そうなのか、金之助っ!?」
うるうる眼で叫ぶ池田。
そして、まわりのオッサンどもの期待にみちたワクワク目線。
……あら、もしかすると、なんかイイ感じなこと、言わなきゃいけない雰囲気?
うーん、困ったなぁ。
……ん……!
「『やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』にございますれば」
「「「おおおーーー!!!」」」
巨大などよめきが建具をふるわせた。
「「「す、すばらしき金言!!!」」」
「ご立派です、金之助さま!」
うつくしい笑顔とともに賞揚するアニキ。
「いい言葉だ。書き留めておこう」
懐から懐紙と矢立を取り出す浅野。
「あの……みそっかすの……金之助が……」
なぜかむせび泣く池田。
「「「なんと肥後守の思慮のふかさよ!」」」
「おそれいりもうした」
「なるほど、薩摩守の申されたとおりの傑物」
「いつもながら、薩摩守の眼力はたしかじゃ」
「であろう~」
「「「さすが薩州殿!」」」
「いやいやいや~」
「まことの風鑑とはこのことよ」
「わしの目にくるいはござらぬ~」
「「「おみそれいたしました」」」
「はっはっはっは」
「いよっ! 当代一の目利き!」
「これこれ、本当のことを申すでない~」
オッサン連中も超ハイテンション。
あ、ちなみにコレ、帰省した親父がトイレに忘れていった『プレジ●ント』に書いてあったやつ。
だれの言葉かわかんないけど、またもやパクっちまいました。
(※山本五十六です)
オッサンたちにおだてられ、ナリさんは得意の絶頂。




