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66 朋友知己

 えぐえぐ……えぐえぐぇ…………



「金之助さま?」


 悲嘆の闇をはらったのは、とびきりの美声。


 うるうる眼をむけると、そこにはこの世のものとも思われぬ麗人が。


 加賀梅鉢紋つきの裃をまとったそのイケメンは、舞をまうような優雅な足取りで接近し、やさしく俺の肩を抱いた。


 そして、梅鉢男の背後には裃姿の若者ふたりと、供侍らしき男たちがぎっしり。



(……い、いつのまに……?)



 ひとりかなしみに閉ざされてる隙に、この大集団が入ってきたらしい。



 ナリさん初来襲事件といい、今回といい……会津藩邸うち警備体制セキュリティシステムは、ホントに大丈夫なのかーっ!?



 それはそうと、梅鉢男(アニキ)はいったい、なにしにここへ?


 ま、まさか? ナリさんに合流、じゃねーだろーなっ!?



「父上より、ときおり金之助さまのようすを見てさしあげるよう言われましたので」


 よほど警戒感バリバリだったらしく、なにも聞かないうちにそう答えるアニキ。


「伯父上は?」


「先日、国許にむけ出立いたしました。今年は『表』の寅年でございますゆえ」


「そうでしたか……国許に」


 オジキ、参勤交代で、来年まで金沢かぁ。

 なんだか……さびしいなぁ。



「そういえば、金之助さまも、本来ならば、今年初入部でありましたな?」


 参勤交代は、一定の期間ごとに国許と江戸を行き来する制度。 


 大名の七割は隔年往復だが、全大名が一斉に江戸をはなれると街道が大渋滞になるし、領地で大名同士がこそこそ倒幕計画でもたてられても困る。


 ということで、下向する年を子・寅・辰~の『表』と丑・卯・巳~の『裏』に二分し、割りふった。

 そのルール上、会津や加賀は『表』御暇おいとま(国許に下向すること)のグループらしい。


 ところが、幕府の要職についている間は、在府を義務付けられる。

 なので当然、参勤交代は一時停止。

 もちろん、大政参与の俺も、職を辞するまでは国入りできないのだ。



「会津の臣も民もみな、金之助さまの入部を楽しみにしておりましたでしょうに」


 百六十年前の会津か。行ってみたいなぁ。


 そうしたら、あの島津斉彬ストーカーからも離れられるし。


 ……ぐっすん……


 あ、また泣けてきた。



「どうなさったのですか? そのように沈まれて?」


 傷心にしみる、思いやりにみちた言葉。


「ぅぅ……犬千代さまー!」


 思わず、菊菱模様の麻裃に抱きつきメソメソ。


 よしよしと背中をさする、あたたかくやわらかい手の感触。


 アニキーーーっ!


 地面にめりこんでいた気持ちも、しだいにほんわか浮上。



 そこへ、


「相かわらずべそべそ泣いておるのか?」


 至福のひとときを打ちくだく、トゲトゲしい口吻。

 あたたまった心も一気に氷点下。


「金之助、お久しゅう」


 アニキの肩越しに飛来する、つよすぎるまなざし。



 よ、呼び捨て!?

 だれだよ、こいつ?



「まさか、忘れたわけではあるまいな? もし、そうならば、昔以上のぼんやりものじゃ」


 皮肉っぽくつぶやく男。

 歳は二、三才上くらい。

 きめの細かい白肌と、高貴な目鼻立ち。

 ほっそりした身体にまとう裃には備前蝶の家紋。


《池田因幡守慶宗よしたか・幼名:喬士郎・鳥取藩主・従兄》

 という字幕が。



 従兄?


 容さんには父方の従兄はいないはず。


 じゃあ、母方の?



「さように意地の悪い物言いをするでない、喬士郎!」


 アニキがめずらしく怒りをにじませた。



 母方だとすると、アニキの兄弟か?


 アニキに遠慮がないところを見ると、同母弟なのかも。


 つまり、前田家から他家に養子に出たってことか?



 ……にしても、アニキとは全然似てないな。

 容さんとアニキは双子みたいにそっくりなのに。



「金之助さまは、一月に患った大病で記憶がうすくなっておられるのだ。

 もそっと気遣きづこうてさしあげてはどうか?」


「それはなんともお気の毒な」


 と言いつつ、お気の毒がカケラも感じられない傲然とした態度。



「ふふ、従兄殿は昔から、なにかといえば金之助さまをかまわれますなぁ」


 わき上がったのは、笑いをかみ殺した揶揄。


 声の主は、俺や容さんと同年タメくらいのやつで、《浅野安芸守慶輝よしてる・幼名:定之丞・安芸広島藩主》の字幕。



「従兄殿」……って言ったよね?


 でも、字幕には『従兄弟』とはでなかった。


 ってことは、容さんとは従兄弟じゃなく、前田側の姻戚?


 つまり、アニキや池田の母親と、浅野の両親どちらかが兄弟姉妹なのか?


 たしか、アニキの母ちゃんは……十一代将軍家斉の姫君だったはず。


 じゃあ、この三人はオットセイさんの孫?

 だとすると、家定や紀州慶福とは従兄弟同士になるわけだ。

 


 あの言い方や『昔から』って言ってるから、容さんと浅野くんは血縁のない幼なじみってところか?



「ご自分の兄上が取られそうで、やきもちを焼いておられるのですか?」


 幼なじみとおぼしき男が池田に笑いかける。


 その無邪気そうな笑顔には、どことなく家定と似た雰囲気がただよっていた。 


「ち、ちがうっ!」


 年下の浅野に指摘され、真っ赤になってどなり返す池田。


「金之助はすぐメソメソするゆえ、イライラするだけじゃ!」


「やめぬか」


 そういうアニキもちょっとイラだたしげ。


 会津藩邸おれんちの玄関さきで盛りあがる従兄たち。


 そのヘンなやりとりを見守っているうちに、涙も止まっていた。


「そのうえ、グズでにぶくてぼんやりなのに、父上も兄上も金之助ばかりヒイキにして……」


「とは申せ、喬士郎さまも金之助さまがお好きなのでしょう?」



(……はい?……)



「素直になれぬもどかしさか……うふふふ」


「定之丞っ!」


 悪意のなさそうな口調で、従兄をいたぶる浅野くん。


「喬士郎さまはぼんやりと仰せになりますが、金之助さまはこたび大老格の重職におつきになられたのですよ? いつまでも子どものままではございませぬ」


 年の割に妙に悟ったような口ぶり。



(なんか……頭よさげ)



「ふん、なにが大政参与だ!」


(それにくらべて……)


「かようなぼんやりに大老職などつとまるものか!」


「ひかえよ、喬士郎」


「なれど、公方さまが金之助をひいきになさるは、兄上への対抗心ゆえではないか!」


 い、いま…………なんて?


 公方さまとアニキが……対抗??



「敵手の兄上にうりふたつでありながら、人並み外れたぼんやりの金之助。公方さまは、その失態ぶりを間近でご覧になりたいがため、手元におかれようと――」


「喬士郎っ!」



 ……敵……手……?



「金之助さま、お気になさいますな」


 浅野はやさしく言ってくれたが……やけに意味深な単語がゴロゴロころがっていたような……?


「それ見よ、金之助はなんのことやら見当もつかぬらしい」


 従弟()のようすを観察していた池田が、ひややかに笑った。


「おおかた、公方さまは慈悲ぶかい御方ゆえ、己によくしてくださるとでも思っているのであろう。まことにめでたき男よの」



 い、家定さんが?


 容さん()にやさしくしてくれるのは……本心からじゃない?


 そこには、アニキがからんだ、なにかが……?


 じゃあ、今回の人事も、本当は公方さまの言ってた理由とはちがうのか?

 裏になんかドロドロした政治的思惑が……。

 たとえば、政敵をおとしいれる駒にしようとしての抜擢……とか?



 ガーーーン!


 

 あの家定さんが……そんなことを……?


 ……人間……不信に……なりそう……。



 ガシッ。


 

 遠い目でたちつくす俺の両肩を、池田はわしづかみ。


「金之助! なにを呆けておる!? しっかりせい!」


「……あ、はい、申しわけありませぬ」


 

 いや、ちょっといまそれどころじゃ……。

 あんたらの戯言ざれごとにつき合ってやる余裕は……。


 という俺の意向など知ったこっちゃない池田くん。

 つかまれた指がいっそうつよく喰いこむ。



「いくら大病をわずらったとはいえ、わたしを忘れるとは万死に値する罪過。なれど、こたびばかりは、特別にゆるしてやろう。

 だが、よいか? こののち、なにかあったら、まずわたしに相談しろ! そなたはいつも、わたしより父上や兄上ばかり頼りおって……腹のたつ……(ぶつぶつ)……」


「…………」



 ……あ、あれ……?



 浅野くんがさっき言ってた『やきもち』って……じつは、逆方向のだったりとか、する?


 アニキ → ♡ じゃなくて、容さん♡的な……。



 げっ……ツ、ツンデレーーーっ!?



 粘着オヤジより、もっとヤバイ感じっ!?



 うわ~~~!

 ないわ~~~!!

 マジ勘弁~~~!!!




 そんなお取りこみのまっ最中、なぜかナリさん再登場。


「肥後守~、団体行動を乱してはなりませんぞ~」


(……いや、俺はあんたの団体に入ったおぼえはない)


「さぁ、疾く疾く。奥で、みな待っておりますぞ~」



 くそ、このまま逃げ(バックレ)ようと思ったのに。


「来客中でしたか。これは失礼を」


 マナー完璧の前田家世子は、だれかさんとちがって、さっそく撤収態勢。


「では、われらはこれにて」



 ところが、


「……おや、これは!」


 つやつやのむき卵顔に、突如アヤシイ笑みが。


「安芸守ではないか~!」


 浅野を見るナリさんの目は、ターゲットを見つけた肉食獣のソレ。


 え、お知り合い?

 それとも、いつもの賢侯レーダー?


 ってことは、この子、こんなに若いのにやっぱ賢侯くん?



「ぐふぐふ、侯もおいでとは存じませんでした~」


「い、いえ、わたしは前田さまに同道しただけで……」


 賢侯くん、あきらかに迷惑顔。


「おお、筑前守と因幡守もおそろいで!」


(……いまごろ気づくなよ)


「「これはこれは薩摩守」」


 前田・池田兄弟、そろって優雅に一礼。


「思いがけぬところでお会いいたしましたな~。

 ふむ、かようなところで立ち話もつまらぬ。ささ、どうぞ奥へ~」


「いえ、わたくしたちはこのあと本郷へ」


「さよう、予定が……」


「袖をお放しくだされ!」 


「今日こそは逃しませぬぞ~」


 ナリさん、浅野くんの抗議をガン無視。


「しかたない。なれば兄上、定之丞をおいてわれらは……」


「そうだな」


「そんな薄情な。わたしも!」


「そうおっしゃらず、みなさまで」


「「「……しかし……」」」


 三人がかりの抵抗もむなしく、貴公子たちはナリさんに強制連行されていった。


(……おい……)


 島津、俺を迎えにきたんじゃなかったのか?

 なのに、なんで俺だけ回収していかない?


 (…………)


 いざ自由になってみると……ちょっとさびしいじゃねーか。


 ……ちぇ、イヤだけど、俺もあっち、行こ。



 ―― ……あ…… ――



 気づいたけど、いま、この藩邸にいるメンツって、


 薩摩島津

 宇和島伊達

 土佐山内

 福岡黒田

 肥後細川

 加賀前田

 安芸浅野

 鳥取池田



 そして、この前きたのが、米沢上杉と八戸南部。


 容さん以外、みごとなまでに外様だらけ!



 なんか和田倉上屋敷ここ……完全に外様大名のサロン化してねーか?


 将軍家定となにやらワケアリげな、いまのこの状況下で、なんとな~くヤバくね、これ?



 ……いやいや、考えすぎだよな?

 

 だよ……な??

 

 だ……よ……な???

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