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63 CRC――千代田城ランニングクラブ

 トレーニング開始から約一ヶ月。


 梅雨つゆどき特有のじめじめした朝。



 玄関を出、空をあおぐ。

 湿度は高いが降ってはいない。


(午前中はもつかな?)


 雨天練習を禁じられているので、天候は俺にとっては死活問題なのだ。


 なんでも明暦の大火のとき、保科正之のお世継ぎくんは陣頭に立って消火活動を指揮し、みごと鎮火に成功したものの、全身ずぶぬれになったせいか、若君は風邪をこじらせ十八歳でポックリ早世。


 そんな不吉な前例があるので、容さん(ハード)をぬらすと、神経質なじいや近習どもがギャーギャー大さわぎ。

 だから、陸上大会ではあたりまえの雨天決行なんてありえないらしい。


 だが、ここでヘタに逆らってランニング全面禁止になると困るので、ムカつきつつもおとなしくしたがうしかない。


 なにしろ、じいには大政参与内定のはっちゃけで、やっと練習参加を認めさせたばかりだ。

 しばらくは良い子にしてなきゃマズイだろう。


 でも、そのおかげで一ヶ月のうち十八回も練習が中止になってしまった。


 しかも困ったことに、なまじ中途半端に鍛えたせいか、走れないと身体が妙にムズムズしてたまらない。


 やむにやまれず廊下でかるめのジョグをすれば、速攻じいに見つかり、ガミガミくどくど説教大会。


 しかたなく座敷内で腹筋・背筋・腕立て・スクワット・ツイスト・腕ふり・反復横跳び・立ち幅跳び・踏み段昇降などで、せっせと体幹づくりにはげんでみた。


 そんな俺に注がれたのは称賛のまなざしではなく、イタイ人を見るような、なまあたたかい視線。


 がっつりメンタルけずられて、すっかり意気消沈し、悩んだすえにトレーニングマシン導入を検討しはじめた。


 ワラにもすがる思いで、茶運び人形作成で世話になった「からくりなんちゃらさん」ことスーパー技術者田中さんと、ようやくハンティングに成功した岩崎尚ちゃんに、ランニングマシンとエアロバイクのざっくりな仕様を説明し、涙ながらに開発を依頼。

 現在、試作品完成を一日千秋の思いで待ちわびているところだ。


 そして、このふたつがイイ感じに完成したら、一気に量産化して、あちこちの大名・豪商に売りこむ計画なのだ。


 売上の中から研究開発費・量産化経費もまかなうので、ビンボー財政に負担はかけないし、エアロバイクの設計図は自転車にも転用できる。


 ふふふ、なんかもうかりそうな予感~。



 でも、まあ、とりあえず今日のところは、ギリギリいけそうじゃね?


 ってことで、朝練決行!



「まいろう」


「ご出立にございます!」


 その号令に、門内外にひかえる藩士たちは一斉に作動。


 歩きだす俺のまわりを小姓・刀番がさっと取りかこみ、ほかのやつらはその外側に人垣をつくる。



 藩邸を出た行列は、藩主以下全員徒歩で西の丸大手門へ。


 西の丸下郭内にある和田倉屋敷から門は目と鼻の先。駕籠や馬に乗るまでもない距離だ。



 ひっひっひっ。

 供イコール全員ランニング仲間……順調にふえてる~!



 四十人からスタートしたこのプロジェクトだが、お義理参加の上士数はほぼ横ばい。


 しかし、「希望者は身分も所属も問わない。都合が悪いときはムリに参加しなくていい」との通達をだしたら、中・下屋敷からも希望者がぞくぞく参集し、いまや当初の二.五倍 ―― 百人近い数にふくれ上がった!


 そして、阿部提案の幕臣も百人にせまるいきおい。


 とはいえ、こっちは予想外の展開で、この百人は御小姓・御書院番ではないのだが。


 俺がにらんだとおり、両御番からの参加者は御書院番所属の又一くんほか園遊会SPの数名のみ。


 すると阿部は、さくっと『寄合』『小普請』にも対象を拡大 ―― したとたん、入部希望者が殺到したのだ。



 あやしい。


 ハナからこっちが本命で、御小姓御書院番はフェイクだったんじゃ……?



 考えてみたら、両御番は交代制の二十四時間勤務。

 当番のローテーションがあるから、朝練時間に合わせるのはむずかしい。


 御書院番から参加の又一くんたちは、どうやら城内における俺の護衛役らしく、上からの命令で俺に張りついているだけで、ランニングがしたくて自発的にきているわけではない。

 つまり、両御番からは実質ゼロということ。



 ところで、『寄合』『小普請』というのは、ようするに、自宅待機中の旗本さんたちの人材バンクみたいなもの。


『寄合』は三千石以上の旗本、『小普請』『小普請組』は三千石未満の旗本・御家人が所属する組織だ。


 幕臣の俸給は『家』が代々もらう『家禄』と、なにかの仕事についてはじめて支給される『役高』『役料』で成り立っている。


 二百五十年以上、ほとんどベースアップもない基本給『家禄』。

 その一方、経済はコメから貨幣へとシフトし、幕初にくらべ、商品の値段は爆上がりしている。


 物価上昇と、取り引き価格がはげしく変動するうえ、値下がり傾向にある米価。


 千石をこえるような旗本は家禄だけでもなんとか暮らせるが、その他大勢の幕臣は内職でもしなくちゃ食っていけないのだ。


 なので、みんな家計のため、『役高』『役料』もとめて熾烈な猟官運動をくりひろげる。


 中にはいったん職にありついても、有給休暇を取って家でコソコソ内職をして、その金で要路筋にワイロを送り、もっと実入りのいいポストをねらうツワモノまでいる。


 ようするに、入部希望者殺到の真相は、今度大老格になる俺に接近し、「ここでお目にとまれば、いい仕事にありつけるかも!」な方々が、期待に胸をふくらませて押しかけてきたってことだろう。



『寄合』『小普請』は一日中フリー。

 御小姓・御書院番とちがい、いつでも練習に参加できる。


 とすると……最初から阿部のねらいはそこだったのかも。



 そういえば、あいつ、「肥後守が指導するなら、参加希望者も~」みたいなことを言ってたし。


 それなら最初からそっちに声かければよかったんじゃね?

 なんでそんなまどろっこしいことするの?


 どうもあいつの考えてることはよくわからない。



 とにもかくにも、練習参加者は会津藩士・幕臣両方あわせて二百人近い大所帯になった。


 二百人といえば箱根本大会出場二十校の往復十区間と同じ数だ。

 補欠不要なら、今日明日にでも箱根駅伝開催が可能!

 夢にむかってまた一歩前進だ!



(こんなに増えたから、きちんと組織づくりもしなきゃー)と思い、とりあえずチーム名を考えてみた。


 それが、『千代田城ランニングクラブ』―― 略称:CRC



 とはいえ、これはまだみんなにはナイショで、規約など細かいところをちゃんと決めてから、ドーンと発表する予定だ。


 本当は、おそろいの名入りユニフォームなんかもつくりたいところだが、ランパンランシャツって、かなり露出度高いし、ソレ着て容さんが走ったら……いろんな意味でパニック必至だろう。



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