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57 園遊会

 嘉永七年 五月初旬



 新緑をゆらす薫風。

 入梅間近とも思えぬ、すがすがしい天色あまいろの空。


 

 一方、俺の心は季節を先どり。


 どんより

 じめじめ

 じとじと


「はぁ~~~」


 吹上御門の桝形を歩きながら、朝から何度目かの嘆息。



 モヤモヤのあまり、足元の玉じゃりをキックすると、


「殿っっっ!」


 すかさず飛来する叱責の声。


「ふてくされるのはおやめくださいっ!」


 ちぇっ。


「殿は責任あるお立場なのですよ? いつまでも幼子のままでは困りますっ!」


 朝からつづくエンドレス小言に、ますますイライラ。


「お返事は?」


「相わかった!」


(なんだよ、この前と言ってること、ちがうじゃねーか!)



 しぶしぶ通過した高麗門のむこうは、むせかえるような緑のトンネル。

 都会のど真ん中とは思えないマイナスイオンのシャワーだ。


 その門前の竹垣にそって、オッサン数人がひと待ち顔でたたずんでいたが、



「お待ち申しあげておりました」


 俺たち一行を認めると、二十代半ばの男がスッと歩みよってきた。


 秀麗な面ざしと知的な瞳。

 洗練されたものごし。

 裃には立浪の家紋。



 あれ、どっかで会いました……よね?



 必死で記憶をまさぐっていると、ニイチャンはそれを察したのか、


「はじめて御意をえます。本日、肥後守さまのご案内役を相つとめまする」


 完璧な営業スマイル。



 はじめて? でも、見おぼえが……。



「そなた、名は?」


「どうぞ『又一』とお呼びください」



 又一? 聞いたことねーな。字幕もないし。


 じゃあ、俺のカンちがいか?



「公方さま直々に、ねんごろにお世話申しあげるよう仰せつかっております」


(ああ、はいはい、よろしくね)



 又一くんのあとにしたがい、御庭の中心部へとむかう。


 うしろからは御刀番の大野と、又一以外の侍たちもぞろぞろつづく。



(このオッサンたち、ひょっとして……容さん()専属SP?)



 今日は将軍主催の園遊会ガーデンパーティ――アメリカ合衆国献上品お披露目会だ。


(公方さま直々の命令……ねぇ)


 こんなこと言ったらバチあたりだけど、ホント、人の好意って、場合によっては迷惑なときもあるんだよな。

 俺のことなんかほっといてくれればいいのに、家定さん。



(……やれやれ……)



 例の版籍奉還騒動後の総登城日は五回。


 俺はそれを全部バックれた。


 さすがに連続パスはイヤでも目立ち、とうとう公方さまにマークされてしまい、ついに今回、将軍さま直々の召喚となったのだ。


 とはいえ、


「おい、こら、ふざけんな。四の五の言わず出て来い!」なら、まだしも、


「かわいそうに。メンタルこわれちゃったの?」という一番面倒くさいパターンだ。


「『鯱病』なら、しゃちほこが乗ってない門からなら入れるんじゃない?」 ☛ 吹上御門より入城


(公方さま、あまり外から入ったことないからご存知ないみたいっすけど、吹上ここにも乗ってますぜ、鯱……)


「いきなり本丸登城はムリだろうから、まずは気楽なイベントから徐々にならしていったら? 今日は天気もいいし、ちょっとでいいから参加してみない?」 ☛ ガーデンパーティ出席決定



 最高権力者からの超破格なお心づかい。

 しかも、朝一で来た家定直筆トドメの招待状に、家臣どもまで手のひら返し!


 わざわざ案内係までつけてくれちゃって、完全に『保健室登校』じゃねーか!


 ここまでされちゃ、今後、不登城なんてできっこない。


 くそ、せっかく、もうかりそうないい商売思いついたのに。



 のんびりうきうきの春休みは、残念ながらもうオシマイらしい。



 

 初夏の吹上御庭はまさに百花繚乱。


 夏椿や金糸梅の咲きみだれる庭園では、招待された在府諸侯がそぞろ歩き。



 本日のメインイベント――アメリカからの献上品プレゼントお披露目会だ。



 ペリーは交渉を有利に運ぶため、すすんだ文明の見本・工業製品などを示威的に贈呈してきたが、それが、


 蒸気機関車の模型

 エンボッシング・モールス電信機

 柱時計

 望遠鏡

 ピストル

 ライフル銃

 ミシン……三十種類以上の品々をプレゼントしてくれたのだ。



 中でも一番人気があるのが1/4スケールのミニSLの展示で、広場に敷設されたSL実演コーナーはおおぜいの大名たちで大にぎわいだ。


 これは一周約百メートルの円形軌道を、ミニ蒸気機関車が時速約三十二キロで走るもの。

 SLは客車を牽引していて、希望者は屋根に乗ってぐるぐるまわれる体験型アトラクションになっている。


(っても、けっこうスピードがでて、楽しいより恐怖体験っぽいけど)


 ……ん?


 最前列で車体をなめまわすように見学中のオッサンは――やっぱ、島津斉彬ナリさん



 あの日以来、オッサンは総登城日ごとにうちで昼を食っていくようになりやがった。

 こっちは登城をサボっている手前、居留守はつかえないから、長時間がっつり拘束されるハメになり、本当にウザイのだ。



 ナリさんのずうずうしさにもムカつくが、最悪なのはじいで、やつが賢侯襲来を大歓迎して、俺の逃げ場をなくしてくれるのだ。自陣に裏切り者がいるから、なかなか撃退もできない。



 だから今日も、捕捉されたが最後、ダルがらみされるのは明明白白だ。



(せめて今日くらいかかわらないようにしよう)


 俺は危険地帯からそっと離脱した。



 気持ちのいい新緑の庭園を、又一くんに先導されてブラブラ散策。



 と、行く手に前田加賀守斉恭公を発見。


 発見というより、大物オーラがまわりを圧倒しまくり、ひときわはげしく浮かびあがっているオジキ。


 名だたる大名が勢ぞろいする中、誰よりも堂々としていて存在感ハンパない!


 オジキ、威厳ありすぎっすよ。



 その横には加賀梅鉢紋つきの容さん……ではなくて、キラッキラアニキこと筑前守慶泰さんの姿も見える。


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