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50 YOKOHAMAマルシェ

 太陰太陽暦三月 


 春暖ののどやかな昼さがり。

 弥生の海はうららかな陽光にのたりのたり。

 


 武蔵国久良岐郡横浜村。

 いつもはヘンなにおいがたちこめるひなびた砂嘴が(ナマコを加工するニオイらしい)、今日はその風景が一変。

 突如出現した青空市場マルシェ

 三つ葉葵の幔幕とアメリカ国旗、その他の物体でゴテゴテに飾りつけられた広場には、さまざまな物品をあつかう大小の露店、食べ物の屋台、ベンチ・簡易テーブルが。

 そこを歩きまわる無数のアメリカ兵といかつい侍軍団、着かざった町人たち。


 そんなシュールな空間に俺はいる。



「海上哨戒は万全かーっ?」


「周囲の矢来は破られていまいな? いま一度確認してまいれっ!」


 ゼィゼィ……はぁはぁ……うぅ、のどが痛い。



 今朝は明け六つに横浜入りし、立ちっぱなし、どなりっぱなし。

 対テロ警備指揮および雑用でもうヘトヘトだ。



 さわやかな潮風に頬をなぶられながら、ふと疑問が頭をよぎる。


(これ、俺の仕事じゃないよな?)


 やはり、どう考えてもこれは浦賀奉行か韮山代官の仕事だろう。


(……っ、伊沢のやつーっ!)



 うわさによると浦賀奉行の伊沢は、長崎奉行時代、砲術家Tさんを無実の罪でパクり投獄。T家を断絶にまで追いこんだ黒歴史があるらしい。

 そして俺も、この腹黒オヤジにハメられたひとりだ。



 っきしょーっ!!

 どうしてこんなことになったんだーっ?




 先日、このYOKOHAMAで、細則こみの和親条約完全版を締結した日米両国だが、


「さぁさ、お帰りはこちらですよ~!」と、速攻追っ払うつもりだったのに、


「こんな辺境とこめったに来れないし、お土産とか買いたいじゃん? ショッピングくらいさせてくんなきゃ絶対帰らねーっ!」などと、ぐだぐだゴネまくるヤンキースのみなさん。

 

 温泉旅行のついでに、箱根駅伝ミュージアムで節操なく各校グッズを買いあさるニワカ陸上ファンみたいなことを言ってきやがった。



 しかし、よくよく考えてみれば、この条約で下田と箱館があらたに開港するのだが、米国艦隊やつら横浜ここを出たあと、測量のため二港に立ち寄るという。


 ってことは、現地の役所には、こいつらが到着するまえに、今回取り決めた条約について、あらかじめ通達しておかなければならない。


 とはいえ、比較的近い下田ならまだしも、高速の蒸気船に先んじて箱館に条約内容を伝えるには、確かにここで数日足どめして時間を稼ぎ、その間に現地奉行所に詳細を知らせるべきだろう。 


 それに、通貨の交換レート問題もある。

 その情報が伝わる前に、行った先々で勝手に買い物なんかされちゃなにかと困る。



(ああ、面倒くさっ!)



 そんなこんなで、ペリー艦隊送別会幹事だった俺は、やつらのリクエストを受け、急きょデューティーフリーマーケット設営も必要になり、プラン変更を余儀なくされたのだ。



 ということで、悩みぬいたすえ考えだしたのが、このYOKOHAMAマルシェ計画。


 まず、おみやげ品購入は、身元の確かな商人を選定し、陶器、塗り物、小間物、反物など、いかにもメイドインジャパンぽいものを取りそろえ、その品ごとに仮設店舗を設置し、お買い物ごっこ(ショッピング)を楽しんでもらうことにした。



 食事については、かた苦しい会食形式ではなく、屋台スタンドから自分の好きな料理をチョイスして、好きなだけ食べられる食べ放題ランチにしてみた。


 これは、ウンチク集に書いてあった『ペリー来航編』のエピソードから思いついたスタイルだ。


 あっちの世界の幕府は、外国使節に対する国の威信をかけた接待ということで、江戸でも一、二を争う高級料亭M屋におもてなし料理を発注した。


 吟味しつくした素材・一流料理人たちによる一人前五十万円相当の本膳料理を提供したのに、ペリーどもは、


「マズイ!」

「ビンボーくさい!」

「すくない!」

 と、日記の中でボロクソ書き残しやがった。

 

 金と労力をかけてもてなしてやったあげくに、こんな妄言タワゴトを吐かれた日には、国交断絶必至の侮辱だ。



「じゃあ、どうしよう?」と、頭をひねっていたとき、



 ――ピカッ!――



「こいつらには、肉とオイリーな料理を好きなだけ、たらふく食わせりゃいいんじゃね?」とひらめいた。


 てなことで、江戸の幕閣や林ら幕臣連中にブーイングくらいまくりつつ、屋台バイキング接待プランを強行した。


 エビ・白身魚・野菜の天ぷら

 ミニうな丼

 豚の生姜焼き(俺レシピ)

 明石焼き風タコオムレツ

 ノーマルカステラと抹茶カステラ

 御用牧場の牛乳で作った牛乳寒


 やつらの口に合いそうな料理を大量に用意して、スタンバイ。

 食事をとる場所は、景色のいいポイントに、木製のガーデンテーブルを配置した。


 すると、大食漢ぞろいの米兵たちはうれしそうに何度もおかわりしつつ、料理を堪能してくれた。


 飲み物も、紀州のみかんで作ったオレンジジュース、桜をうかべた日本酒(会津産)、緑茶、桜茶、ほんのり甘い冷水を、ドリンクバー形式にして提供したら大好評のようだ。



(ふふふ、完璧じゃね、俺の企画?)



 盛りあがる会場のようすに、力いっぱい自画自賛 ♡




 ところが、そんなささやかな幸せをブチこわす無粋男が若干一名。


「ご精がでますな」


 皮肉をふくんだ声の主は見なくてもわかった。


「……岩瀬か」



 岩瀬は、陣笠&打裂羽織ぶっさきばおり姿という、色気もクソもない武骨な装束の会津侯()とは真逆の、オールシルクのダンディないでたち。

 完全に人を小馬鹿にしきったオッサンの態度に、♡気分も一瞬でふっ飛んだ。



「もう昼餉は召しあがったのですか?」


 昼メシどころか、朝食もそこそこに本陣を飛びだして以来、水さえ口にしてねーわ!


「肥後守さまもそろそろ休憩なされては?」


 ああ、俺だってできるものならそうしたいっすね!



 不快感バリバリの目線をものともせず、秀麗な顔でニヤニヤする海防掛目付。


「このようなお役目、浦賀奉行におまかせになればよいものを」



 じゃあ、お聞きしますが、そのお奉行さまはどこにいるのかなー?


 あそこでノンビリ昼酒かっくらってんのが、うわさの浦賀奉行の伊沢さんじゃないんですかー?


 あんなよっぱらいに、業務引き継ぎなんてできますかねぇ?



 疲労と空腹でささくれだつ俺を、岩瀬は愉快そうにながめる。



「ふふふ、だからあれほど申しあげたものを」



 あ、ソレ言っちゃう?

 こんなに一生懸命がんばってるケナゲな若者に、ソレを?



「他藩の兵となじむのはおやめになった方がよいと、いくども諫言いたしましたのに」



 ……言ったよ、このオヤジ。



「ゆえにつけこまれたのではありませぬか」


 会心の笑みとともに、痛んだハートにトドメを打ちこむオッサン。



 はいはい、おっしゃるとーりっ!


 浦賀奉行の仕事である会場警備をやらされてるのも、みーんな自業自得。

 己の不徳のいたすところでございます。




 じつは先日、この送別パーティ計画を交渉団のみなさんに説明した際、


「いくら限られた区域とはいえ、多数の異人をまねき、戸外でかくもにぎにぎしき宴を開いては、不穏な輩を呼びよせることになるのでは?」


 真っ先に懸念を示したのは、北町奉行の井戸対馬守。


「その懸念はもっともじゃ。そこで、万全の警備体制をしくため、浦賀奉行所の手を借りたいのだ」


 伊沢にちらりと視線をなげかけ、察してちゃんオーラおよび忖度光線を照射する。


 当然さっくりOKかと思いきや、


「配下の与力らを出すのはかまいませぬが、全体の指揮は肥後守さまにお願いいたします」


「どういう意味だ?」


「こたびの警備、陸側だけではなく、海からの侵入にもそなえねばなりません。

 広大な海上警備は浦賀奉行所のみでは成しがたきこと。当然、哨戒中の各藩兵も使わねばなりますまい」


 伊沢はしかつめらしい顔つきでこっちを見かえし、


「なれど、一旗本のそれがしが諸侯の家臣に下知いたすのははばかられまする。その点肥後守さまならば、あの者たちにたいそう慕われておいでのごようす。ゆえに適任かと」


「待て、それはご公儀の職制上、問題があるのでは?」


「なんの、肥後守さまは交渉使節団後見役。その職責にはメリケン人を保護するお役目もありましょう」


「しかし……」


「それにしても、かようなお若さで他藩兵の忠誠心までもつかむとは、まれにみる将器ですな!」


「そ、そうであろうか?」


「むろん! まさしく神君家康公の再来にございます! 武神毘沙門天もかくやはっ! いよっ、驍将!」


「いや、さほどのことは…………ふふふ、やめぬか、さような世辞は ♡」



 てな感じで、気づいたら警備担当責任者にされていた。



「エイエイオー」でハイになり、伊沢のヨイショにたぶらかされ、気づいたら一番のビンボーくじを……。


 バカバカバカバカ!

 これじゃ、京都守護職もうっかり引き受けかねない。



 なんか……やばい予感がする。



 陽春のぬるい大気につつまれながら、全身にゾクゾクと寒気がはしった。

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