表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/188

28 謀略

 ようやく、切腹話の全貌が見えてきた。



 やはり、黒幕は徳川斉昭公クソジジイのようだ。


 論戦で、ボコボコに負けた御老公。

 御三家一のオレ様キャラが泣き寝入りなんてするわけねーだろ、とは思ってたが、ジジイはある意味予想どおりの行動をとった。


 それは、ぶっ倒れた容さん()が、そのまま逝ったら重畳、もし、しぶとく生還したとしても、遠からず冥界あっちへ追っぱらうための周到な罠を用意したのだ。


 

 あの日、会津侯退場後、井伊とヨリタネさんは人事不省におちいった被後見人の姿を見て茫然自失、ふたりは戦力外状態におちいった。



「よっしゃー! 好機到来!」


 ジジイの嗅覚がリベンジのチャンスを嗅ぎつける。


 小うるさい常溜三家が自滅した評定の場は、一転ジジイの独壇場と化した。


「こたびの異国との交渉は、前例のないこと。交渉に万全を期すためにも、交渉団の諮問をおこなう『後見役』が必要なのではないか?

 そこでだ、肥後守は、若いが見識のある男、まさに『後見役』にうってつけではないか」



 さっきコケにされまくった相手を不自然なほど持ち上げるジジイ。


 このウサンくさい提案に、堀田はなんとか抵抗しようとしたものの、つねに溜詰をリードしてきた常溜すべてが無力化され、ほかの溜詰チームメートもアテにならず、孤立無援のありさま。

 堀田ひとりでは、ジジイの中央突破をはばむことはできなかったようだ。



「なれば、後見役は肥後守で決定じゃな!」


 いやらしくほくそ笑む水戸老公。


「とは申せ、万が一、交渉がうまくいかなんだら、どうなるのかのう? 

 わしなら、武士らしく腹を切るがのう。

 あ、いや、肥後守に腹を切れと申しているわけではないぞ?

 あくまでも、『もし、()()()()』だ。

 わしが肥後守だったら、切腹して公方さまに詫びるがのう。

 だから、『もし、()()()()』な?

 じゃが、責任あるお役目が不首尾に終わったならば、()()()()腹を切るものよ。

 ()()()()()、まわりが止めても切るであろうのう。

 肥後守も早まって、妙な考えをおこさぬとよいが(泣きマネ挿入)」


「いや、ここだけの話、あの者は三百諸侯中一、二を争う美形。わしもキレイなをのこは昔からキライではない♡美しいさかりに、あたら若い命を散らせるなど、国家的損失だが、肥後守は()()()()()()()()()()会津松平家の当主。

 あの者なら、()()()()()腹を切ってしまうのではないか?

 あー、心配じゃのー(棒)!」


 を、しつこくしつこくしつこく五回もリピート。



 ジジイが狡猾なのは、はっきり「切腹しろ!」と言わない点。


 だから、家定も老公をいさめることはできなかったらしい。



 そして、前段の『後見役』設置案は常識的意見だったため、堀田以外の溜詰諸侯タマリノマクラブもなんとなく賛成。


 後半の切腹話は、内容が強烈なだけに人々の記憶に残りやすく、またジジイが意図的に強調した結果、いつのまにか『会津侯引責切腹』ムードが蔓延。

 失敗イコール切腹が暗黙の了解となってしまったとのこと。



 こうして、俺の知らないところで、あくどい罠が仕かけられていたのである。


 

『御家門大名切腹!』という衝撃のうわさは、ジジイの思惑どおり、アッという間につたわった。


 もはや撤回もできないほど広範囲にひろがり、既成事実化されている。



 そして、後見役の話題が出る前に気絶し、丸一日昏睡状態だったにもかかわらず、なぜか会津侯()自ら立候補したことになっていた。


 これは、「才もないのに功をあせって自爆したバカな若造」を印象づけるために付加されたネタらしい。




 俺に対する、ジジイのあこぎな復讐戦――作戦名『クチコミ包囲網』!

 

 クチコミと世論を甘く見てはいけない。


 この時代、テレビもネットも新聞もないから(たまにガセネタ満載の瓦版は出るが)、情報のおもな伝達手段はクチコミ。


 例の『な~んちゃって蘭方医』も、あまりにひどいレベルだとクチコミでつぶされるんだとか。


 簡単に開業できるが、結局自然淘汰され、それなりに腕のたつ医者しか生き残れないというきびしい現実。


 そして、『切腹話』は、いまや城内だけでなく、一般庶民にまで広く流布されている。


 たった一日で……クチコミ、恐るべし!



 そういえば、例の『松の廊下事件』がらみの討ち入りも、A浪士のみなさんがクチコミと世論によって追いつめられ、討ち入らざるをえない状況になったといえる。



 では、ここで松の廊下事件から発した『A浪士討ち入り事件』のおさらい。



・藩主A氏切腹後、A藩は改易


・家老Oさんの最優先目標は、お家再興


・国許で再生のため奮闘するOさんたちの苦労も知らず、江戸勤番グループからは「早く討ち入ろうぜ!」というギラギラした催促がウザイくらいくる


・当時、江戸では、


「当然、討ち入るよね?」


「まさか、やらないとかないよね?」


「で、いつやるの? (いまでしょう!)」


 と、オサムライさん側の事情はガン無視で大盛りあがり


・逃げ場のなくなった江戸組がどんどん追いこまれる


・最後の頼みの綱『お家再興運動』失敗


・にっちもさっちもいかなくなり、Oさんたち仇討を決意


・約二年後の師走中旬、K邸乱入


・Oさんたち全員切腹


・五十人近い武士が戦場以外で命を落とす結果になったこの事件を、民衆は無責任に拍手喝采


・幕府に反抗した快挙が受け、歌舞伎・人形浄瑠璃etc.いろんな娯楽のネタにされ楽しまれる



 世論、怖ーっっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ