表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/188

25 奥御医師世継 松本良順

 漆黒の闇。


 一条の光もない暗黒。



「※☆‰★@」


 声が聞こえた。


 なまりのある老人ジイサンの声が。



「じいちゃん?」


「……は……?」



 あ、じいちゃんだ!



 ……だよな?


 だよな!?


 だよなっ!


 やっぱ、夢だったんだよな、アレは!?


 だって、憑依とかマジありえねーし。


 それに、タイムスリップ?


 んなの、アニメか小説の中だけだろ?



「☆気づ□◆○▼△た」


 じいちゃんがつぶやく。



 うは、なに、どうしたの?


 声、めっちゃうるんでんじゃねーか(笑)。


 それに、とぎれとぎれで、なに言ってるか全然わかんねぇ。



「夢、見てた。すごくヘンな夢」


 じいちゃんを安心させたくて、目を閉じたままつぶやく。


「どのような?」


 聞きかえす声音が、いつになくやさしい。



 ああ、なるほどね。


 きっと俺は、皇居前で突然倒れて、救急治療室(ER)に搬送されたんだな。


 で、学生証とかで身元確認後、家族に連絡が入り、会津からじいちゃん上京――的な?


 要介護のばあちゃんがいるから、母ちゃんが会津に残ったってわけね?


 うん、要介護2じゃ、預け先も急には見つからないだろうし。


 でも、おやじは?


 あいつは都内在住なんだから、ふつうはおやじが付き添うはずだけど。


 てことは、また出張か?


 だから、すぐにはもどれなくて、じいちゃんがわざわざ東京に来たのか。



「どのような夢を?」


 もどかしそうにうながすじいちゃん。


 心配そうな気持がビンビンつたわってくる。



「うん、幕末の大名になった夢」


「ばく……まつ?」


 たじろぐような口調。


「俺がね、よりにもよって松平容保になってる夢なの」


「…………」


 あんた、幕末ネタ好きだろ? 


 いつも頼みもしないのに、しつこく語ってんじゃん。


 なのに、なんでスルーなの?


「ねぇ、松平容保だよ? マジヤバくね?」


「……や、やば……?」


「なんでそんな夢、見たのかな?」


「……夢……」



 ありゃ? なんかテンション下がってない?


 なんで?


「でね、駕籠とかに乗って、江戸城行くの」


「え、江戸城?」


「そこで、将軍や井伊直弼なんかに会ってさ」


「な、なにを言って……?」


 当惑したようにだまりこむじいちゃん。


 あ、ごめん。


 だよね、話ぶっ飛びすぎだよね?


 孫が倒れたって知らされて、急いで駆けつけたら、こんな意味不明な話されて……たしかに困惑するわな。


 にしても、なんで暗いままなんだ?


 病気のせい?


 え、まさか失明しちゃったとか!?


 うわ、それは勘弁してほしいな。


 そういえば、夢の中で覚醒したときみたいに、全身がひどく重くて超だるい。



 …………。



 深刻な病気……なのかな?


 原因も治療法もわからないとかじゃないといいんだけど。


 だって、せっかく今度こそまじめに生きようって決めたのに。


 だから、死にたくない! 余命何年とか、ホントにムリ!



「おわかりになりますか?」 


 突如、ちがう声が割りこむ。

 若い男の声だ。 


「夢では、ほかにはどのようなことが?」



 だれ?


 ―――― ああ、医者か。ERの。


 じゃあ、これは意識レベルの確認ってやつね?


 夢の話をさせて、ろれつがまわるかとか、言ってることが支離滅裂じゃないかとか、いろいろチェックするんでしょ?


 はいはい、了解です。



「えーっと、夢では、パレスホテルも新丸ビルも読売新聞本社ビルもなくて」


「ほぅ?」


「でね、日比谷通りに和田倉門跡ってところがあるでしょ?」


「和田倉門【跡】?」


「ほら、箱根駅伝往路でスタートした直後、和田倉門交差点のちょい手前あたりで、横に交番がある橋のところ」


「箱根……駅伝?」


 おや、先生、まさか箱根駅伝知らないの?


 陸上に興味なくても、日本人ならふつう知ってるでしょ?


 もしかして、先生、子どものころからひたすらお勉強ばっかやってて、一般常識に欠けるタイプなの?



 あらら、そうなんだ。


 まあ、それにERのドクターはかなり激務らしいからね。


 正月も平日もかわらずにお仕事じゃ、駅伝どころじゃないのかもね。



「んー、つまり、その和田倉門ってところに会津藩の屋敷があって、そこが自分の家だったりするの」


「「「…………」」」



「だれかーーーっっっ!」


 とどろく絶叫。


「殿のご様子がおかしいっ!」



 と、殿?


 ま、まさか……ここは、まだ、あっちなのか!?



 弛緩しきった上眼瞼挙筋じょうがんけんきょきんをムリムリこじ開ける。


 すると……、


 見えたのは、花の絵の天井!


「ぅっ、そぉーーーっっっ!」




 ―― 俺は、松平容保のままだった ――





 めざめればそこは、十九世紀の江戸(あっちの世界)


 時間的には、あのブラックアウトから丸一日が経過したころ。



 どうやら、病みあがりの身体であちこち歩かされたうえ、昼メシ抜き、ティーブレイクなしの会議。


 しかも、ジジイたち御三家とのぎすぎすした舌戦で、心身ともに能力の限界を越え、ぶざまにも会議中、公方さまの御前で意識喪失……したらしい。



 意識喪失後、遠侍で待つ大野に「会津侯急変!」の一報が入り、城外で待機中の駕籠が呼びだされ、中ノ口に横づけ。


 中ノ口は遠侍棟北の、中ノ口御門の奥。


 ここは本来、幕閣候補の雁間大名と本丸勤務職員用出入り口なのだが、江戸城内で急病人がでると非常事態につき、ここまで駕籠を入れることが特別に許可される。



 ブッ倒れた会津侯()は、担架がわりの戸板に乗せられ、中ノ口まで回送。


 そこで、速攻駕籠に突っこまれ救急搬送。


 上屋敷へ収容された松平容保は、再度、昏睡状態におちいった。



 これをうけ、しつこく登城要請してきた井伊は強い自責の念にかられ、搬出される青年のかわりはてた姿に色を失い、いまだかつて見せたことのない狂態を演じたとか。


(……どんなだよ?)



 ということで、俺の枕元には、またもや複数の人間が集結中。


 じい


 会津藩御殿医・磐田玄斎(この前もいた茶筅髷のやつ)


 大野他、小姓三人

 

 そして、知らないニイチャン一名



 磐田玄斎は、容パパが町医者から抜擢した異色の御殿医で、農民階級出身ながら子供のころから学問好きで、刻苦勉励苦学のすえ医者になった男だ。


 基本は漢方医だが、儒学者である儒医という肩書も持ち、会津若松城下で開業すると、親切丁寧な診療が好評を博し、城下町一行列のできる開業医ドクターとなった。


 その噂は、藩主の耳にまで達し、開明派の容敬は身分の低いこの町医者を御殿医として採用し、それ以来、玄斎はおもに病弱な容さん・利ちゃん担当ホームドクターとして仕えてきた。


 それはいいが、で、このもうひとりのニイチャンは?



「堀田さまより仰せつかりました」


 男はそう言って、青ぞり頭をペコリと下げた。


「奥御医師・松本良甫さまお世継、良順さまでございますぞ」と、じいが未知の坊主を紹介する。



 ……ん……?


 この声は……さっきのじいちゃんの声!?


 あれは俺の祖父(じいちゃん)じゃなくて、容さんの傅役(じい)だったのか。

 会津なまりの老人じじいの声だったから、そう聞こえたんだな。


 やっと、二十一世紀に帰れたと思ったのに……。



 なまじ、よろこんだあとだけに、しばらく浮上できそうもない。



「……はぁ……」


 失意のなか、ボーっと見あげると、青ぞりニイチャンと目が合った。



(……松本良順……)



 なんか聞いたことあるような、ないような?



「ご実父の佐藤泰然さまは、堀田さまのご城下で医学塾も開いていらっしゃる高名な蘭方医。そして、ご養父良甫さまは、漢方医として将軍家の奥詰医師をつとめておいでです」


 プロフィール紹介はまだつづいている。


 親父が佐倉藩での開業・私塾主催という関係で、堀田テディとも懇意にしてる、だと?


 今回は堀田からの往診要請?



 ああ、それで来てるのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ