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19 援軍

 家定の御小姓に案内され、中奥側から御錠口を経て黒書院横へ。



 ようやく見おぼえのある廊下にたどりつく。


 そして、南庭サイドから溜間へ入室。



「尾張大納言や水戸中納言を待たせるとは。会津少将とやらは、いつからそのように偉くなったのだ?」


 着席早々、ジジイの意地悪発言がさく裂する。


「申しわけございませぬ」


 ひたすら平伏する俺。


 悔しいがジジイの言うとおりだ。


 身分制のきびしい時代にあって、これは痛恨のミス。

 言いわけなんか一切できない失態だ。


 腰と背中が痛くなるほど平伏しつづける。


 頭をさげて解決するなら……。 


 なにしろ、容さん()の肩には、家臣とその家族、何万人分かの生活がかかっている。

 あやまり倒してでも、藩のマイナスにならないようにしなくちゃならない。



 江戸時代の大名の仕事とは、決められた日に登城し、城内で無事にすごして下城すること。

 それ以上は求められていない。


 藩政は家老以下家臣がそこそこやってくれるので、あとは、世継ぎさえきっちり作成したら、ほぼ百点満点。


 藩が改易減封になるなんて、絶対やっちゃいけない最大の禁忌タブーなのだ。




「ご無礼の段、ひらにご容赦を」


 かたずをのむオッサンたち。


 発せられる、重苦しい息づかい。




 と、そのとき、



「水戸殿」


 室外からわく低音ボイス。


「肥後を責めるな」



 一斉にその方向を見るオッサンたち。



 その方向――溜間北東に隣接する黒書院に立つ人物を目視した瞬間、居合わせた全員が、雷に打たれたようにひれ伏した。


 溜間に集う高位の大名なら誰でも知っている顔、それは……、


 現将軍・徳川家定公!



 溜間への異例の御出座おでましに、全員パニック。



「予が引きとめたのじゃ。許せ」


 将軍にそう言われては、さすがの水戸老公もこれ以上は攻撃できず、不服そうにむっつり。



(家定……さん)



 通常、将軍は溜間などにはこない。


 黒書院で謁見があるときは、中奥側から入室し、上段之間にすわり、終了後そのまま中奥へ。


 下段之間よりさらに下手に位置する溜間は、将軍にはまったく縁のない場所だ。


 なのに、なぜ、ここに?



 …………まさか、容さん()をフォローしにきたのか?



 迷子になって、よりによって中奥に侵入し、泣いていた容さん()


 案内をつけて『表』に帰したものの、もどってから同席者に叱られるだろうと察して来てくれたのか?



 なんで? なんで、そんなに親切なんだ?


 ふつうなら、降格・減封・移封・改易対象。


 それなのに、家定さんは……ミスをかばってくれている!


 日本で一番エライ人がわざわざ足を運んでまで!



(……公方さま……)



 傷んだ心に、家定の配慮とやさしさがしみてくる。


 とめどなくこぼれる熱い泪。



(ありがとう……家定さん)



 とはいうものの、ふたりの関係って……?



 さっき、家定はさらりと『迷ったか?』と聞いてきた。


 関係者以外立入禁止のVIP専用区域で、大の男が廊下にすわりこんで嗚咽していたら、ふつうは「乱心かっ!」と考え、ぎょっとするはず。


 イッちゃってるやつなら、突然刃物を振りかざして襲いかかってきてもおかしくない。

 例の松の廊下で殺人未遂事件を起こしたA藩のA氏のように。



 だが、家定は全然警戒しなかった。


 事情も聴かず、容さんが『迷った』とわかり、いい大人が涙する姿にも平然としていた。


 しかも、『相かわらず』とすこし笑いながら。



 つまり、ふたりは以前にも何回かこうした形で会ってたのか?


 中奥に迷いこんだ容さんを家定は何度か発見して、表に送り届けていたんじゃないか?


 それじゃ、容さん迷子件数はパパや井伊たちが把握しているのよりはるかに多いってこと?



 ……頼むよ……マジで……。



 とはいえ、家定が将軍になったのは去年の秋。


 世嗣時代は蓮池濠のむこう、別曲輪の西の丸御殿で暮らし、行事で将軍に列座するときだけ本丸にきていたはず。


 たまにしかこないのに、結構な頻度で会ってたってことは?



 おい、容さん!


 ほぼ毎回迷子だったんかいっ!


 それで登城のたび、いつも泣いてたのか?


 さっきは城内の構造がいけないのかも? と、思ったけど、やっぱ、君は真正ぼんやり君だったのかっっ!?



 しかも、去年夏までここには、美少年ハンター・家慶ヨッシーがいた。


 まさに、飛んで火にいる夏の虫。


 よくいままで無事だったな?


 容パパが真実を知ったら絶対に卒倒する。



 あれ、もしや?



 家定はその危険があったからこそ、中奥で泣いている容さんを見つけるたび、父親ヨッシーには知られないよう、こっそりとキャッチ&リリースしてたのか?


 だとしたら、神レベルのいい人じゃねーか!



 そういえば、『久しいの』とも言っていたな。


 公式対面なら、容さんと将軍家定は『久し』くはない。


 嘉永七年に入ってからの拝謁は、


 正月元旦 拝賀式


   三日 御謡初


   七日 五節句人日


  十一日 具足祝


  十五日 上元嘉例式日(この下城途中、容さん昏倒)



 今月だけで、すくなくとも五回は会っているはずだ。


『久しい』は、個人的に会ったのが久しぶりだという意味だろう。



 容パパが亡くなり、藩主になった容さん。


 さすがに「御家門当主が殿中で迷子!」とか、そんな醜態をさらすわけにもいかなくなり、最近はがんばってたのかもしれない。


(最近泣いてたのは、おもに井伊たちに叱られてか?)



 だから家定と容さん(ふたり)は、公式行事以外では会うこともなくなり、今日は久々の対話?


 昔のよしみで、容さん()のフォローをするために、溜間へじきじきに御出座しになられた、って流れ?



(……家定さん……)



 強烈なホームシックで完全に壊れそうだった俺のメンタルは、公方さまのふかい慈悲により、かろうじて崩壊の危機をまぬがれたのであった。


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― 新着の感想 ―
会津の負け犬は泣くことしかできないみたいだね。 会津人の解像度が上がっていく。 或いは作者の心情描写が拙いか。
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