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南柯の夢に入るとき  作者: 岩槻はるか
【プロローグ】
2/188

予選会

 記録的豪雪にしずむ会津若松を発ってから三時間


 グリーンの流線型車両から吐き出された二十三番歩廊ホーム

 プラットホームを吹きぬける冷気が、乾いた頬に突き刺さる


 ホームゲート沿いに歩き、エスカレーターで下におりる



 新幹線乗換口のむこうは巨大コンコース


 ラッシュからはずれた昼下がり

 立ちならぶショップのはざまを行きかう過客の群れ


 すれちがう人波に何度もぶつかるエナメルバッグ

 露骨にイヤな顔をし、去っていくビジネスマン


 さかまく川面で翻弄される浮遊物さながらに



 東から西へ


 ごった返す構内をなんとか横断

 出口をしめす黄色いパネル



 『丸の内南改札口』



 自動改札機の外は高い吹き抜け

 はるか頭上をおおうドーム天井

 券売機・自動ゲートと赤レンガ駅舎のミスマッチ


 JR東京駅


 復元されたレトロ駅舎にデジカメ・スマホをむける人だかり

 知らぬまに観光スポットになっていた終着駅ターミナル


 記憶とは大きく乖離したたたずまい



 おやじの転勤でニューヨークに暮らした五年間


 帰国後、俺と母は祖母の介護の都合で会津若松に

 おやじはひとり東京に


 俺にとっては六年ぶりの上京

 ましてや、単独ひとり上京す()るのは生涯初


 どうしても行かなくてはいけない場所があったから


 丸ノ内(ここ)にあるオフィスビルのひとつ

 読売新聞東京本社に




 約半月前


 正月恒例箱根駅伝のスタート地点であり、ゴール地点だった場所

 選ばれた二百人のランナーだけが走ることを許される場所

 陸上長距離をやる者ならだれもが一度はあこがれる場所


 

 そこをめざし夢中で走りつづけた三年間


 その結果、五〇〇〇メートルベストタイム一六分三一秒

 箱根駅伝出走はほとんど絶望的な数字


 各大学のレギュラーはインターハイ(インハイ)・国体の常連ばかり

 有力選手は早くからスカウトされ、入試もスポーツ推薦(スポ薦)でさっくり合格


 このタイムでは、競走部を志望しても門前払い必至

 たとえ入部できたとしても、雑用要員確実

 四年がかりで努力しても、走路員が関の山


 あこがれだけで終わった方が傷口も小さい


 そのうえ、駅伝をやる資格もない俺


 自分の任された区間で仕事のできない主将

 後輩が上げてくれたたすきの順位をさげてしまうふがいない上級生


 これは、あさってのセンター試験を前に、未練を捨てるための旅


 箱根駅伝のフィニッシュ地点に


 夢想しつづけた栄光を

 渡されるはずもない襷を

 永遠に届かぬゴールテープを

 すべての妄執を棄てるための


 ひそかに抱いてきた夢

 それを手放したとき

 一秒を削りだす苦しさから解放された

 底なしのむなしさと引き換えに


 かつてランパンとシューズを入れたエナメルバッグ

 いまあるのは、参考書と単語帳、マークシート用鉛筆だけ

 ここに母校のユニフォームを入れることはもうない




 行幸通りを皇居方向へ


 ほどなく着いた巨大十字路――和田倉門交差点


 クロスするのは日比谷通り



 二日の往路

 真新しい襷を胸に一区の選手たちがかけぬけていく道


 信号が緑にかわる

 読売新聞社は交差点をわたらず、このまま右折し直進


 なのに、なぜか足は勝手に通りをわたる

 横断歩道をわたりきった先は、



 ――もろ異空間――



 周囲のオフィス街とはそぐわない風景


 暗緑色のひろい濠

 鋭角の、異様な石垣

 石垣そこにおおいかぶさる常緑の木々

 濠にかかるゆるいアーチは擬宝珠つき木橋


 その一角だけ時間がとまっているような不思議な浮揚感


 ふとここが、むかし『江戸』とよばれた世界一の大都市だったのを思いだす


挿絵(By みてみん)

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