表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/188

15 衝撃

 ふいに、誰かの姿がうかんだ。



 四十代半ばの理知的な紳士。

 慈愛に満ちたやさしそうな目をした侍の姿が。



(もしかして、これが容パパ?)


 と、思った瞬間、涙腺が決壊。


(どーした、容さんっっ!? いくらなんでも泣きすぎだろーっ!)というくらいの爆泣き。



「父上」


 利姫のとき同様、またもやソフト担当の俺を無視し、ハードは勝手につぶやいていた。



「父君のこと、すこしは思いだされたか?」


 ヨリタネさんが、いたわるように聞いてきた。


「父の面影が……うかびました」



 その言葉に、となりの井伊も崩壊。


 もらい泣きどころか、容さん以上の大号泣。


「うぇ、ひっく、ぐふ、容敬さまぁーっっ!」



(……ちょっ、うるさいんだけど、この人!)



 とはいえ、井伊のようすから、容パパの為人ひととなり、オッサンたちとの絆の一端が垣間見えた気がした。



「さきほどは浅慮な発言をいたしました。まことに恥ずかしゅうございます」


 そう言って、深く頭をさげる。


 形としては井伊とヨリタネさんにむかって詫びたが、これは容パパに対する俺の心からの謝罪。


 容さんの父・容敬公が息子に望んだこと――それは日本史の教科書に太字で載るような、華々しい英雄になることではなく、この時代の大名として平凡で平穏な一生を送ってほしいというもの。


 さっきやらかしたようなデカい影響力をもつ大物政治家との対立は、今後、トラブルに巻きこまれるきっかけにもなりかねない。


 下手したらヘンな恨みを買い、それがもとで命を落とすことだってある。


 そんなことにでもなったら、俺は容パパの霊に絶対呪われるっっ!



(でも……この場合『命を落とす』って? ソフトが逝っちゃったのは、俺のせいじゃないだろ? やっぱ、一応機能してる身体ハードがやられたときだよな? イコール俺も終了なんだけど……)



「以後、心いたします。またいたらぬ点などございましたら、ご指摘たまわりたく存じまする」


 かるく会釈をして告げると、オッサンたちは満足そうにニコニコ。



 ってことで、どうやら説教タイムも終了したようだし、休憩時間もぼちぼち終わるころに。



 そこで、あらためてふたりに向きなおり、


「失礼して、手水にいってまいります。評定の前に身支度を整えたく存じまする」と一礼。


 泣きすぎて、顔中ベタベタカピカピ状態。

 会議再開まえにトイレでかーるく洗顔しとかないと。



 そうことわって立ちあがったとき、


「容保殿っ! くれぐれもご留意めされいっ!」


 あせったように井伊が叫ぶ。



 え!?



「さよう。あわてず、慎重にな!」


 ヨリタネさんまで?


 たかがトイレに行くぐらいで、なに?



「足もとがすべりやすいのでな!」


「中は暗いですぞ!」



 十九歳にもなる大人に、なんなの、さっきから?


 まるで、幼児ガキがひとりでトイレに行くときみたいにくどくどと。

 しかも、やけにそわそわして。



 いぶかしそうに立ち止まると、ふたりはバツの悪そうな顔でダンマリ。


「つい、言うてしもうた」


「容敬さまも、しきりに案じておられたからのう」



 はぁ? 容パパが?



「父がなんと?」


 固まるオッサンたち。


「お教えくださいっ!」


 しばらく気まずい間があり、ようやく起動した井伊は、


「じつは……父君最大の懸念が……」


 口ごもりながらボソボソ。


「容保殿が厠に落ちて溺死するのではないか、であったゆえ」



 ………な、なんっすか、それ?


 ポットン便所で、溺死?


 なにバカなこと言ってんのっっ!



 俺の心の声が聞こえたのか、ヨリタネさんが重々しくうなずく。


「いたのだ、溺れた者が、かつてこの城に……」



 マ、マジで?



 ときは、先代十二代将軍・家慶の治世。


 酒豪で、みんなでわいわい飲む楽しい酒が好きだった家慶公。


 御小姓や御小納戸など宿直の近侍相手に、いわゆるアルハラ(アルコールハラスメント)まがいの酒の強要もたびたび。


 ある朝、泊り番あけの主君が帰ってこないと大さわぎする旗本の家臣が。


 みんなで城内を大捜索したところ、ポットン便所で溺死している御小納戸・旗本Mさんを発見。


 酒に弱いMさんは、将軍さまのお酌を断ることができず泥酔。


 その後、ひとりで厠に行き、足をすべらせポットン。そのままお亡くなりになったらしい。


 江戸城のトイレはうす暗く、床材が石敷きなので便所用下駄もすべりやすく、めちゃくちゃ危険なんだとか。



 その事件があったのが、いまから六年前。

 容パパは、その惨事がずっと頭からはなれなかったようだ。


 私生活でも仲良しだった三人は、たびたび互いの屋敷を行ききし、いっしょに酒を飲む機会も多かったそうだ。


 ある日、酔った勢いで、ふたりに悩みをうちあけた容パパ。


「何度も何度も夢に見るのじゃ。金之助(容さん幼名)が変わりはてた姿で、厠の下桶から見つかる夢を。金之助はあのとおりぼんやりした子ゆえ、いつ落ちるかいつ落ちるかと常に案じられて……このままでは死んでも死にきれぬ」


 そう言って涙目になっていたという。


 颯爽としたいつもの公には、およそ似つかわしくない英雄の懊悩する姿。


 はじめて見るその心細そうな表情は、ふたりの胸に強く焼きついた。



「…………」



 容パパ一番の心配が…………それ?


 ポットン事故のMさんは、泥酔したあげく不幸な結果になったが、容さんはシラフでも高確率でハマる、と?


 容敬公が亡くなったとき、容さんはたしか数え年の十七歳。


 小学校低学年くらいならまだしも、そんなにデカくなってても、ポットンの可能性が捨てきれないって、相当やばいレベルだろ!?


『あのとおりぼんやりした子』?


 そんなに有名な『ぼんやり君』なのかよっ!



 オリジナルの容さんって……いったい…………???




 次々あきらかになる衝撃の事実。


 先刻涙したばかりの容パパ感動秘話さえ、銀河の彼方にふっ飛んでいった。



 まさか……もっとすごいネタもあったりして……?



 ……ありえる……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ