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-GUY-  作者: TAKA丸
3/8

ACT 2

「君には荷が勝ち過ぎたかね……?」

 グレーのスーツに身を包んだ初老の男が、深い茶色の机を挟んで、前に立っている青年に言った。

 ずんぐりとした身体を左右に軽く捻るようにして、尻の位置を直しているのを見ると、どうやら自分の体重で尻が痛むのだろう。

 柔らかい椅子に腰掛けていてこれでは、その内空中に浮いていないと耐えられなくなってしまうのではないだろうか?

「い、いえ、決してそのような事は!」

「だが……事実、何の成果もあげておらんではないか?」

 初老の男は机の上のシガーケースから煙草を一本取り出すと、銀色のライターで火を点け、シロタの顔に、フゥ……と煙を吹きかけた。

 身体に悪いと言われ続けながら、未だ煙草はこの世界から無くなっていない。

 悪い物ほど好まれる物なのかもしれない。

「……思っていた以上に頑なで」

 咽こみそうになるのを堪えて、シロタは冷静さを保ちつつ言った。

 勿論、不快感を顔に出す事など出来はしない。

「まあいい……そろそろ反応炉のテストもせねばならんしな、あれを連れて行け。 そうすれば博士の考えも変わるかもしれん」

「ラボの外に出すんですか!? それに試験運転なら何も……」

「いずれは出さねばならんのだ。 ……嫌かね?」

 初老の男は軽くネクタイを直すと、重く垂れ下がった瞼を無理矢理開き、シロタをジロリと見た。

「……解りました」

 シロタには拒否権など無いのだ。

 それを承知していながら、初老の男は言っている。

 一礼すると、シロタは部屋を後にした。

「使えん奴だ。 そろそろ切るか……」

 力仕事などした事の無い太い指が、煙草を灰皿で揉み消した……。



「冗談じゃ無い、このままじゃ俺の立場が危ういぞ! ……まったく! クローニングだの寿命を延ばす技術だの、無駄な物ばかり開発するから、いつまで経っても、ああいう老人がのさばる事になるんだ!」

 シロタは苛立ちながらラボへの通路を進んでいる。

 自分もその恩恵に与っている事など、頭の片隅にも無いようだ。

「こうなったら手段なんか選んでいられない! 孫娘を手懐けても意味が無いなら……!」

 シロタの目には異常な色が宿り始めていた。

 それは功を焦るあまり、冷静な判断が出来なくなっている者の、ある種独特の目だった。

「『S』 ! 『S』 はどこだ!」

 ラボの扉が開くのももどかしく、シロタは室内に入るなり声を荒げた。

「私に御用ですか? ミスター……何でしたかな?」

 きっと表情を表せるなら笑っているであろう声で、部屋の隅に寝そべっていた黒い犬が言った。

「貴様……その人間を小馬鹿にしたような口調を止めろと……!」

「この瞬間までに16回言われました。 しかし、私の口調は貴方方にプログラミングされた物です。 私の意志では変えられませんねえ……」

 シロタの神経を逆撫でするように、 『S』 と呼ばれた黒い犬が言った。

 シロタは、つかつかと 『S』 に歩み寄ると、その身体から繋がっているコードの先端をコンピューターから乱暴に外し、電力供給用のコネクタに挿した。

 『S』 の一瞬の絶叫が室内に響き渡ると、途端に部屋の明かりが全て消え、周りにいたスタッフが慌てて予備の電源を入れた。

「どうだ! 『痛み』 を学習出来たかっ!」

「……今ので作業効率が20%ダウンしましたよ? ミスター・シロタ……」

「俺に感謝しろ……ショックで記憶が戻ったみたいじゃないか?」

「そのようですね……有難う御座います……」

「クッ……ついて来い! お前に相応しい仕事をくれてやる!」

 最後まで見下されたように言われたシロタは 『S』 に目もくれず、先に立って部屋を出て行った。

 『S』 は、ブルブルと身体を振ると、備え付けられたコンピュータに2〜3のプログラムをし、シロタの後を追った。




「どうだ、 『S』 ! これが俺達人間の作った物だ! 人間の残す成果だ!」

 巨大な岩塊が不気味な様相を晒しているその場所から望んだ先には、巨大な施設が完成間近の姿を見せていた。

 しかし、無骨なその施設の姿は、周囲の殺風景さよりも醜悪な物に 『S』 の目には映った。

「人類は遂に手に入れるんだ、輝かしい未来をな! 他の生物では到底成し得ない事が出来る……人類はお前のような出来損ないとは違うんだ!」

 シロタは、まるでそれが自分の力で成し遂げられたように 『S』 に向かって言った。

 人間がいかに優れ、生物の頂点に立っているかを。

 だが、逆にそれは 『S』 を恐れているかのようにも見える。

「例の 『再生計画』 の施設ですね?」

「そうだ! この施設が稼動すれば、この惑星は生き返るんだ! 空も、海も、森も! みんな昔の力強さを取り戻すんだ!」

「移住計画も進めていますが……そちらはどうなります?」

「ふん! 今時テラフォーミングなど、予算を食いつぶすだけの単なる浪費に過ぎん! 老人達にはそれが解らんのさ」

「即時移住可能な惑星を見つける事など不可能でしょうからね。 それに人類には、惑星規模の改造をするだけの労働力がありませんから。 機械に全て任せてしまえる訳ではありませんし……私のような存在は不可欠でしょう」

 『S』 が何か言う度に、シロタは不機嫌になって行った。

 いちいち 『S』 は人間の可能性を否定するような事を言う。

 このプロジェクトの重要部分……システム開発には、全て 『S』 が係わっている。

 人類の……いや、この惑星の命運を、この一匹の犬が握っているのだ。

 それが益々、シロタを不愉快にさせる。


 『再生』 は大規模な惑星開発とは違い、その惑星の持つ 『生命力』 を活性化させ、惑星自体を蘇らせようという物だ。

 他の惑星への移住には膨大な時間と多大な労力が要る。

 しかし今の人類では、それには耐えられないのだ。

 その為に 『S』 のような存在が創られたのだから。


 だが、それを素直に認められないのが人間なのだろうか……。



「……また来たのか」

 勝手にドアをあけて入って来たシロタに、ノイは椅子に腰掛けたまま、露骨に嫌な顔をしながら言った。

「中に入れと言った覚えは無いんだがな?」

「僕も入れと言われた覚えはありませんね」

 シロタはニヤリと笑うと、当たり前のように椅子に腰掛けた。

「まあ、開けても頂けなくても中には入れますよ」

「本日、私達は政府の特使として参っておりますので、不法侵入には当りません。 その為の特権を行使したまでです」

 『S』 がシロタの足下をすり抜け、ノイへと近付いた。

 ノイは犬が喋っているという現実を突然突き付けられたにも拘らず、寧ろそれが当然の事のように受け入れている。

「……ラボから出て来たのか」

「お久し振りですね、ノイ博士」

「元気そうで何よりだ」

 ノイはテーブルの上にあった飲みかけのコーヒーを一息で飲み干した。

 もう冷めてしまっていた為、味は今ひとつだった。

「『S』 がラボから出された意味はお解かりですね? ……もう駆け引きは無しです」

「済まんが……協力は出来んよ」

 シロタの問いに対し、やはり予想していた通りの返事が返って来た。

「何故そこまで拒むんです? 悪い事をする訳じゃないんだ……この惑星を救うんですよ?」

「滅びが……それが自然の摂理なら、それに従うまでだ。 ワシは、あとはこの惑星の意志に任せるべきだと思っておる」

「惑星開発の基礎を作った人の言う台詞じゃありませんね」

「後悔しているよ……。 自然を冒涜するような真似をするべきじゃなかった……とね」

「人間の英知でしょう?」

「……ただの傲慢だよ」

 ノイは椅子から立ち上がると、窓辺に寄り、外を見ながら続けた。

「『S』 ……政府が完全管理している他に、幾つ森が残っているか知っているかね?」

「ここを含めて三ヶ所です」

「そうだ。 では、それが何を意味するか解るかね?」

「絶対的な酸素量の不足。 及び、温暖化と大気、水質汚染の進行です。 つまりは、生物の生きられない環境になるという事ですね」

「その通りだ。 人工的に酸素を作り出すのも、最早限界に来ておる……水が足りないのだから当たり前だな」

「だったら尚更、協力を惜しむべきじゃないでしょう! 貴方にしか出来ない事をするんだ、何故拒絶するんです?」

「惜しんでいるのでは無いっ!」

 ノイは強い目でシロタを見据えた。

「滅ぶべき者は滅ぶべき時に滅ぶものだ。 浅ましく生にしがみ付いた結果、何が残ったかね?」

 そう言うと、ノイは服のポケットから小さなカプセルを一つ取り出した。

 『S』 は、それを暫くの間ジっと見ていたが……。

「劣化促進剤ですね?」

「そうだ。 今までの物と違って、これは分子間結合を急速に弱める。 カプセルの中に入っている限りはただの液体だが、空気に触れるとその本質を表す」

「物騒な物を……まさか、それを使って反乱でも起こす気ですか?」

 シロタは眉を顰めながら言った。

「この量では、せいぜいこの家を壊す程度だろう。 量産出来れば再生プラントを破壊する事も、政府と戦争する事も出来るだろうがね」

 言いながらカプセルをポケットにしまうと、ノイは窓の外を見て小さく笑った。

「貴方の考えている事は僕にはサッパリ解りませんよ。 生きたいと願う事を、まるで悪のように言う……」

「悪か……悪なのかも知れんよ? 我々人類の、今までして来た事は全て……」

 それきり、ノイは何も喋らなくなった……。



「もうこのままではダメだ、埒があかん……!」

 外に出たシロタはイライラしながら、踵で岩を蹴った。

 結局どれだけ説得しようとも、ノイは首を縦に振らないだろう事が解ったからなのだが……。

「時間をかけて孫娘を懐柔したっていうのに、それも無意味って事か……くそっ!」

「では、どうなさいますか?」

「殺せ。 後はブレインスキャナで記憶を調べればいい。 お前を連れてここへ来させたのは、そういう事なのだろうからな」

「……上層部の方々は一体何を考えておられるのです?」

「人類の未来だ! 決まっているだろう!」

 『S』 の言い様は、シロタを更に苛つかせた。

 何もかもお見通しだと言わんばかりの 『S』 の目。

 それに加えて含みを持たせた物言いも、余裕のある態度も、何もかも全て気に入らない。

「そう言えば……犬が見当たりませんでしたね? 確か犬を飼っていると報告書にありましたが……」

「犬? ああ、散歩にでも行ってるんだろうよ。 リセルの奴……またあの犬を構うようになりやがって!」

「成る程、それで苛ついておられるんですか。 ……意外と、懐柔されたのは貴方の方かもしれませんね」

 笑った……のだろう、 『S』 は口元を歪めた。

「貴様……下らん事を言わず、命じられた事を実行しろっ!」

「……」

 『S』 は何も言わず、再びノイの家へと歩き出した。

「この件が片付いたら……奴も殺してやる!」

 シロタは内ポケットの銃の感触を服の上から確かめ、口の端を上げて笑った……。



「ガイと話せた頃……か」

 リセルの目の前には小さな川が流れている。

 穏やかなせせらぎは耳に優しいが、その色は透明度を欠き、川の深さを教えてはくれない。

 木々の葉も、光を遮る役目を果たしてくれそうも無いほど、力無く枝にしがみ付いているだけだ。

 それでも、ここは森と呼ばれる場所なのだ。

 だが、まだ多少でも自然の姿を止めているだけマシである。

 今では草の一本も生えていない場所が殆どなのだから。

 リセルはガイの艶のある黒い毛を撫で付けながら呟いた。

「話せたつもりになってただけよ……子供の頃だもの」

 傷付き、息も絶え絶えだったガイを、この森の中で見つけたのはリセルだった。

 そのまま小さなガイを抱き上げて家に連れて帰り、一晩中寝ずに看病したのだ。

「でも……お前は私の言う事が解るのかしら……?」

 ガイは、クゥン……と、鼻を一つ鳴らした。

「ふふ……そう、解るの? じゃあ謝らなきゃ。 ガイ、昨日はごめんね、意地悪言って……」

 『気にしなくていいよ』 とでも言うように、ガイは目を閉じ、リセルの膝に顎を乗せた。

「お前は優しいね……」

 リセルがもう一度ガイを撫でようとすると、突然ガイが立ち上がり、猛然と走り出した。

「ど、どうしたの!? ガイ! どこへ行くの!?」

 リセルの呼びかけにも反応せず、ガイは全力で走り去ってしまった。




 シロタの腕に着けていた小さな装置が鳴った。

 『S』 が仕事を終えた合図だ。

「ふん……早かったな」

 懐の銃の感触を再び確かめると、シロタはノイの家に向かった。

 確認の為ではない…… 『S』 を殺す為だ。

「予期出来ない致命的なバグが発生し、 『S』 が博士を殺害。 故に止む無く射殺……造られた物には、よくある事さ」

 ドアノブに手を掛け、扉を開く。

 それと同時にシロタの首から鮮血が迸り、周囲を真っ赤に染めた……。



「もう……。 ガイったら、どこ行っちゃったのかしら?」

 リセルは暫くガイを探して歩いたが、一向に姿が見当たらない。

 それに、ガイの行動範囲は広く、とてもその全てを探す事など出来ない。

「もしかしたら家に帰ったのかしら? ……きっとそうね」

 そう言うと、リセルはガイを探すのを諦め、今夜の食事の事を考え始めた。

「今夜は何を作ろうかしら。 お爺ちゃん、好みがうるさいから……」

 そろそろ食材の在庫が心許ないし、このまま買い物にでも行こうか?

 リセルは、家とは反対方向に向かって歩き始めた。



「遅かったね……」

 ガイが家の中に飛び込むのと、 『S』 の牙がノイの喉に食い込んだのは、ほぼ同時だった。

 グルルル……と唸りを上げ、ガイは 『S』 を威嚇する。

 『S』 は、ノイの喉から口を離すと、

「犬の真似などやめたまえ、もうその必要は無いよ。 ……君は私と同じなんだろう? 君のデータは私の頭の中にも入っているよ」

「……君の主人ではなかったのか?」

 もう息をしていないシロタを見てガイは言った。

「フッ……その男は自分をそう思っていたようだが、脆弱な人間の分際で私を支配しようなどと、思い上がりも甚だしい!」

「何故ノイ博士を殺した……!」

「私を創ったからさ」

「ならば親も同然ではないか! それを……」

「違うな。 私の親と呼べる存在がいるとすれば……それは君だよ」

 『First born』

 『S』 は、ガイをそう呼んだ。

「ファースト……ボーン?」

「君は自分が何故 『F』 と呼ばれるのか、考えた事は無かったのかい?」

「では……」

「そう、私が 『S』 と呼ばれるのは2番目に生まれた存在だからだ。 いかにも想像力が貧困な人間のネーミングだよ。 もっとも、まともに名付ける気も無かっただろうがね……」

 子供の頃、ラボでは散々細胞を採取された。

 恐らく 『S』 は、その中の一つから創り出されたのだろう。

 ガイは、そう思った。

「クローン……」

「いいや、私は君のもう一つの形だ、クローンではないよ。 まあ……彼らは君のコピーだがね」

 『S』 が言うと、5匹のガイ……いや、ガイのコピーが家の中へと入って来た。

 牙を剥いて……!

「理性など持ち合わせてはいないよ? 何しろ即興で作った粗悪品だからね、殆ど野生化していると言ってもいい。 本当は他の生き物で作りたかったのだが、サンプルを入手出来なくてね」

「彼らの身体が赤く染まっているのは何故だ……?」

「大方、ラボの人間の返り血だろうね」

「何て事を……君は一体、何がしたいんだ!?」

「それは興味深い質問だね……私も訊きたいと思っていたんだ。 君は一体、こんな所で何をしようと言うんだい? ノイのように、座して死を待つつもりだった……か?」

 『S』 の問いかけに、ガイは答えられなかった。

 コピー達が一斉に飛び掛って来たからだ。

「自分自身に殺されるか……それも運命なら抗わないか?」

「くっ! 君もやられるぞ!」

 ガイはコピーの攻撃を避けつつ 『S』 に言った。

「言ったろう? そいつらに理性は無いと。 強い者には逆らわないよ、本能だけの生き物はね……人間と同じさ」

 そう言い残し、 『S』 は悠々と外へ歩き出した。

「待て! どこへ行くつもりだ!」

「この惑星には醜悪な生物が多過ぎる。 少し整理しないとね……判っていて訊かないでくれたまえ」

「まさか……!?」

「君の想像通りか否か、生き残れたら確認したまえ」

 『S』 が外に出て行くと、コピー達は一斉にガイへと襲いかかった。

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