普通戦隊 イッパンジャー
俺はどこにでもいる普通の大学生だ。ちなみに今2年生。毎日だらだら大学に行って、バイトして、遊んで。そんな感じ。
そんな感じの俺だが、選ばれた、らしい。
朝起きた俺は、真っ先にその異変に気付いた。
「…なんじゃこりゃ」
枕元に、見覚えのない携帯電話が置かれていた。
「…あれ?俺どうしたんだっけ、これ」
ちょっとだけいじってみるが、特に反応はない。しかしよく見るとこの携帯電話、かなりチープな感じがする。なんかのおもちゃみたいな…。
「お前はイッパンジャーに選ばれたんや」
ああそうそう、子供向けの特撮番組に出てくる機械みたいな…
「って、え!?」
俺が後ろを振り返ると、そこには虎猫がちょこんと座っていた。
「え!?何だどっから入ってきた!?」
「そっから」
猫が顔を振った方に目をやると、窓ガラスが綺麗に割られていた。
「おまっ…」
「まあまあ、細かいことはどうでもええやん」
猫は面倒くさそうな声を出すと、こちらに寄ってきた。
「ていうか俺、夢でも見てんのか?なんで猫が喋ってんの?」
「夢やないでー。わい、猫やないもん。虎猫やもん。普段はニャーって鳴くんやけど」
いやお前それ猫だろどう考えても。俺は内心で突っ込む。声に出すと、この猫はうるさく反論してきそうだ。そんな気がする。
「お前は一般人の中から、イッパンジャーのレッドとして選ばれたんや。というか、見つけてしもたと言うか」
「どういうことだよ」
俺は時計を確認する。そろそろ大学に行く準備をしないと、講義に遅れる。あの講義はそろそろ真面目に出席しておかないと、単位を落とすかもしれない。
「イッパンジャーにふさわしい奴を選び、その『チェンジケータイ』を渡すのが、わいの役目や。で、わいがそのチェンジケータイを人間に託すと、怪獣たちの封印が解けてまうんや。だからお前はイッパンジャーとして、怪獣と戦ってくれ」
「…。このチェンジケータイ、誰にも渡さなきゃいいじゃん。そしたら怪獣たちも封印されたままなんだろ?」
俺は至極当然のことを言った。つもりだったが、
「そしたら誰がイッパンジャーをやるねん!!」
怒られた。
「いや、やらなくていいじゃねえか!!」
「何言うとんのや!!レンジャーは子供たちのあこがれやぞお前!!」
更に、背中に猫パンチされた。爪は出していなかったが結構いたい。
「滅多と見つかれへんのや!!お前ほどレッドにふさわしい奴は!!」
「え、それってどういう奴?」
俺はちょっと期待を込めて訊いた。ヒーローにふさわしい人間、だなんて。
「とにかくアホ丸出しのやつが、レッドにはふさわしい!!」
「なんだよそれ!!」
訊かなきゃよかった。ああ、早く準備しないと大学に遅れる…。
「とにかくほれ、戦うんや!!今この家の前でちょうど、怪獣が出現したとこや!!」
「ええ!?」
俺は部屋の窓を開けて、下を見る。
確かに怪獣っぽい何かが、人々を襲っていた。その怪獣は手がカニみたいで、それでなんか、なんか…
「なあ、あれってバルタンせいじ…」
「ええから、はよ行くで!!」
虎猫にせかされて、俺はケータイを持って外に飛び出した。
「そこまでや!!怪獣!!」
声を張り上げたのは俺ではなくて猫の方だった。
少し高いところに上った方が、登場するときかっこいいんや!とかなんとか猫に言われて、俺は人さまの車の上に立っていた。レンジャーとして最低な気がする。この車の持ち主の人、ごめんなさい。
しかも慌てて飛び出た俺は、思いっきりパジャマ姿だった。恥ずかしい。
「…ほれ、お前、なんか続きを言わんかいな」
猫がこそっと俺に言う。しかし何を言えばいいんだ。えーと、えーと。
「お、俺たちが相手だ!!」
「なに言うてんねん。今日はお前一人や」
俺は眼を見開いた。ちょっと待て。
「お、おい!青は?緑は?黄色は?ピンクは?いきなり助っ人でやってくる黒は!?」
「いまんとこ、イッパンジャーとして選ばれたんはレッドのお前だけや。せやから今日は、レッド一人で相手したるわこの怪獣!!!」
最後の方を怒鳴りながら、猫が言う。俺は猫をにらんだ。お前も戦えよこの野郎。
「ほれ、そろそろ変身せんかい」
「え、どうやって?」
もちろんだが、俺は変身の方法なんて知らない。
「まず、右手を上にあげて!!」
言われた通り、右手を高く上にあげる。
「こ、こうか?」
「んで、叫ぶんや。『今から変身するので10秒ほど待ってください!!』」
「何宣言してるんだよ!!しかも敬語じゃねえか!!」
「そう言っとかな、怪獣は待ってくれへんぞ!!常識やろ!!」
お前は何も知らんのやな、と猫があきれた顔をした。
「テレビではカットしてるが、変身前はいつも怪獣に声かけてるんやで」
そうなのか。知らなかった。レンジャーも怪物もそんなに律儀だったなんて。
「はよ言わんかい!襲われるぞ!!」
猫にせかされ、俺は大声で言う。
「今から変身するので、10秒ほど待ってください!!」
怪獣の動きが止まった。本当に待ってくれる気らしい。なんて、律儀な。
「じゃ、さっさと変身せい!」
「だからどうやって!?」
「まず、チェンジケータイの通話ボタンを押せ」
言われた通り、通話ボタンを押してみる。
『セット』
「うわ、なんか言ったぞこのケータイ!!」
「そしたら大声で叫ぶ!!へえ~んしい~ん!!!」
そのままじゃねえか。
「…へーんしーん」
「ちゃう!!もっと心をこめるんや!!へえ~んしい~ん!!」
「…へ~んし~ん」
「お前やる気あるんかいな!?」
ねえよ。
「はよせな10秒経ってまうで!!」
「そしたらまたお願いして、10秒待ってもらえばいいじゃねえか」
「あほう!!そない恥ずかしいこと出来るかい!!」
1回言うだけでも十分恥ずかしいと思うが。
「とにかく羞恥心なんてもんは捨てろ!!はよ言え!!」
「…へえ~んしい~ん!!」
『メーイクアップ!!』
携帯が何か言ったが、これは違う番組の決め台詞だった気がする。
とか思ってる間に、俺はあっという間に赤色の全身タイツ姿になっていた。頭には赤色のヘルメット。目の部分が黒い、お決まりのやつだ。確かにこれはレンジャーだ。
「よっしゃ行け!!こっから飛ぶんや!そしたらかっこええ!!」
猫に言われて調子に乗った俺は、車から飛び降りた。
ぐきっ。
……………………。
「…いってええ!!!」
「阿呆!!やられる前からなにを一人で捻挫してんねん!!これやからレッドはアホなんや!!」
猫にそんなことを言われると、流石にカチンとくる。
「ちょっと待て!!変身したことで、俺の身体能力が上がってるとかそんなんは!?」
「あるはずないやろ」
しれっとこの猫…。
「はよ戦え!!怪獣が襲って来とるで!!」
そう言われて前を見ると、怪獣がこちらに向かって突進してきていた。
「おい!!なんか武器はねえのかよ!!剣とか銃とか!!」
「ある!!レンジャーなんやからあるに決まってるやろ!チェンジケータイに向かって叫べ!!『武器をください』や!!」
「また敬語かよ!!」
「当たり前や!!低姿勢やないと、世の中やっていかれへんのやで!!」
猫に諭されなんだか悔しい気分で、俺はケータイに向かって叫んだ。すると、
金属バットが出てきた。
「…ただの金属バットじゃねえか!!」
「お前、金属バットなめたらあかんで!これほど攻撃に向いてるものは、そうそうないわ!!」
「じゃなくてもっと、かっこいい武器はないのかよ!!剣とか銃とか!」
「ないわそんなもん。だってお前、一般人から選ばれたイッパンジャーやで?そんな大層な武器、使えるかいな」
仰るとおりですが。
「せやけどなレッド。そのバットにはお前専用のエフェクトがついとる」
「マジで!?どんな!」
「雷や」
「おお、かっこいいじゃん!どうやるん…」
ドカッ!!!
俺は怪獣のパンチを、顔面にまともに食らった。
「ふごっ!!」
「あほう!!よそ見してるからや!!」
仰るとおりですが。
「サンダーって叫ぶんや!!そしたらエフェクトが発動するわい!」
「サ、サンダー!!!」
言われた通りに叫ぶと、俺の金属バットに電流のようなものが走り、バチバチと音を立てた。
「お、おお」
「ほらな。その名も電撃イライラバットや」
なんかのパクリのような気がするが、ここは受け流す。俺はバットを構えて、怪獣の方に走っていった。狙うは頭だ。よくもさっきは殴ってくれたな!!
「親父にも殴られたことないのにな!」
ナイスタイミングで猫に突っ込まれつつ、俺は無我夢中でバットを振り下ろした。ひるむ怪物に容赦なく、次の一撃を与える。
それを見ていた猫が、ぽつりとつぶやいた。
「イッパンジャーの武器は全員バットやねん。で、怪獣1体に対して、お前ら5人でバットでボコ殴りやろ。…まるでリンチやな。かわいそうに」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ!!」
そうこう言っている間に、怪獣が白旗をあげた。
「え?」
「降参やて。もう許したれ」
それじゃ、なんか俺が悪いことしてるみたいじゃないか。怪獣は俺に向かってお辞儀をすると、そのままあたふたとどこかへ走り去っていった。
「…あれ?でかくなったりしないの?ロボットで戦ったりしないの?」
「そんな非現実なこと、あるかいな。それはテレビだけの話や」
今までやってたことも十分非現実だと思うが。
「ということで、今日からお前はレッドとして戦え!わいは残りのレンジャーを探してくるさかい」
「…いやもういいじゃん。戦わなくて」
「何言うとんねん!!レンジャーは子供たちのあこがれやぞお前!!」
またもや猫パンチされ、ヘルメットに傷がついた。この猫、案外強いんじゃないのか。
「ほな、頼んだでイッパンジャー!!」
そう言い残すと、猫は颯爽とどこかへ走り去っていった。
こうして俺は、子供たちのあこがれ「イッパンジャー」として、怪獣たちと戦うことになってしまった。
ちなみに、今回の戦いを見ていた人は、誰もいない。