白い結婚を宣言した夫、妻の仕事だけは白くしなかった
「白い結婚にする」
結婚初夜。
夫は、そう言いました。
隣には、夫の幼馴染の女がいました。
「お前とは、家のために結婚しただけだ」
夫は当然のように言いました。
「俺が愛しているのは、彼女だ」
幼馴染の女は、夫の腕にすがりました。
「ごめんなさい。でも、私たち、本当に愛し合っているの」
わたくしは、うなずきました。
「そうですか」
夫は、ほっとした顔をしました。
「分かってくれるか」
「はい」
わたくしは笑いました。
「では、離縁しましょう」
夫の顔が止まりました。
「なぜそうなる」
「白い結婚なのでしょう?」
「そうだ。だが、お前には屋敷に残ってもらう」
「何のために?」
「仕事だ」
夫は、少しも迷いませんでした。
「屋敷の管理。領地の帳簿。王妃様への返答。夜会の席順。そういうものは、今まで通りお前がやれ」
なるほど。
妻ではない。
けれど仕事は続けろ。
そういうことのようです。
「つまり、わたくしは妻ではなくなる。でも、便利な係としては残れ、ということですね」
夫は黙りました。
幼馴染の女が、眉をひそめました。
「そんな言い方、ひどいわ。お仕事くらい、私にもできます」
「そうですか」
わたくしは腰の鍵束を外しました。
机に置きます。
じゃらり、と音がしました。
「では、お返しします」
「何をしている」
「屋敷の鍵です」
次に、帳簿を置きました。
「領地の帳簿です」
次に、封筒を置きました。
「王妃様への返答です。明日の朝までです」
次に、名簿を置きました。
「夜会の席順です。間違えると、侯爵家が三家、敵に回ります」
最後に、小さな銀の印を置きました。
「王妃様から預かっていた印です」
夫の顔が青くなりました。
「待て。それはお前が持っていろ」
「なぜですか」
「俺には分からない」
「では、正妻になさる方に」
わたくしは、幼馴染の女を見ました。
彼女は目をそらしました。
夫が机を叩きました。
「意地を張るな」
「張っていません」
「感情的になるな」
「なっていません」
わたくしは、指輪を外しました。
机の上に置きます。
「感情で動いていたのは、昨日までです」
夫が眉を寄せました。
「何?」
「あなたに愛されたいと思っていました」
部屋が静かになりました。
「でも、もうやめます」
「待て」
「待ちません」
「命令だ」
わたくしは、夫を見ました。
「もう、あなたの妻ではありません」
翌朝。
わたくしは離縁届を出し、屋敷を出ました。
昼。
王宮から使者が来たそうです。
「王妃様への返答が届いておりません」
夫は言いました。
「妻に聞け」
使者は答えました。
「奥様は、もう屋敷を出られました」
夫は固まったそうです。
夕方。
また使者が来ました。
「明日の夜会の席順が届いておりません」
夫は言いました。
「妻に聞け」
「ですから、奥様はもう」
夜。
三人目の使者が来ました。
「王妃様がお怒りです」
夫は叫びました。
「なぜだ!」
使者は冷たい目で見たそうです。
「結婚初夜に白い結婚を宣言し、愛妾を同席させたとか」
幼馴染の女は泣いたそうです。
「ひどいわ。私は愛されているだけなのに」
翌朝。
王宮の掲示板に、紙が貼られました。
【悲報】
白い結婚を宣言した夫、
妻の仕事だけは白くしなかった件。
貴族たちは笑いました。
「奥様が全部やっていたのか」
「夫は署名しかしていなかったらしい」
「愛妾を置く前に、仕事を覚えなさい」
「奥様、逃げて正解」
その日の夜。
夫から手紙が来ました。
戻れ。
わたくしは返事をしませんでした。
次の日。
また手紙が来ました。
頼む。
一度だけ話したい。
わたくしは返事をしませんでした。
三日目。
また手紙が来ました。
悪かった。
君が必要だ。
そこで初めて、わたくしは返事を書きました。
必要だったのは、妻ではなく便利な係でしょう。
その係は、もう辞めました。
手紙を閉じたあと。
王妃様が、わたくしのもとへ来ました。
「あなたを探していたの」
わたくしは驚きました。
「王妃様」
王妃様は、やさしく笑いました。
「あなたが十年、あの家と王宮を支えていたことは分かっています」
わたくしは、何も言えませんでした。
「今度は、夫の名前ではなく、あなたの名前で働きなさい」
胸の奥が、少しだけ熱くなりました。
わたくしは、うなずきました。
「ひとつだけ、お願いがございます」
「何かしら」
「誰かの妻としてではなく、わたくしとして扱ってください」
王妃様は、すぐに答えました。
「もちろんよ」
わたくしは新しい鍵を受け取りました。
王妃様の執務室の鍵でした。
前の鍵より、ずっと軽い鍵でした。
夕方。
夫が門の前まで来たそうです。
「会わせろ!」
けれど、わたくしは会いませんでした。
門番が伝えてくれました。
「奥様は、もうお戻りになりません」
夫は何かを叫んでいたそうです。
でも、わたくしは聞きませんでした。
もう関係ありません。
もう仕事ではありません。
もう妻ではありません。
だから、戻りません。




