3
薄れゆく意識の中。
ガサリ、と草を分ける音が聞こえた。
(魔物……? もう、どうにでもして……煮るなり、焼くなり、天ぷらにするなり……「調理師免許」持ってるから、コツは教えられるわよ……)
その時だった。
「――おっと」
グニャッ。
「ぎゃあああああああ!! 痛ああああいいいいい!!!」
声にならない悲鳴が森で爆発した。
何者かが、水たまり状になっていた私を、遠慮なく踏みつけたのだ。
激痛と衝撃。
しかし、そのおかげで意識が覚醒した。
「おや? こ、これは……!?」
上から降ってきたのは、鈴を転がすような、それでいて凛とした低い美声。
霞む視界(仮)を必死に上に向ける。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
眩しい。
発光キノコより、ずっと眩しい。
燃えるような金の髪、吸い込まれそうな深いサファイアの瞳。
彫刻のように整った鼻梁に、薄い唇。
狩猟服に身を包んでいるが、隠しきれない気品が溢れ出している。
一言で言えば、超絶イケメン。
二言で言えば、野生の王子だ。
彼は驚いたように目を見開き、私をじっと見つめている。
いや、正確には、足元に無惨に広がる「私」を見ている。
「まさか……この独特の白い光沢、そして踏んだ時の、この奇跡的な弾力。間違いない……!」
野生の王子様(仮)は、感極まったような表情で、私の前に膝をついた。
「伝説の『プニリタリアスライム』じゃないか!」
(プニりたいスライム……?)
いや、待って。いま「伝説」って言った?
「古の文献に記されていた、究極の触り心地と魔力を持つという希少種。まさか実在したとは……。ああ、ずっと探していたんだ。君のような、至高の弾力を!」
(え、ちょっと待って。その「伝説」の理由、もしかして「プニりたい」から「プニリタリア」なの? 嘘でしょ? もっとこう、世界を滅ぼす魔力があるとか、そういう系じゃないの!?)
戸惑う私をよそに、王子様はうっとりとした顔で手を伸ばしてきた。
「……ああ、少し失礼するよ」
大きな、けれど温かい掌が、私の体を包み込む。
ひょいっ、と。
地面に広がっていた私は、彼の両手によって掬い上げられた。
重力に従って、私の体が「プルン!」と大きく揺れる。
「っ……!」
王子様が、小さく息を呑んだ。
「素晴らしい……。この絶妙な自重による変形。そして指を押し返してくる、力強くも繊細な反発力……。これこそが、私が追い求めていた理想のプニプニだ……!」
(いや、評価ポイントが変態のそれなのよ!)
ツッコミを入れたい。
けれど、彼の手のひらが、あまりに心地よい。
彼は大きな手で、私の体を優しく、けれど熱心に揉み始めた。
プルン。プルプルン。
「あっ♡……うっ!……?」
体が、揺れる。
形を整えるように、マッサージする。丁寧な手つきで。
(なにこれ……。なにこの感覚……。ヤバい、気持ちいい……。マッサージを一斉に全身にされている感じ。それに私、今、めちゃくちゃ「可愛いがられてる」感がある……)
「いい子だ。怖がらなくていい。今日から君は、私の宝物だ。城へ連れて帰ろう」
王子様は、愛おしそうに私を抱きかかえ、胸元に引き寄せた。
顔が近い。
至近距離で見るイケメンの破壊力に、私の白い体は、心なしかピンク色に染まった(ような気がした)
異世界転生。スライム。
前途多難かと思われた私の新生活は、どうやら「最高級の癒やしペット」として幕を開けたらしい。でもなんでスライム? 猫とかでいいんじゃない?
……まあ、でもいいか。こんな腐った錆びキノコの森より。良い生活、送らせてもらえそう。
それに「ペット飼育管理士」の資格も持ってるし。
自分を自分で管理するってのも、新しいわよね。
私は王子様の腕の中で、されるがままに、プルプルと身を委ねることに決めたのだった。
これから私の身に何が待ち受けているのか分からない。もしもの時は、清く逃げ出そう。
でも今は、キノコの毒が全身に回ったのか、王子様に心を奪われてしまったのか、それは定かではないけれど。
心地良いのは、確かだった。




