聖女じゃない私たち
今日は天気がいいので、公園の噴水の前が教室となった。噴水の縁に腰を掛け、横に大きな石板を置く私の前には十名ほどの10歳に満たない子供たちが座っている。
「じゃあ、リイナ。あなたは3個で10ルーペのリンゴを買いに行きました。するとお店のおばさんが『10個買ったら50ルーペにまけてあげるよ』と言いました。さあ、リイナはリンゴを何個買う?」
リイナを始め、皆が口々に「10個!」と言う。
私はリイナに蝋石を持たせて石板でそれぞれ1個いくらになるか計算させた。
目の端に、少し離れた所で男爵と王太子がこちらの様子を見ているのが見える。護衛が周りを囲んでいるから、あそこだけ異空間だ。
……今更、何の用だろう王太子サマ。
私は木ノ内苑子。三ヶ月前まではごく普通の高校生だったのだが、気が付いたらこの世界にいた。
『ナントカ村』みたいな西洋をモデルにしたテーマパークみたいな町の中に。テーマパークと違って生活感いっぱいで、フレンドリーに話しかけてくるキャストはおらず、周りの時代錯誤だけど使用感満載な服を着た人たちは皆遠巻きにこちらを伺っている。
間もなく責任者っぽいおじさんが駆け付けてきて、馬車に乗せられてお城に連れて行かれた。
お城で王太子と大臣だという青年と老人のコンビから聞かされたのは、この世界は、私のいた世界と俗に言う『天国』との間にあるらしいという事。その位置のせいで何十年に一度くらいの割で不慮の事故で亡くなった人が迷い込むらしい。誰も確認しようが無いので、「らしい」ばかりだが。
私の前は、30年くらい前に隣の国に現れたそうだ。
私は死んだのか……。
確かに、最後の記憶は風の強い日に友人と工事現場の横を歩いていた時に「バキッ」とかなんとか大きな音が響いた事だ。何かの下敷きになったのかな……。月と花蘭が部活の日で、一緒にいなくて良かった。
この世界では、国を発展させるような知識を持ってやってきた人を「聖人」「聖女」と呼んでいるそうで、王太子は聖女の登場を期待したようだが、平凡な高校生がそんな有能なわけない。
期待外れだった私はあっと言う間に城から追い出された。
私を押し付けられた貴族が私を下請け貴族に回し、下請けが孫請けに回したので、今私は王都から離れた男爵領でお世話になっている。
男爵家の皆さんは親切にしてくれるが、深窓の令嬢なんかじゃない令和の庶民の私には、「働かざる者食うべからず」が染み付いている。
メイドと一緒に掃除洗濯したいと言ったら遠慮され、じゃあ私に出来る事はと考えついたのは、家庭教師を雇えない家の幼い子供たちに勉強を教えるくらいだった。無料ということで喜んでもらえている。
そろそろ、リイナを始め皆が計算の答えにおかしいと感じたようだ。
「分かりましたか? リンゴは10個買った方が1個の値段が高くなります。3個買った方が安いんです」
えー?、と納得できない声が上がる。
「『こっちの方が得だ』と言われても本当に得なのか。騙されないように自分でちゃんと計算するようにしましょう。大切なお金を損しないように」
私は、こちらを気にしないふりで耳を澄ませている周りの大人たちにも聞こえるように言った。勉強する事は無駄にはなりませんよ、と伝わるように。
王太子が男爵に何か言っている。「計算だけでなく、こんな事まで教えるのか」とでも言ってるんだろうな。男爵も最初、「私のいた世界では、詐欺に引っかからないように詐欺の手口を教えていました」と言ったら驚いていたものね。
授業を終えて、石板を抱えて王太子と男爵の元へ行く。
私の挨拶に王太子がばつが悪そうなのは、私を「聖女じゃない」と追い出したのにそこそこ優秀だと知ったからだろうか。
「ところで、聖女と判断された美悠夏はどうしてますか?」
私の同級生、佐野美悠夏。一緒に駅に向かっていた時に事故に遭って、一緒にこの世界に転移した。
可愛くて明るくて人当たりが良くって、誰からも愛されるキャラだ。
「ミユカは、……頑張っていてくれる。『こういう物があった』とか『こういう物が便利だ』とか……」
ぷぷっ、無理矢理良く言ってますね。美悠夏が何の成果も上げないから、忘れていた私の様子を見に来たのでしょう?
「そうですか、頑張ってますか。でも、成果は期待されない方がいいですよ。美悠夏は向こうの世界では有名な低能でしたから」
「そうなのか!」
「はい」
スマホとAIで宿題をやってましたからねー。それが無い世界で何が出来るのやら。
「聖女で無いなら、お城に住む権利は無いんですよね」
そう言って私を追い出しましたよね。
「なら、彼女もここに送ってください。旧交を温めたいですわ」
まさか、可愛いから愛玩用に城に置くとか言いませんよね?
一週間後、質素な馬車で美悠夏が男爵家に着いた。
玄関で待つ男爵家の皆と私の前に、派手なドレスを引きずって美悠夏が馬車から降りて来る。ちょっと引いてる私に、美悠夏が思いっきり抱きついて来た。
「うわぁぁん苑子ぉ、会いたかったー!」
泣きじゃくる美悠夏に、私も声を上げて泣いた。そうだ。私だってずっと泣きたかったんだ。ひとりぼっちで、怖くて寂しかったんだよ。
「まったく。あの王子様ったら何を考えてるのよ! 苑子を追い出したって聞いてびっくりよ! どう考えたって聖女なのは苑子の方でしょう!」
皆の前でひと泣きして落ち着いたけど、積もる話もあるでしょうと私の部屋で話すように言われた。絨毯にクッションを置いて座り込み、用意してくれたお茶とお菓子をいただきながら遠慮なく愚痴大会だ。
「あー……、それは私のせいなの。一人ずつ面談された時、『こいつ、私のこと値踏みしてるなー』ってムカついちゃって、返事を『はい』と『いいえ』だけにしたら、アホだと思われて、城を出されちゃった。あの決断力の速さは予想外だったわ」
「苑子ぉ……」
「もう一つゴメン。美悠夏をお城から出すように、美悠夏が数学で赤点を取って夏休みに補習だったのを盛って王太子に伝えちゃった」
「道理で、あんなド派手なドレスをプレゼントしてたのが急にゴキブリを見るような目になったと思った……」
美悠夏は今、ドレスを脱いで私のワンピースに着替えている。
「あれ、王太子のプレゼントだったんだ……」
「ちょっと無いよね。聖女にどんだけ期待しているんだって。婚約者の人も、『彼にはシヤキョーサの所がある』って言ってた」
「視野狭窄、ね」
確かに視野狭窄だ。美悠夏を疎ましく思うはずの婚約者とも上手くやっていける美悠夏のコミュニケーション能力に気付かないなんて。
私だって、美悠夏がいなかったらきっと高校で浮いてた。
「あの王子様って、私が前の世界の食材をこの世界に合わせて料理して自分の前に持って来るのを座って待ってるだけなんだよね。自分で料理してみろっての!」
「あー、美悠夏の嫌いなタイプだ。だから何もしなかったんだ」
「アイディアだけは出したよ?」
王子様には活用出来ないみたいだったけど、と他人事のように言う。いや、他人事か。
「そうだ、お城の人に28年前に隣の国に転移して来たって人を調べてもらったんだけど、グエン・ティ・ゴンって名前しか分からなかったー。すぐに教会に入ったんだって」
「それ、多分、ベトナム人の女性だわ」
「女性ぇぇ? ゴンさんだよ?」
「名前にティが入ってるのは女性なのよ」
「へぇー。良く知ってるね」
「黒塚爆の小説『私立探偵ドラゴン』シリーズにベトナムシンジケートが登場してたから」
「ああ、月のオススメ小説!」
「私は探偵の雨竜じゃなく、相棒の陰険メガネ推しだったけど」
「そうそう、月が『理解できないー!』って言ってたね!」
「ハードボイルド小説を読んだ感想が『雨竜は受け!』って言ってるヤツが言うなっての」
二人で笑い転げる。
視野狭窄だったのは私だ。
進学校の受験に失敗して女子高に入学して美悠夏たちに出会うまで、教科書を覚えることだけに夢中で教科書に載っていない事には価値が無いって思ってた。
美悠夏や月や花蘭に色んな物を教えてもらって、たくさん好きな物が出来た。
その後、男爵家の人たちと仲良くなった美悠夏はすっかりここに馴染んだ。
今日から私の授業に美悠夏も参加だ。歌とダンスの先生になる。私の授業中の今は、生徒に交じって女の子の髪を編み込みしている。
「この世界って、ゴムはあるけど髪ゴムは無いんだよね。シュシュは無いの?」
私の授業が終わって、美悠夏が聞いてきた。
「シュシュって何だっけ」
「ほら、ゴムを布でぐるっとくるんでるやつ」
「ああ、花蘭がよく手首につけてた。……見た事ないから無いんじゃない? 詳しい事は男爵夫人に聞いてみて。彼女、ハンクラ好きだよ」
「そう言えば娘さんの部屋に可愛い小物が一杯あった!」
男爵領から新しい名物が生まれるかもしれない。
次は美悠夏の授業。美悠夏の歌に合わせて、私がぎこちなく笛で伴奏する。
歌が終わった時、いつも大人しいギオ君が私の笛を取り上げて今聞いたばかりの曲を滑らかに奏でた。
私と美悠夏は大絶賛。
でも、ギオ君や皆は何がすごいの?という顔だ。
どうやら、家の仕事の役にも立たない事が出来たからって何なんだ、と思ってるらしい。
それでも私と美悠夏がすごいすごいと言い続けると、ちょっと表情が変わってきた。
そうだよ。
教科書に載ってなくても素晴らしい事はたくさんあるんだよ。




