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キラシャ物語 未来編  作者: 金田綾子
4/15

キラシャ物語 第4章 キャップ爺

第4章 キャップ爺 ①

2021-05-28 17:04:42 | 未来記

2005-10-13

1.プレゼント


海洋牧場へ行く前の日。


キラシャは、しばらく会わなかったおじいさんに、誕生日の前祝をしてやろうと声をかけられ、ケア・ハウスへ寄ってみた。


“キャップ爺”。キラシャはおじいさんを尊敬して、時々こう呼ぶ。


おじいさんは、空中ボートの船長だった。空中ボートはドローンが進化した飛行機で、空だけでなく、海にも潜れる未来の乗り物だ。


おじいさんが船長だったころは、外海の魚を獲るために使っていた。


小さいドローンは、ドーム内外のいたるところで使われているが、戦争などの緊急時以外は、空中ボートは、パトロール隊の救助活動か、観光の時に見かけるくらいだ。


おじいさんの影響で、海の大好きなキラシャは、午後のスポーツの時間に、ダイビングも選択していた。


タケルが火星へと旅立つ前までは、海中ドームでイルカの調教師になろうと思って、訓練に励んでいたのだ。


おじいさんは、久しぶりにやって来たキラシャを歓迎すると、誕生日のプレゼントだと言って、イルカ・ロボットを手渡した。


海のパトロール隊で、救助用に訓練されたイルカ・ロボットは、初めて海洋牧場で見かけた時から、キラシャがずっと欲しがっていたものだ。


しかし、このロボットをペットのように飼うには制限があって、パトロール隊の司令官から許可を受けた者でないと、所有者になれない。


ほんのささいなことで始まる友だちのケンカにも、すぐに巻き込まれてしまうキラシャ。


罰を受けた回数も多いので、すっかりあきらめていたのだった。   


「キラシャは、熱心に海洋牧場に通っていたからな。


おまえがいつもイルカと仲良く泳いでいたのが、パトロール隊でも評判だったそうだ。  


知り合いのパトロール隊員にイルカ・ロボットの話をしたら、司令官にうまく話をつけてくれた。


聞けば、このごろはおまえさんもケンカもせず、いい子にしていたそうじゃないか。

 

それより、キラシャや。


おまえが危険な目に合った時は、このイルカがすぐにアラートを発信してくれるそうだ。


海の深い所へでも、パトロール隊がすぐに駆けつけてくれる。


いいかい。これは、ただの遊び相手ではないぞ」



『…キャップ爺、何もわかってない。


あたしがおとなしかったのは、タケルがいなくなったからだよ。


11歳になったら、ドームの外出許可が出るっていうのに…。


タケルったら急にいなくなっちゃうんだもン。がっかりだよ。


もう、ドームの外に出てもつまンないから、当分は出ることないと思うけどね…。


それに、危険な目にあったら、すぐにモアがアラートを発信するンだもン。


近くのパトロール隊が、すぐに救助してくれるから、よけいな心配しなくていいのに…』


キラシャは内心そう思ったが、おじいさんを見つめると、笑顔で「ありがとう!」と言い、


おじいさんの頬に軽くキスをして、感謝の気持ちを表した。


さっそく、ロボットをチャッピと呼ぶことにしたキラシャは、自分のピコ・マシンとの反応が良好か、確かめた。


チャッピがピコ・マシンに反応することで、モアからいろんな操作ができるからだ。  


チャッピをカメラで撮ると、モアがひとつひとつの機能を3Dホログラムで見せながら、どのように操作するのかを説明する。


キラシャは、キャップ爺がそばに居るのもすっかり忘れて、真剣に操作を自分でやってみては、その使い方を確認した。


半分以上は、すぐには覚えられない内容だったが、チャッピの持つ機能を知れば知るほど、その素晴らしさを感じた。


キラシャは、そばでじっと見守っていたおじいさんにやっと気が付くと、今度は両頬に熱いキスをした。


「キャップ爺! 明日は、海洋牧場に必ず持って行くね」と約束した。


キラシャはお礼に、久しぶりにおじいさんの昔話に付き合うことにした。



第4章 キャップ爺 ②

2021-05-26 15:05:19 | 未来記

2005-10-16

2.海の王(1)


キラシャの笑顔に満足して、おじいさんはいつもの昔話を始めた。


海中ドームの周りに、海洋牧場がオープンしてから試行錯誤を繰り返し、外海の珍しい生き物をボートでつかまえては、ドームへと運んでいたころの話だ。   


ただ、おじいさんの冒険話には、時々アンビリーバブルな話も混じっている。

  

例えば、無人島に放射能がたくさん持ち込まれたとかで、トカゲが巨大化して、恐竜王国ができているだとか。


北極が温暖化で、黒いクマもやって来るようになって、白いクマとのアイの子ができて、パンダみたいなまだら模様になっていたとか。  


でっかいイカとでっかいタコが戦って、海が真っ暗になって、しばらくしたら、近くを通ったでっかいマッコウクジラが、おなかを大きくして満足そうに海に潜って行ったとか…。


それが事実なのかどうかはお構いなしに、今日もホントだったのかわからない、白クジラの話を聞かせた。


「ワシはだんだん広くなってゆく海洋牧場に、でっかいクジラを入れてもらおうと、何ヶ月も海の上を飛び回ったものじゃ。


知り合いの管理局の人から、ごほうびの分け前は大きいと言われたからな。  


最初のころは、それが楽しみでクジラを追いかけた。   


キラシャ。想像がつくかい?


大きな背中から、いきなりシュワーッと潮を吹き、海の深い所まで沈んだかと思うと、いきなり空高く飛び出して、身体をくねらせバッシャーンと海面をたたく音。


水しぶきが太陽の光を浴びて、キラキラと輝いては散って行く。何とも優雅で美しいこと。


キラシャにも、ホンモノのでっかいクジラを見せてやりたいものだなぁ」   



「だいじょうぶだよ。クジラの動画はいつも見てるし、キャップ爺が心配しなくても、あたしだって外海のクジラに会うことだってあるさ」とキラシャは答えた。 

 


「そうか。ワシは、海洋牧場にいる小さな白クジラの、何十倍も大きな白いクジラを知っているぞ」と自慢げにおじいさんは話を続けた。

   

「この足は、ワシの最後の仕事で、モビー・ディックというあだ名のついた、ドームのようにでっかい白クジラと格闘した時の記念じゃ」


と、おじいさんは指先がない右足をキラシャに見せた。

 

「ワシは、歴史に残るような大仕事をしようと思って、頭にいくつもコブがある、とてつもなく巨大な白いマッコウクジラを探して世界中の海を飛んだ。

   

白いクジラと言うだけで珍しい。


しかも、このクジラを生け捕ろうとして、何人も犠牲者が出ていた、


と聞けば、ここは地球を支配する人間の威厳をかけても、つかまえなくてはならないと、ワシは思った。  


前に犠牲となった漁師が、居場所を知らせる発信装置を撃ち込んでいた。


だから、ワシらは時々反応して現われる、発信源の位置を確認して追った。


クジラをつかまえるには、ショック銃を放射して気絶させ、海洋牧場まで運ぶための網に入れてしばれば良い。


だが、あの大クジラを引っ張って移動するのに、大型のボート2隻以上は必要だというのに、集められるのは中型のボートだけだった。


ある時、モビー・ディックが湾でのんびりしていた所を発見し、仲間のボートを呼び集めた。


飛んで来たのは6隻。クジラ獲りには定評があるベテランばかりだ。


かといって相手は、人が乗っていることなどお構いなしに、ボートを海底に沈めてしまうようなクジラだから、決して油断はできない。


ワシらは用心して、モビーに近づいた。   


『うまくいけば、銃を使わなくても生け捕りにできるかもしれない』  


ワシがそう思ったのは、白いクジラの目があまりに優しい表情で、ワシらを見つめていたからだ。


なんとなく、話しかけるだけで、ワシの思いが伝わりそうな気がした。 


それでも、金もうけしか頭にない仲間がいて、合図を待たず、いきなり銃を放射してしまった。


モビーはショックが効いたのかおとなしくなった。


ところが、ボートが海中に潜り、ゆっくりとそばに近づくと、モビーはいきなり動き出し、ワシらに向かって来たのじゃ。


その時、あいつが何をしたかって? 


銃を放射した仲間のボートに体当たりして、海深く潜って行ったのだ。


ぶつかったボートは穴が空き、徐々に海底へと沈んで行く。


もうクジラにかまっている場合ではない。仲間を助けなくては…。   


モビーは、ゆっくりとワシらから離れて行った。


その時、生まれて初めて、人間にも勝てない動物がいることを思い知ったのじゃ…」



第4章 キャップ爺 ③

2021-05-25 10:06:09 | 未来記

2005-10-22

3.海の王(2)


おじいさんはボートに乗っていた時に、いつもくわえていたというパイプを吹かして、一服した。


しかし、格好を楽しむだけで、おじいさんのパイプから煙は出ていない。  


「そして、あの大流星群がやって来た。


海洋牧場も破壊されてしまった。


隕石の被害は少なかったドームも、暴動であちこち破壊され、その心労で命を落とした人は多い。


ワシにとっても大切な、おまえのおばあさんも失った。ワシも、生きる気力を失いかけた。


だがな、騒ぎも静まってから、昔の仲間からモビー・ディックが生きているという情報が入った。


あいつは何があっても生き残るだろうと思った、ワシの勘に間違いはない。


しかし、荒れていた海洋牧場が再開すると、なんてこった。


海洋ドームの管理局の方針が急に変わって、外海からクジラのような大きな生き物を運び込むことを禁止する、というルールができるらしい。


それを聞いて、ワシはそのルールが成立するまでに、なんとかあの白いマッコウクジラを管理局の責任者に見せてやりたいと思った。  


小さなクジラやイルカなら、どの海洋牧場にもいる。


あのクジラは、キラシャにも見せてやりたいくらい、気高い海の王様という気がした。


いや、神様が宿っているというべきなのかもしれん。


おまえにも、他の子供たちにも、海の尊さやクジラの雄大さを伝えてやりたい。


クジラを獲っていた海の仲間も、ドームの中では仕事がなかった。


みんな、何か生活するための仕事が欲しいと望んでいた。


そのために、ジヴァの漁師は大クジラを獲る技術も持っているぞと、アピールしたかった。


そんな時、ワシの息子ラコスが、娘が生まれたことを知らせた。


長いこと離れて暮らしていたから、そろそろ隠居して、一緒に暮らさないかと言ってくれた。


キラシャ、小さなおまえの笑顔を見るだけで、ワシは幸せじゃった。


だがな。あの白クジラを生け捕りにするまで、ワシは隠居するわけにはいかなかった。


だが、こんなばかげたことにお金を融資してくれる人はいない。


ドームの外で、海岸に打ち上げられたボートや道具を見つけて、修理したものを使った。


ワシは、今まで犠牲となった、たくさんの漁師の魂を慰めるためにも…。


未来を築く子供達のためにも、自然に育ったクジラの優雅な姿を見せて欲しいと願っていた。

   

自然の中でたくましく育てられた、大きいもの、強いもの、


神秘的なものをどんどん遠のけてしまう、管理局の考えを何とか変えてやりたい。


だから、モビーを生きたまま運んでやろうと思った。


とはいうものの、何度も近づくボートを沈め、犠牲者まで出している奴だ。


簡単には人間に従うことはあるまい。


いざとなれば、ワシが犠牲になって、魂となっても説得する覚悟でいた。



そして、ワシらはクジラの生け捕り作戦を開始した。  


遠くから見ても、はっきりわかるくらい大きな白いクジラが、海から顔だけ出していた。



モビーだ!



漂流しているワシのボートに気がついた。


ボートの底からつり下げた網の中に、エサの小さな魚の群れが、ひしめいていた。


しばらくして波が高くなり、ワシはボートにしがみついた。

   

ワシは、モビーが海上に姿を現わす瞬間を待った。



仲間も心配して、ショック銃で撃とうと伝えて来たが、下手に攻撃して前みたいに逃げられては、ワシの苦労も水の泡だ。 


それに、ワシはクジラと話し合うことが必要だった。モビーを説得して海洋牧場に引き渡すのが、ワシの海での最後の仕事と考えていた。   


ずっと待ちながら、なつかしい海の思い出にひたっていた。


何時間も波にあおられながら待っていたから、ワシの足の感覚は、なくなるほどしびれてしまっていた。



すると、突然、ワシの乗ったボートが浮き上がった。  


ワシとボートは、空中を高く飛び、斜めになりながら、海上にたたきつけられた。


心配した仲間が、ワシの身体に鎖をつなげていたのだが、モビーはすぐにそばへやって来た。


ワシは網にからまり、奴は周りで右往左往する魚を飲み込もうと、口をぽっかり開けたのだ。


このままでは、何もできずモビーの餌食になるだけだ。  


ワシは叫んだ。 


『モビーよ。白い気高い海の王よ。


頼むから、ワシの願いを聞いてくれ。


決して悪いようにはしない。


どうか、その姿をワシの孫に見せてやってくれ。


ドームの外に広がる、ホンモノの海を知らない子供たちに、


自由な海で育ったおまえの姿の美しさを、見せてやって欲しいのだ!』



その瞬間、仲間が必死でワシを引き上げようとしてくれた。


しかし、クジラの丈夫な前歯が、ワシの身体をくだこうと目の前に迫ってきた。


モビーの口に、ワシの足先がはさまれたが、もがきながらも、仲間が網を放射して、モビーの身体を包み込むのを見届けた。



さすがのワシも、すぐに意識を失ってしまい、後の記憶はない。


だが、モビーがワシに向かって、こんなことを言ったような気がした。


『我々は生きてゆく。海を守るために…』 


ボートの中で気がつくと、ワシのブーツは破れ、血が流れ落ちていた。


どうやら、モビーに足の指をかじらせてやったらしい。


ワシは、ホスピタルへ運ばれ、しばらくしてからモビーのことを聞かされた。


モビーはショック銃を集中的に浴び、おとなしくなったそうじゃ。


しかし、その銃のショックが効きすぎたのか、海洋牧場へ運ぶ直前に生体反応がなくなってしまったそうじゃ…。


死んだクジラを海洋牧場に運ぶわけには行かない。


クジラの生態なら研究し尽くされているから、細胞のサンプルだけとって、そのまま海へ返したらしい。


仲間は残念そうに、惜しいクジラだったと後で話をしてくれた。 

  


ところが、ワシはモビーの方から聞こえてきたあの言葉がどうも気になってな。


モビーが死んだとは、いまだに信じてはいないのじゃ。


ただ、ワシはそれ以来、外の海に出ることをやめた…」


海の話をした後で、爺はキラシャに言った。


「海洋牧場の海は、とても静かで魚もおとなしい。


ながめも美しいしな。しかし、自然というのは恐ろしいことが多いのじゃ。


キラシャや。海洋牧場のシャチやサメも、いつ、人間に襲いかかるともわからん。


どんなことがあっても、パトロール隊のそばを離れはいかんぞ」



キラシャは、火星へと向かったタケルも心配だけど、モビー・ディックには1度でいいから会ってみたい、という気持ちもあった。


その晩、キラシャはいつも通りに、タケルにメールを送った。


[イルカ・ロボット、チャッピのおかげで、


明日の海洋牧場も楽しみが倍になったよ。


 タケルがいたら、絶対、何百倍も楽しいのに…。]

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