第6章 モビー・ディック ② モビーとの出会い
キラシャがおじいさんから話を聞いていた 白クジラのモビーディック。
いつか会ってみたいと思ってはいたものの とんでもない事故で
出会うことになってしまったようですが・・・
キラシャとパールは水中に漂っていた。あたりは暗闇で、何も見えない。
2人とも水中用スーツを着ていたので、水を感じて呼吸装置が自動的に作動していた。
思いもかけない急激な周囲の変化に、頭も身体も圧迫されて、2人とも意識を失っている。
キラシャに抱きついていた、パールの手がだんだんと離れ、キラシャとパールにはさまれていたチャッピも、少しずつ離れて行った。
ここは、ドームの外の海。
温暖化が進んだとはいえ、時折、冷たい風が吹いてくる。
ドームに近いからだろうか。いろんなゴミが散乱し、海底火山の噴火が続いているため、軽石が大量に浮かんで、1メートル先が見えないくらい、海はにごっていた。
キラシャは水中に漂いながら、夢を見ていた。
ふんわりとキラシャが浮かび、白いクッションにぶつかると、それはキラシャを載せて動いた。
『変なクッションだなぁ』
キラシャは首をかしげた。よく見ると、それはクッションではなく、大きな真っ白いベッドだ。
全身に疲れを感じていたキラシャは、『こんな広いベッド、初めて見た』とつぶやいて、バタリと横になった。
ベッドは少しぼこぼこしていたようだが、疲れ切っていたキラシャは何も考えられず、目を閉じてじっと横たわった。
「あぁ、あったかくて気持ちいいー」白いベッドは少しずつ、上昇した。
やがて、キラシャは上からのまぶしい光を感じて目が覚めた。
ザッブーンという音とともに、キラシャの身体が急に軽くなった。
光があまりにまぶしくて、思わず両手で目をおおったキラシャに、バシャバシャっとシャワーが降りかかった。
「ワーッ、スッゴイ冷たい」
キラシャは、急に寒気を感じた。身体をさわると、スーツはふくらみ、マスクで呼吸していることに気づいた。
周りの景色は何にも見えず、煌びやかで明るいドームの中とはまったく違っている。霧がかった空の上からぼんやりと光が差していただけ。
「何で・・・?
あたしって、ひょっとして海にいるの?」
まだ夢の続きなのか、白いベッドはゆっくりと波を立てながら、キラシャをどこかへ運ぼうとしていた。あたりを何度見渡しても、果てしなく続いていそうな海と空が見えるだけ。
風を強く感じて、キラシャは自分の身体を抱きしめ、寒さをしのいだ。
「だけど、へんだね。
あたし、クラスの友達と海洋牧場に行った気がするけど、一緒に帰った覚えがないよ。
あたし、置いてきぼり食っちゃったのかなぁ。
ケンも、マイクも、サリーやエミリも、誰もいない・・・。
エーッと、他にもいっぱいいたような気がするんだけど・・・」
その時、スーツの内ポケットにしまっていたモアが、警告を発し始めた。
《ここは危険地帯。ここは危険地帯。すぐに安全区域に移動せよ》
キラシャは、自分のモアのことをピーコと呼んで使っている。
警告がある時は、いつもピコピコと光っているからだ。
ルールに縛られるのが嫌いなキラシャは、すぐにルール違反をしでかすので、何度もこの警告を聞いている。
寒くて手が動かない。すぐに音声モードに切り替え、ピーコに今の居場所をたずねた。
「ピーコ。いったいここはどこ?」
《EW147.86NS30.54》
「もう、そんなこと言ったって、あたしにはわかンないでしょ!
どこからどれだけ離れているのか知りたいの!」
《海洋牧場北端から35km離れています。パトロール隊への通信不能》
「ちょっと、待って。ピーコ、なんで海洋牧場からそんなに離れた所にいるの?
それに、パトロール隊を呼んでくれるんじゃないの?
先生はさ。危険なことがあったら、モアがパトロール隊に知らせてくれるって・・・」
《原因不明の事故発生。パトロール隊への通信不能。こちらの救助要請に、応答なし》
「こんなことって、ある・・・? どうやったら、助けを呼べるの・・・?」
白いベッドは、キラシャが海につからない程度に沈みながら、ゆっくり移動している。
このベッドは、いったいどこへ行こうとしているのだろう。
それに、自分だけなぜここにいるのだろう。
考えれば考えるほど、途方にくれるキラシャだったが、ふと、おじいさんの言葉を思い出した。
『キラシャがもし、水中で危険な目に合った時は、このイルカがアラートを発信するから、パトロール隊がすぐに駆けつけてくれる・・・』
「そうだ。爺がくれたチャッピ・・・。・・・あたしどこに置いたんだっけ・・・」
《MF-Q14-RF26-00648、ここから140m離れた所で応答あり》
「え? それってチャッピのこと? 」
モアのピーコが、キラシャの目の前に、チャッピの泳ぐ姿を映し出した。
「良かった。ありがとう、ピーコ。チャッピもいたんだ。
わぁっ、身体がちょっとゆがンでるね。
えっと・・・チャッピをここへ呼ぶには・・・。そうか、ピーコにまかせておけばいいのか」
《・・・MF-Q14-RF26-00648、機能の一部に故障あり。・・・可能な操作あり。
・・・アラートの発信は、可能です》
「ピーコさすがだね。ありがとう! 」
チャッピは、キラシャの声で動くように設定してある。
「チャッピ、アラートを発信して! 」
モアが、信号を発しながら赤く光るチャッピの姿を映した。
キラシャはあたりを見渡した。
しかし、海上には何の気配もない。白いベッドは、徐々にスピードを増していた。
キラシャは、だんだん強くなる風に飛ばされないよう、腹ばいになった。水温に比べて、ベッドは暖かかった。
しばらくして、上空から空中ボートが飛んでくる音が聞こえてきた。
白いベッドは、再び噴水を勢いよく上げ、キラシャが上に乗っているのもお構いなしに、海に沈み始めた。
キラシャはあわてて近くにあったコブに手をかけ、離されないようにしがみついた。ベッドが海の底へと、深く深く潜って行くにつれて、キラシャは頭がボーッとしてきた。
『苦しい・・・誰か、誰か助けて・・・』
キラシャの手がコブから離れると、水流に圧されて勢いよく水中でクルクルと回った。色は白いが、傷だらけの大きなクジラが、海底へと遠ざかって行くのが、わかった。
キラシャは、自分の身体が安定すると、『ゆっくり、ゆっくり』と心の中でつぶやきながら、海面へと上昇した。
海面へたどり着いたキラシャは、まずチャッピを探そうと思った。
もし、あの空中ボートが、アラートに反応して来てくれたのなら、チャッピのそばにいなくてはならないからだ。
まもなく、空中ボートの音が大きくなった。
キラシャが海面を立ち泳ぎながら、精一杯手を振っていると、ボートの姿もだんだんと大きく、はっきりと見え始めた。
《パトロール隊からの応答あり。そのまま待機》
「あぁ、良かったぁ。あたしのこと見つけてくれたんだ。
・・・何だか、夢みたいな気がする・・・。
・・・誰かそばにいたような気もするんだけど・・・」
その時、キラシャのモアが警告を始めた。
《警告。危険な生物が近づいています。落ち着いて行動してください》
この警告は、海洋牧場で泳いでいた時にも、何度か聞いたことがあった。
海洋牧場では、生態系を保つために危険な魚も何種類か泳がせている。
時々、どう猛になるサメやシャチなども、パトロール隊によって管理されながら、人間のそばに来ることがある。そんな時、モアは決まってこの警告を繰り返すのだ。
海洋牧場では、常にパトロール隊がついていて、危険な時は、網で囲まれた大きなボックスに入ったりするのだが、ここには、つかまえるものさえ何もない。
キラシャは、できるだけ身体の力を抜き、水面に横たわるように波に身をまかせた。おじいさんが、ラクに浮くには、こうしたら良いと教えてくれたやり方だ。
すると、近くでキューゥ、クカカカカッという鳴き声が聞こえた。海洋牧場でよく聞いた、人なつっこい鳴き声だ。
《接近している生物に危険性はありません。イルカです》
「そうか。
・・・でも、チャッピはどこ?
やっぱり、本物のイルカの方が、ロボットより頼りになるね・・・」
キラシャは悲しそうにつぶやいて、そばに寄り添うイルカに抱きついた。
イルカは高度な頭脳を持つ、哺乳類の動物である。
『海洋牧場に住んでいても、秘密の通路を見つけて、外海へ遊びに出かけているようだ』
と、海洋牧場でパトロール隊員が言っていた。
きっと、一緒に遊んだイルカがキラシャのことを覚えていて、そばに寄って来たのだろう。
《警告。危険な生物が近づいています。サメです。速やかに移動してください》
モアが、再び警告を発した。キラシャは、なるべくソーッとあたりを見渡した。
そして、キラシャからはっきりと見える距離に、三角の背びれが、ゆっくりと旋回した。
しかも、その三角はひとつだけではない。
ふたつ、みっつ、・・・。キラシャの身体が、急にこわばった。
そばにいたイルカは、キラシャの腕を軽く噛み、その場から逃げようと尾を動かした。
何匹かのサメが、キラシャを標的に動き始めた。
その時、キラシャの近くにザッブーンと大きく音を立てて、何かが落ちて来た。
驚いたイルカはキラシャを放し、フルスピードで逃げて行った。
サメも警戒しながら、遠ざかって様子をうかがっているようだ。
キラシャは身動きがとれず、海中へ沈んで行った。
バンジージャンプのように、海に飛び込んだパトロール隊員が、沈むキラシャを追いかけた。
キラシャは海中で、パトロール隊員に気づき、ホッとしたのか、眠るように気を失ってしまった。
しばらくして、空中ボートが海面に降り立ち、隊員達が出て来て、キラシャとパトロール隊員を救助した。
海上パトロール隊のおかげで キラシャは無事に救助されたようですが
パールの方は 大丈夫なのでしょうか?




