キラシャ物語 第10章 危険を感じながら
第10章 危険を感じながら ①
2021-07-02 15:59:01 | 未来記
2008-02-10
1.広大な宇宙ステーション
タケルの乗った宇宙船は、順調に航海を続け、宇宙でも最大級のラミネス宇宙ステーションへ到着していた。
この宇宙ステーションは、地球からの旅行者の疲れを癒すため、地球から運ばれてきた娯楽施設などが、ブロック状に四方八方に広がるようにつながっている。
緊急時には、それぞれの施設に待機している宇宙飛行士が操縦士となり、宇宙ステーションから離脱して、それぞれ安全な場所へと移動する。
砂漠のオアシスのように、何もなく果てしない宇宙への長旅を癒すために、こういった宇宙ステーションがところどころに遊泳していた。
宇宙船の中で暴れだしたタケルは、睡眠を持続させるピコ・マシンを注入され、カプセルの中で静かに眠っている。
タケルの両親は、火星移住者の医療チームのスタッフに事情を説明し、このステーションにしばらく滞在して、タケルと今後のことを話し合ってから、地球へと戻ることにした。
宇宙船から降りると、2人はタケルの入ったカプセルを居住区に運び、入居手続きを終え、モアもこの宇宙ステーションで機能するように、居住区の受付で調整を頼んだ。
タケル達が乗っていた宇宙船は、これまでに生じた故障を直すため、しばらくこのステーションで休息をとり、火星へと出発する予定になっている。
タケルの両親にも、心を癒すための休養が必要だ。
睡眠状態のタケルを部屋に残し、2人は宇宙船の乗組員たちとレストランに出かけ、お酒を飲みながら、仲間との別れを惜しんだ。
2人とも、最後の望みと思って取り組んできた、聴力の回復という研究を、こんな形で断念するのは、とてもつらいことだった。
意気投合し合った研究仲間とも、離れがたいし、やっと共同研究にも慣れてからの決断に、慰留を求める医療技師も多い。
しかし、2人ともタケルの耳が聞こえるようにしてやりたい、ということにこだわりすぎて、今のタケルの気持ちを理解してやっていなかった。
親の言うことに素直に従って、火星へ移住するために必要な知識を習得し、身体検査などを受けて、暴力を振るい出すまでは、ずっと良い子を演じてきたタケル。
これからという時に、大事なパスボーや友達からも離れて火星へ行くという、つらい運命を与えてしまったのに・・・。
誰にもそのつらさを打ち明けられず、心を病んで急に暴れ始めたのも、考えてみれば無理からぬことだ。
パスボーのプロ選手になりたいという、タケルの希望はかなえてやれそうにないが、せめて人として、充実した人生を送ってもらいたい。
それを実現することが、タケルの誕生を望んだ、親としての役割だと思い直した。
睡眠から覚めたタケルは、普段と何も変わっていなかった。
あの騒ぎがウソのようだ。
しかし、耳が聞こえなくなるという現実は、変えられない。
この子のためなら、地球に帰ってからどんなつらいことが待っていようと、何とかやっていける。
そう決心した両親は、タケルの具合も良さそうなので、さっそく地球に帰ることを告げた。
タケルは、睡眠状態が長かったこともあって、話を聞いてもしばらく無表情だった。
タケルは、何を考えているのだろう?
両親は、あの宇宙船がこの宇宙ステーションに停泊している間に、お世話になった人たちにお別れを言いに、一緒に出かけようと誘ってみた。
もちろん、タケルが宇宙船で暴れてみんなに迷惑をかけたこと、悪態をつき、ケガをさせてしまった人もいることを言って聞かせた。
タケルはしばらくショボンとしていたが、自分のしでかしたこととはいえ、謝りに行くのは、あまり気乗りがしない様子だ。
そこで、父親が「タケルが反省していることをみんなにわかってもらえたら、帰りに宇宙ステーションのゲーム・コーナーで遊んでもいいんだが・・・」と条件をつけた。
すると、タケルはだまって、出かけるための準備を始めた。
第10章 危険を感じながら ②
2021-07-01 21:09:06 | 未来記
2008-02-15
2.キララと名乗る少女
3人は宇宙船の発着ステーションへと急いだ。
宇宙船の乗組員は、出発までにいろんな物資を詰め込む作業で忙しそうだった。
子供たちは、このステーションのゲームがよほど楽しかったのか、その話に夢中になっていた。
3人が宇宙船をたずねた時も、船内は子供たちの明るい笑い声で包まれていた。
途中で出会った人にテレながらも、タケルは共通語であいさつとお詫びの言葉を言い、かわいそうに思ってハグを求めてきた人に、抱きしめられながら、ありがとうと伝えた。
タケルが悪態をついたり、ケガをさせたり、迷惑をかけた人に対しては、きちんと頭を下げて、お詫びの言葉とともに、両親の用意していたギフトを渡した。
ひと通りあいさつし終わると、タケルは宇宙船に向かってバイバイと手を振った。
タケルは地球へ帰れると聞いて、内心ホッとしていた。事情はともあれ、自分を理解してくれる仲間に、また会える。
ただ、宇宙船での記憶がよみがえるにつれて、自分がマギィに送ったメールが気になっていた。
それに、地球に帰るころには、自分の耳は聞こえなくなっているかもしれない。
タケルは、この不安をどこかへ吐き出したかった。
少し買い物をするという両親と、待ち合わせの場所と時間を決めたタケルは、ゲームコーナーへと急いだ。
タケルは、モアで見つけた“宇宙の海賊をやっつけろ!”というゲームに興味を持った。
人気のある仮想空間ゲーム・コーナーには、通路にまで順番待ちの行列がつながっている。
タケルの耳は、音がだいぶんかすれてはいるが、まだ聞こえている。
でも、いざという時のため、しぐさや口の動きだけで、何を話しているのかを理解するように心がけた。
地球にいる時、前に気を取られていると、キラシャに後ろから話しかけられてもわからなくて、タケルはそんな自分に腹が立って怒っていたのだ。
宇宙船の中でも、うまく人と会話できなかったのは、目だけで会話を追う練習をしていたからだったが、不器用なタケルは、そのつらさを吐き出せずにいた。
タケルはだまって、ゲームの順番を待つ人たちの表情や口の動きを追った。
そんな時、通路の掃除をしている少女が、タケルの目に入ってきた。
ホッペを真っ赤にしながら、だまって掃除をしている少女の顔が、罰を受けて、必死に掃除をしていたキラシャとだぶって、思わずタケルは声をかけた。
「キラシャ!?」
タケルのびっくりした顔を見た少女は、けげんな顔をしてこう言った。
「アタシの名前は、キララだよ!」
「ゴメン! 知ってる子に似てたから。・・・キララ、君はなンで掃除してるの・・・?」
タケルは、キラシャに似た女の子に、興味を持った。この宇宙ステーションでも、共通語が使われているが、タケルは自然と共通語で話していた。
よく見ると、素直なオーラを発散させていたキラシャとまったく違い、その少女には小悪魔的な雰囲気さえあった。
でも、今までにない不思議な親近感をタケルは感じた。
キララは、いたずらっぽく答えた。
「アンタがアタシにジュースをごちそうしてくれたら、答えてもいいよ」
「いつ?」
「ちょうど、休憩しょうと思ってたんだ」
「あぁ、いいよ。おごるよ」
「ビッグサイズだよ!」
「OK!」
2人は、意気投合してレストランへと向かった。
第10章 危険を感じながら ③
2021-06-30 16:01:53 | 未来記
2008-02-16
3.久々のデート
タケルの両親との待ち合わせの場所は、タケルの決めたレストランだ。このレストランにいれば、時間を気にせずキララと話ができる。
2人で空いた席を見つけ、ウェイトレスが近づくと、キララはメニューを確認して、おいしそうなドリンクを注文した。
タケルも、すぐに同じ物を注文した。
「今まで、アンタどこにいたの?」
「えっ、地球だけど」
「そうみたいね。ジヴァ・エリアかな? ・・・なんとなく、わかってたけど」
「わかってた?
『・・・オレの共通語って、ジヴァなまり出てるかな~』
キララは・・・?」
「アタシ? ・・・ちょっと遠いとこかな?」
「どこ・・・?」
キララは、ウェイトレスからドリンクを受け取り、おいしそうに飲みながら言った。
「フ~ン。まだ、教えらンないね。それより、アンタ何かスポーツやってなかった?」
「えっ?どうして?」
タケルも、のどが渇いていたせいか、ドリンクを受け取ると一気に飲んだ。
「なんとなく・・・。アタシって、感が強いんだ。当ててみようか・・・」
「うン!」
「そうだね。・・・ちっちゃなボール使ってるでしょ」
「あってる!」
「それから、ラケットも使ってる」
「そう!」
「卓球とか・・・」
「あらら~」
「今のは、軽い冗談だよ。バドミントンでも・・・テニスでもないでしょ?」
「うン!」
「そろそろ、当てに行こうか。・・・パスボーでしょ」
「あたり!!」
「もう、最初からわかってたよ。あんたに好きな子がいるってこともね!」
「えっ!?」
タケルは、ドリンクをゴクリと音をたてて飲み込んだ。
「アタシって、透視能力があるンだ・・・」
「そう。さっきから、気になってたンだけど、なんで掃除してたの?
何か罰を受けるようなことしたから?」
「ウ~ン・・・ ちょっと違うかな? 」
「ジヴァ・エリアじゃ、掃除はスクールのルールだからやってるンだ・・・
廊下とか、トイレやシャワー室は、罰を受けたときだけだよ! 」
「別に罰でやってるわけじゃないのさ。
アタシを見て、こんな風におごってくれる人もいる。
それにね。掃除しながら人を見てると、いろんなことがわかってくるンだ・・・」
「あンな人がいるところで掃除なンてさ。
人に見られたら、なンか恥ずかしいし・・・」
「でも、アタシは慣れてる。
家族もいないし、人に見られて恥ずかしいなんて、思わない。
・・・家族って、いたらいたで厄介なんだろうね。
ああだ、こうだってうるさくって・・・」
「そんなことないよ。僕は家族がいなくなるなンて、考えたこともないンだ。
他の誰より心配してくれるし、応援もしてくれるし・・・」
「甘えん坊だね」
「透視って・・・、どのくらい、わかるの? 」
「必要なことだけかな? アンタの顔見たら、ふっと浮かぶンだ。
・・・キラシャって、アンタのガールフレンド? 」
タケルは、頭を横に振った。
「あの子は、どっちかと言うと親友なンだ。
オレといると文句ばっかだけど、イイ時もワルイ時も、いつも応援してくれる・・・」
「だから、好きだった・・・でしょ?」
「ウ~ン・・・でも、今はもう関係ない。
きっと、オレのことなンか、忘れてるよ・・・」
タケルは思い出して、モアを確認した。
「ほら、もうずっとメールが来てないよ。
きっと、ケンやマイクと遊んでいる方がいいンだ。
オレだって、他の子と遊びたいし・・・」
「それで、アタシとこうしているわけだ。
・・・OK。ここにいる間は、アタシとデートし放題だね。
よし、楽しみにしておこうっと」
「まぁ、そういうことだね・・・」
第10章 危険を感じながら ④
2021-06-29 16:02:48 | 未来記
2008-02-17
4.呪われた船
タケルが、キララとの話に夢中になっている時、トオルも一息入れるため、ミリより一足先に、同じレストランに入ってきた。
タケルが今まで見せなかった明るい表情で、いっしょうけんめい話をしている姿に気がついて、思わず微笑んだ父親だったが、何だか妙な気がした。
そこへ、どこかの船長らしきスーツを着た、白髪の男性が心配そうに声をかけてきた。
「あそこにいる男の子は、あなた方の息子さんですか? 」
「はい、そうです。でも・・・、いったい、あの子は誰と話しているんでしょう? 」
トオルには、タケルの相手が見えなかった。
ここへ来て、目も悪くなったのかと自分を疑ってしまった。
「・・・お気の毒に。幽霊とです。早く、あの子から引き離さなければ・・・」
「うっ、ちょっと・・・、説明していただけませんか?
なぜ、うちの子が・・・」
「私にも、よくわからないが、このステーションや、
ここを出入りする宇宙船の乗客で、何度かこういうことがあったのです。
そして、あの子が現われるたびに、このステーションで恐ろしいことが起こりました。
だから、今回も・・・」
「それじゃぁ、うちの子は?」
「あ、いやいや。お宅の子が殺されるとか、そういうことではないのです。
・・・ただ、危険なことは確かです。早く手を打たないと・・・」
「どうしたら、いいのでしょう。・・・教えてください」
その白髪の男性は、事のあらましをトオルに伝えた。
その幽霊は、何年か前に船体を傷つけたまま、漂流してきた宇宙船に憑いて、浮遊してきたものらしいこと。
その宇宙船が発見された時、姿が見えないのに、女の子の泣き声や笑い声が聞こえたこと。
その宇宙船を解体処分した後、宇宙ステーションのあちこちで、謎の女の子が出没するようになったこと。
その後、宇宙ステーションで疫病が流行ったり、宇宙船の発着場で爆発が起こったりしたこと。
その幽霊と話した子が、謎の病気にかかり、今も入院している子がいること。
それを解決するには、早く幽霊から離れることだと言われていること・・・。
トオルは、話の多少聞き取れなかった部分も、自分で良い方に解釈しながら、白髪の男性に会釈して離れ、深呼吸してタケルに近づき、普段通りに話しかけることにした。
タケルは、ようやく話を終え、父親が近づいてくるのに気がついたようだ。
「パパ・・・。僕、この宇宙ステーションに来て良かった。紹介するよ・・・、あれっ?」
「どうした? タケル。何だか、さっきは楽しそうにしてたじゃないか」
「そう、パパ見てたの。キララって女の子としゃべってたンだ」
タケルはキョロキョロと、あたりを見回した。
「そのことだけどね。タケル。まぁ、先に食事を済ませよう。
ほら、ママもやってきた。さぁて、何を注文しようか・・・」
第10章 危険を感じながら ⑤
2021-06-28 16:03:54 | 未来記
2008-02-18
5.タケルの反抗心
タケルはレストランでの食事中、両親のいつも通りの会話をうわの空で聞いていた。
タケルの頭の中で、ミリがやってくるまでのわずかな間に、トオルが耳元で伝えた言葉が、グルグルと回っていた。
「いいかい? タケル。君は今、普通の状態じゃないんだ。・・・良く聞いてくれ。
君は狙われている。
パパには、まだ、それが何のためなのか、なぜ君を選んだのか、わからない。
でも、これだけははっきり言っておきたい。・・・君は幽霊にとりつかれている。
・・・パパには・・・
君がいっしょうけんめい話していた相手の姿は、パパには見えなかった。
その幽霊のことをいろいろと教えてくれた人がいる。
いいかい。
・・・パパはタケルを守りたい。
しばらくは、ママにも内緒でいたいから、男の約束をしてくれるか?
タケルがこれから、この宇宙ステーションでその幽霊に会うことがあっても、パパやママを敵にするような行動は取らないで欲しい。
パパもママも君を信じているからね。
その幽霊が、タケルに何かをして欲しいとか、頼んできても、絶対に相手にしないこと。
君を守るためだ。・・・そして、それはパパやママを守ることでもある。
いや、この宇宙ステーション全体の安全にも関わることかもしれない。
とにかく、みんなのことを考えて行動して欲しい。
地球にいたときも、そう習っただろう?
いいね。約束だよ・・・」
ミリが、「あなた達、いつからそんなヒソヒソ話するようになったの?」と笑顔で話しかけても、タケルはぼんやりとして、反応できなかった。
ミリは、まだタケルが睡眠から解けて、頭が思うように働いていないのだと思ったようで、自分たちの会話に夢中になっていた。
タケルはさっきまでのことを思い返しながら、トオルの言ったことを懸命に否定しようとした。
『キララは幽霊? そんなはず、ないじゃん。ちょっと、変わってたけど・・・
女の子と話して楽しかったの、久しぶりだったっていうのに・・・
だけどさ、僕を守るためって言いながら、パパはいつもママと2人で楽しそうにしているだけじゃないか。
・・・ママだって、そうだよ。
だいたい、僕の耳を治そうって言って、ここまで来たんじゃないか・・・。
僕がもらったパスボーの賞金だって、ほとんどパパに預けているのに、今から地球に帰ったら、スッカラカンになるだけだよ!
何のためにここまで来たって言うんだ! このままじゃ、帰ったって意味ないじゃン!
地球で習ったこと・・・?
ルールばっかり厳しくて、きゅうくつな生活だったっていうのに・・・。
ここにいる方が、よっぽどましだよ!
・・・いったい、キララはどこへ、消えちゃったんだろう・・・?』
その時、キララらしき女の子の声が聞こえた。
『タケル・・・? アタシの声、聞こえる・・・?』
タケルは、耳をすました。
そして、心の中で『聞こえるよ』と、つぶやいた。
『そう、もっと話したいことがあるんだ・・・。
アタシだけだよ、あんたを守ってあげられるのは・・・
あんたのパパが言ってたこと、全部ウソじゃないけど・・・
あんたを狙ってるのはアタシじゃない・・・。
もし、アタシのこと、信じてくれるんだったら、あのゲームコーナーで待ってるよ。
パパたちには、だまって来るんだよ・・・』
『どうして?』
タケルは、心の中でキララに問いかけた。
『今は、誰もアタシのこと信じちゃくれない。・・・タケルだって、不安でしょ?』
タケルは、ちょっとムッと来て、強気になって答えた。
『不安って言うより、パパの言ってたこと、まだピンと来ないンだ。
・・・会ったら、ホントのこと教えてくれる?
キララのことも・・・』
『ああ、いいよ。タケルに勇気があったらね・・・』
『・・・じゃぁ、行くよ・・・。
だけど、実はこんなお化けでしたなんて格好で、出てこないでくれよ!』
『さぁて、どんな格好ででてやろうか・・・?
まぁ、楽しみにしててよ・・・。
じゃぁ、待ってるよ!』
キララの挑発的な声が消えてから、タケルはしばらく考え込んでいた。
両親が黙り込んでいるタケルに気づき、いたわりの言葉をかけたが、タケルは何かを吹っ切ろうとするかのように首を横に振り、すっと席を立った。
「パパ、ママ。ちょっと用事があって、行く所があるんだ。
何かあったら、モアで知らせるよ。
・・・パパ、危険なことはしないと思うけど、僕の自由にさせて欲しいんだ。
ママを悲しませるようなことはしない。だから、僕のこと、信じて欲しい。
・・・男の約束だよ」
タケルは父親の手をとって、一方的に握手をした。
そして、「それじゃあ」と両親に向かって手を振りながら走り出し、人ごみの中へ消えて行った。
第10章 危険を感じながら ⑥
2021-06-27 16:05:15 | 未来記
2008-02-19
6.胸騒ぎ
タケルが人ごみに消えるのを ただ見守ることしかできなかったトオルとミリ・・・。
事情を知らないミリは、せっかくタケルがいい子に戻ってくれたのに、また勝手なことを始めて、周りを騒がせるのではと、深いため息をついた。
トオルは見えない敵の存在に、胸騒ぎがしていた。タケルをこのままほっておくと、とんでもないことに巻き込まれるに違いない。
すぐにでもタケルを追って、どんな目に遭ってもタケルを抱きしめて守ってやりたい。
しかし、タケルの運動能力は、とっくにトオルを超えていた。
この広い宇宙ステーションでは、例えタケルを見つけたとしても、コズミック軍のパトロール隊でないと、タケルをつかまえることができないだろう。
どうしたらいい?
トオルは、本能的にタケルのことを良く理解してくれる人を思い出そうとした。
宇宙船にはいなかった。移住の訓練の時も、タケルは1人でがんばっていた。
そうだ。タケルが転出することをクラスの子供たちにも秘密にして、訓練中に何度もタケルの相談に乗ってくれたハリー先生がいた。
すぐにモアを取り出し、ハリー先生宛に、タケルのことを相談するメールを送った。
とりあえずこれからどうするか、ミリと相談して、居住区にある自分たちの部屋に戻ろうということになり、タケルにもそれを伝えるメールを送った。
そして、トオルとミリがレストランを出てロビーを歩いていると、「やぁ、先ほどはどうも」と親しげに声をかけてくる男がいた。
トオルにタケルが幽霊としゃべっていることを教えてくれた、船長らしきスーツを着た人物だ。
トオルはミリを心配して、その男にあわてて近づき、「ワイフは何も知らないのです」と小声で訴えた。
「そうですか」と男は軽くうなずき、「ところで、あなた方のお子さんはどこへ行かれましたか?」と何事もないようにたずねた。
「私どもにも、さっぱり。部屋に戻ることは知らせたのですが、じきに戻ってくることでしょう」とミリにも聞こえるように言った。
「さぁ、どうでしょうかね。あの年頃の子は、冒険が大好きだ。こんなに広い宇宙ステーションに来ることはめったにないでしょう。きっと探検を楽しんでいるはずだ」
それを聞いて、ミリも苦笑した。
「どうです。良かったら、私達もこの宇宙ステーションを散歩してみませんか。すぐに部屋に戻っても、お子さんの帰りを待つ時間を長く感じるだけではないですか?」
「そうですね。例のお話ももっとくわしくお聞きしたい。しかし、ミリは疲れただろうから、先に部屋に帰って休んでおくといい」
「・・・そうね。久しぶりの買い物だったから、疲れたわね。先に帰ることにするわ。あなた、帰る時にはメールで知らせてね。起きて待ってるから・・・」
トオルは笑顔を作って、うなずいた。ミリも、何かあると感じたようだ。今は、だまってタケルの無事を祈るしかない。
「それでは、私はこれで失礼します」
男に会釈して、ミリは居住区へと向かった。
次第に見えなくなるミリを目で追いながら、トオルはその男に話しかけた。
「あなたは、ご存知なのですか? タケルが今、どこにいるのか・・・」
「その前に、自己紹介からしましょうか。私はトュラッシーと言います。長年、この宇宙ステーションにドッキングしている、ゲーム施設の船長をしています」
「失礼しました。私のことはトオルと呼んでください。息子は、タケルと言います。私達にとっては、かけがえのないたった1人の子供なんです」
トオルはそう言って握手しながら、このトュラッシーと言う見知らぬ男を信じていいのか、不安がよぎった。