第1章 サリア
サリアが暮らしているのは、森と山に抱かれた小さな村だ。
家々は木と石でできた素朴な造りで、朝はパンの焼ける匂いと教会の鐘で一日が始まる。道端にはヤギやニワトリが歩き、子どもたちの笑い声が聞こえる。
教会の裏の小さな部屋が、サリアたち孤児の住まいだ。
神父さまは温厚で、育ての親のような存在だった。
孤児院には、サリアの他に、二人の年下の子たち―元気いっぱいなテオと、少し泣き虫なリナの兄妹。
そして、同い年で面倒見が良くて、食いしん坊のアオがいる。
「サリアねえ! 見て! 虫とれた!」
「うわっ、テオ、それはポケットに入れちゃダメ! リナが泣いちゃうでしょ!」
「泣かないよ」
サリアは2人の頭をなでた。彼女は2人のことが本当の弟妹のように大好きだった。
朝ごはんの時間になると、神父さまが焼きたてのパンを切り分けてくれる。
外はパリッと、中はふわふわ。香ばしい匂いに、子どもたちの目が輝く。
「お祈り忘れちゃだめだよ」
「いただきます! ……あ、リナ、ほっぺにジャムついてる」
「テオ、食べながらしゃべらない!」
賑やかですこし騒がしい。サリアにとって、なによりも幸せな日常だった。
食後、テオが庭で転んで怪我をして、リナが慌てて絆創膏を持ってくる
サリアは膝を拭いてやりながら、ふと空を見上げた。今日もいい天気。
そのとき、リナの顔が少し赤いことに気づく。
「……リナ、ちょっとおでこ熱いね」
「うん……すこし、寒い……」
胸がざわっとした。
風邪かもしれない。いつものことだ、森に薬草を取りに行けば治る。
でも、そのときのサリアは知らなかった。家族と離ればなれになるなんて。
「森で薬草を摘んでくる」
「森に行くなら、僕も一緒にいくよ」
「ありがとう。アオ」
「ぼくも行く!」
「テオはリナのそばにいてあげて」
そう言って、そっとリナの髪をなでた。
その横で、神父さまがやさしく声をかける。
「サリア、アオ、気をつけて行っておいで。アオはサリアをしっかりと守ってあげるんだよ」
ふたりはうなずいた。森に行くのは珍しいことじゃない。
けれど、その日は違った。
森の奥で、待っていたのは――氷のように冷たい、別の世界への扉だったのだ。