シックボーしか勝たん
【奈落 第七層 樹海エリア】
依頼:Aランク/遺跡調査兼討伐
鬱蒼と茂る樹海を抜け、苔むした石段を降りていくと、巨木の根に飲み込まれた古代遺跡が現れた。
石壁には複雑な魔法陣が刻まれ、周囲の空気は湿り気と魔力の匂いで重い。
「やれやれ……湿気で髪がうねるんだけど」
白魔道士マチルダがぼやきながらも、片手には光魔法を灯し、通路を照らしている。
「魔力に反応して動き出す仕掛けがありそうだな」
イグニスは弓を引き、慎重に進んだ。
突如、奥の石棺が砕け、ガーディアン・ゴーレムが姿を現す。
「やっぱり出やがったか!」
「来るわよ、イグニス!」
イグニスは正面から矢を正確に放ち、ゴーレムの腕をはじき飛ばす。その隙を狙ってマチルダが聖属性の光線を放つと、石の巨体が悲鳴のような軋み音をあげて崩れた。
「はい、討伐完了っと」
「報酬は確定ね。帰りに――」
イグニスが「カジノ」と口にする前に、マチルダは振り返って人差し指を突きつけた。
「禁止!イグニス、あなた、前に『街のため』とか言ってたけど、酒場で豪遊して終わりでしょ」
「いや、勝てばもっと豪遊でき――」
「そういうのは浪費って言うの。そのお金、もし神殿に寄付すれば、孤児院の修繕や薬の購入に使えるのよ」
正論の雨あられに、イグニスの反論は空しく消えた。
「……はい」
やけに素直な返事に、マチルダは得意げに頷く。
「じゃあ今日は真っ直ぐ帰るのよ。約束」
【サンライズシティ 冒険者ギルド】
ギルドの受付嬢から報酬袋を受け取り、二人は外へ。夕暮れの街は赤く染まり、酒場や屋台から活気のある声が溢れている。
イグニスの視線は、ふとネオンが瞬く方向…カジノ街へ吸い寄せられた。その様子にマチルダが咳払いをする。
「……寄り道は禁止」
「……ああ」
【サンライズシティ イグニスの家】
自宅の椅子に腰掛け、机の上に報酬袋を置く。
「……」
袋の口から覗く金貨が、まるで「増やせるよ」と囁きかけてくる。
「……いや、今日はやめとく」
そう口にしつつも、視線は窓の外の街明かりに釘付けだった。胸の奥がじわじわ熱くなり、イグニスは立ち上がった。
【ゴールデン・フェニックス】
煌びやかな入口を抜け、バカラとブラックジャックのテーブルを見比べる。
「うーん……今日はどっちだ……」
その時、背後から柔らかい声がした。
「イグニスさん、お久しぶりですね」
振り返ると、ディーラーのエミリが微笑んでいた。
「もしよければ、シックボーのテーブルが空いてますよ」
「シックボー? あのサイコロの?」
「ええ。運の波に乗れれば、バカラやBJより派手に増やせます」
【シックボーのルール説明】
エミリは、サイコロが入った透明なドームを指差す。
「シックボーは“三つのサイコロ”を振って、その出目の組み合わせに賭けるゲームです。
賭け方は大きく分けて――
・大小(Big/Small):合計が11~17なら“大”、4~10なら“小”
・特定の数字:1〜6のどれかが出る数を予想
・トリプル(同じ目3つ):1〜6すべて指定、または“どれかのトリプル”
・合計ベット:合計値をピンポイントで予想(確率は低いが高配当)
――といった感じです」
「なるほど、単純そうで奥が深いな」
「そうです。出目は完全ランダム。読みや確率計算もありますが、時には直感が勝つこともあります」
イグニスの口元に、勝負師の笑みが浮かんだ。
「……面白そうだ。やってみるか」
エミリは小さく会釈し、空いているテーブルへ案内した。
【初戦】
テーブルの上には、大小・数字・トリプルなどの賭け枠が並ぶマットと、中央の透明ドーム。
イグニスは10枚のチップを手に取り、少し迷った。
「まずは無難に大だな」
エミリがにっこりとディーラースティックを置く。
ドームがカタカタと回転し、サイコロが弾けるように跳ねる。
表示された目は〔5・6・4〕――合計15、大。
「おお、いきなり的中か」
「おめでとうございます。2倍で、ベットの分を含めて戻ります」
最初の一手で軽く勝ち、イグニスの目が輝き始めた。
【二戦目】
「じゃあ……合計10でいこう」
エミリが少し意外そうに眉を上げた。
「ピンポイント合計ですか? 配当は6倍ですよ」
「低確率ほど燃える」
再びドームが回る。
結果――〔3・3・4〕、合計10。
「……きた!」
「おめでとうございます!」
エミリが笑顔でチップを積み上げる。
6倍の配当が、音を立ててイグニスの前に並ぶ。
【三戦目】
勝ち分を眺めながら、イグニスは頬を緩めた。
そして、隣の客が大掛かりにトリプル狙いを外す中、冷静に次の“大”へとチップを滑らせた。
再び大の目が出る。
「……ふはははっ!」
チップの山を両手で寄せ、イグニスは満面の笑みで叫んだ。
「シックボー、おもしれーーー!!!」
その声はテーブル中に響き、周囲のプレイヤーたちが苦笑混じりに振り返った。