オートレースしか勝たん
翌日――
朝の光を浴びながら、イグニス、ロマーリオ、そしてキャッサリーンはオートレース場に足を踏み入れた。
観客席から見下ろすコースは、楕円形のアスファルトが鈍い光を反射している。遠くでは、エンジン音が唸りを上げ、試走するマシンのタイヤから白煙が立ち上っていた。
「すごい迫力ね……!」
キャッサリーンは興奮気味に目を輝かせる。
「……ふん、これも賭場だろう?」
イグニスは腕を組み、無表情に走る選手たちを見つめた。
「まあな。ただ、パチやカジノとは勝手が違うぜ」
ロマーリオは煙草をくわえ、紙の出走表を広げて見せた。
「オートはバイクの性能差がデカいし、選手の癖も丸わかりだ。ギャンブルっていうより研究だな」
「研究?」
「そうさ。まずは“ハンデ”を見ろ。選手ごとにスタート地点が違うだろ?」
ロマーリオの指先が紙面を滑る。
「強い奴ほど後ろからスタートさせられてんだ。で、最近の成績と得意コースを照らせば……大体の勝ち筋は見える」
「なるほどな」
イグニスの瞳がわずかに鋭さを帯びた。
最初のレース、ロマーリオは「これは3番だ」と指さし、車券を買う。
結果、3番が難なく1着。
キャッサリーンは歓声を上げ、ロマーリオはドヤ顔を見せる。
「ほらな? 俺の言った通りだろ」
「確かに、お前の目は確かだな」
二レース目、三レース目――
ロマーリオはコース取りやスタートの巧拙を解説し、イグニスはその分析を自分の直感に重ね合わせていった。
「ここは……6番だ」
ロマーリオの読みを聞き流し、イグニスが静かに車券を買う。
そしてゴールラインを駆け抜けたのは、6番のマシン。
「……当たった」
キャッサリーンが目を丸くする。
「おいおい、初めてで単勝かよ……!」
ロマーリオは笑いながらも驚きを隠せない。
レースを重ねるごとに、イグニスの勘は研ぎ澄まされていった。
選手の身体の傾き、スタート直後の加速音、わずかなハンドル操作――すべてが彼の“戦場の感覚”に響いてくる…気がした。
「……次は、1と5の二車単だ」
イグニスが低く呟く。
結果、その予想は完璧に的中した。
払い戻しの札束を受け取るイグニスを、ロマーリオは呆れ半分、感心半分の目で見ていた。
「イグニス、さすがプロ賭博師だな」
「ふん。敵の動きを読むのは、戦いでも賭けでも同じことだ」
イグニスは肩をすくめ、無造作に札束をポケットに突っ込む。キャッサリーンは隣で手を叩いて喜び、ロマーリオは頭をかきながら笑う。
オートレースでの快勝を終え、宿泊先のホテルのスイートルームには、ほのかな照明とシャンパンの香りが漂っていた。
勝利の余韻に浸るイグニスは、グラスを片手に窓辺に立ち、夜景を眺めている。煌びやかな街の灯りが彼の横顔を照らし、獣のような鋭さを和らげていた。
「……本当に勝っちゃうんですね。イグニスさんって」
キャッサリーンがソファに腰かけ、興味深そうに彼を見つめる。その瞳には、ただの賭場で働いていた女ではない、冒険を求める女の顔があった。
「ロマーリオの読みが正しかっただけだ。それに……今日はツイてただけだろ」
「ツイてる人の隣にいたら、私もツキを分けてもらえるかな」
冗談めかした声色の裏に、微かな緊張が混じっている。イグニスはその気配を察し、振り返った。
「……ツイてるかどうかは、お前の選択次第だ」
彼の視線に射抜かれ、キャッサリーンの頬が赤く染まる。やがて彼女は立ち上がり、ゆっくりとイグニスに近づいた。
グラスをテーブルに置いたイグニスが腕を伸ばすと、キャッサリーンは小さく身を震わせながらも拒まない。そのまま彼女を抱き寄せ、彼女の髪から香る甘い匂いを吸い込む。
「イグニスさん……」
囁くような声が耳元で震えた。
彼の手が彼女の背中をなぞり、キャッサリーンは静かに目を閉じる。
都会の夜景が二人を包み込み、やがて室内には二人の吐息だけが残った――。




