完全なる決着
「それは卑怯だろ」
どこからともなく、低く響く声が場を裂いた。
銃を構える吉岡の手下たち、血の気が引いていく。振り向いた瞬間、彼らの視線は一点に釘付けとなった。
暗がりから姿を現したのは、情報屋・榊――いや、その正体を知る者にとっては背筋が凍る名だ。この街の裏社会を牛耳る狼血党のボス。
「さ、榊……!」
吉岡の顔面が蒼白になる。先ほどまでの虚勢が、風船がしぼむように崩れ去った。
榊は煙草に火をつけ、静かに煙を吐き出す。
「俺の街でイカサマは許さん。カジノの空気を汚すなら、粛清あるのみだ」
次の瞬間、榊の部下たちが影のように現れ、吉岡の取り巻きを無言でねじ伏せていく。悲鳴と銃声が交錯する中、イグニスは隙を見逃さなかった。
「――覚悟しろ」
炎のような瞳で吉岡を睨み据え、拳を叩き込む。
鈍い衝撃音と共に、吉岡の身体は床に叩きつけられ、口から呻きが漏れた。
「今回はもう許さん」
低く響いたイグニスの声は、雷鳴のような圧力を帯びていた。その圧に耐えられず、吉岡は顔を引きつらせ、情けなくも失禁する。周囲は凍りついたように静まり返り、ただ彼の呼吸音と滴る音だけが響いた。
榊は一瞥すると、鼻で笑った。光と闇が入り混じるカジノの一角で、覇者たちの力関係が改めて刻まれた。
吉岡は、もはや戦意など残っていなかった。榊とイグニス、二人の影に押し潰され、へたり込んだまま失禁している。榊の一瞥だけで、背筋を凍らせるには十分だった。
「くだらねぇ…お前にゃ用はねえ。消えろ」
榊の冷たい声に、吉岡は何度も頭を下げながら這うように退場していった。それは、この街からの完全な追放を意味していた。
場が静まると、榊は懐からイグニスに渡していた金の証書をちらりと見せる。
「さて、貸しは……きっちり返してもらうぜ」
「ああ」
イグニスは一切の迷いなく、きちんと金を返した。
榊は口の端をわずかに吊り上げると、背を向ける。
「またな。面白ぇ奴は、またどこかで会うもんだ」
その言葉を最後に、榊の姿は闇に溶けるように消えた。
カジノを後にして外に出ると、既に榊の手下である青木が黒塗りの車を準備していた。後部座席の窓には、ロマーリオとルルイジーニの顔がのぞいている。
「お疲れ様でした」
青木が恭しくドアを開ける。イグニスが乗り込もうとしたその時、背後から必死の声が響いた。
「待って! わたしも……連れて行って!」
振り向けば、キャッサリーンがいた。まだ震えが残るその顔には、恐怖と同時に、どこか吹っ切れたような決意が浮かんでいる。
イグニスは一瞬だけ目を細め、それからそっけなく答えた。
「好きにすればいい」
その言葉に、キャッサリーンは深く息をつき、覚悟を決めたように車へと乗り込む。こうして、思いがけぬ仲間が加わった。
車が夜の街を滑るように走り出す。
後部座席ではロマーリオが、隣に座るキャッサリーンをちらちらと盗み見ていた。
「なぁ、キャッサリーン。お前、どんな男がタイプなんだよ?」
軽口を叩くように、しかし目は真剣そのものだ。
キャッサリーンは、はっとして頬を染めた。視線を落としたまま、ちらりとイグニスの方へ。
ロマーリオはその一瞬を見逃さなかった。
「……おいおい。やっぱりそうか」
にやりと笑いながらも、イグニスは気にも留めず窓の外を見ている。
こうして闇カジノでの騒動を終えた一行は、予想以上の荒稼ぎを果たした。だがイグニスにはまだ、この国でやり残した“勝負”があった。
「次は……オートレースだ」
サンライズシティに帰る前に。
己の運と勘を試す最後の舞台を求め、イグニスたちは新たなギャンブルへと向かっていく。




