命がけの闇カジノ
榊は寸土を沈黙させた後、静かに煙草へ火をつけた。紫煙がゆらりと広がり、室内のざわめきが自然と収まっていく。
「…約束は果たそう。お前が探しているのは“例の連中”だな」
榊の目が細く光る。
「吉岡。あの半グレの頭が率いる陽死愛乱怒。やつらのアジトは、この街の中心から少し外れたビルにある」
「ヨッシー……アイランド?」
ロマーリオが思わず聞き返す。どこか間抜けに響くその名に、ルルイジーニも眉をひそめる。
「ふざけた名だが、奴らは笑えん。麻薬、賭博、売買春……裏の仕事を一通りやってる。特に最近は“闇カジノ”で荒稼ぎしていると聞く」
榊は煙を吐き出し、壁を指で軽く叩いた。
「ビルの地下にバーがある。その奥に“開かずのトイレ”が一つある。扉を開けて、壁を叩け。そこが奴らの隠し通路だ」
空気が一層重くなる。ロマーリオは唇を噛みしめ、ルルイジーニは神妙な顔で首を振った。
「待てイグニス……!そんな場所に、俺たちだけで飛び込むのは――」
「いや、違うな。俺一人で行く」
イグニスの声は揺るがなかった。
「俺にはああいう連中の臭いが染みついてる。目立たず潜るには、そのほうが都合がいい」
ロマーリオが言葉を探す間に、ルルイジーニが低く囁く。
「……死ぬなよ」
イグニスはニヤリと笑い、肩を竦めて答えた。
「心配すんな。俺は運が悪い分、しぶといんだ」
夜更けの街を一人進むイグニス。
榊に告げられたビルの前に立つと、どこにでもあるような薄汚れた外観に、不気味な静けさが漂っていた。
地下へ降りると、薄暗い照明に照らされたバーがあった。客の姿はまばらで、店員の目は妙に冷たい。
その奥――鍵の掛かった「開かずのトイレ」。
イグニスは扉を押し開け、壁を拳で二度、軽く叩いた。鈍い音の後、壁の一部が静かに横へスライドする。
現れたのは、隠された地下通路。その向こうに広がっていたのは、ネオンの光に包まれ、熱気と喧騒に満ちた秘密の空間だった。
吉岡と陽死愛乱怒が運営する、裏社会の楽園・闇カジノ。
地上の喧噪から切り離された、狂気と欲望の坩堝。
札束の山とチップの音、嬌声と悲鳴が渦を巻く空間に、イグニスは迷いなく足を踏み入れた。
その姿を監視室のモニターで見つけ、陽死愛乱怒の頭――吉岡は、氷のような瞳を細める。
「……来やがったか、イグニス」
モニター越しに映る男に、吉岡の口元が歪む。
「あの時の借りを返しにきたってわけか。だが、また同じだ……俺の檻で、何もかも奪われて終わる」
…………
【闇カジノへ出発前】
吉岡は、ルルイジーニを人質に取り、イグニスから全財産を根こそぎ奪い去った。その屈辱は、イグニスの胸に焼き付いたままだった。
今回の目的はただ一つ。
吉岡の全てを奪い返すこと。
だが、手元には金がない。そんなイグニスを気に入った情報屋・榊が、黙って札束を差し出してきた。
「……100万だ。だが返済は200万。1円でも足りなければ、お前は俺専属のアサシンになる。命の使い道を、こちらで決めさせてもらう」
借金か、死か。
イグニスはそれを承知で、榊の金を掴み取った。
「上等だ。どうせ奪うなら……根こそぎだ」
…………
――そして今。
闇カジノの場内を歩くイグニスのもとへ、一人の女が現れる。
漆黒のドレスに身を包み、妖艶な笑みを浮かべる美貌のディーラー・キャッサリーン。
「お客様」
低く艶やかな声が、イグニスの耳を打つ。
彼女は優雅に一礼し、紅い唇で囁いた。
「初めてお見かけしますね。……どうぞ、こちらへ。選ばれた者にしか雷は降りません」
導かれた先には、閃光をまとった巨大なルーレット。
――ライトニングルーレット。
選ばれた数字に稲妻が走り、時に数十倍、時に百倍を超える大波乱を呼ぶ。まさに運命の裁きを下す盤。
イグニスは椅子に腰を下ろし、口角を吊り上げる。
「いいじゃねぇか。吉岡の全てをぶっ潰すには……雷の檻がちょうどいい」
監視モニター越しに、吉岡は煙草を吹かしながら嗤った。
「来いよ、イグニス……お前を骨までしゃぶり尽くしてやるぜ」




