命がけのこいこい
――静まり返った室内。
花札を挟んで向かい合うイグニスと、強面の男・寸土。立会人の榊は背を壁に預け、鋭い視線で盤面を監視していた。
「ルールは単純、こいこいだ。勝った方が望みを得る。ただし……負ければ代償は命だ」
榊の冷ややかな宣告に、周囲の男たちがどっと笑う。
「へっ……イグニスとか言ったな。命なんざ紙切れ同然に張り合うのが、ここでの流儀だぜ」
寸土は札を切りながらニヤリと笑う。
…………
【花札「こいこい」のルール】
① 使用する札
・花札48枚(1~12月、それぞれ4枚ずつ)を使用。
・札には「光札」「種札」「短冊」「カス(普通札)」の4種類がある。
② 配り方
・各プレイヤーに 手札8枚、場に 8枚表向き、残りを山札にして裏返す。
③ 手番の流れ
1.自分の手札から1枚出す。→場に同じ月の札があれば、両方を自分の取り札にする。→なければ場に出して終わり。
2.次に山札の一番上をめくる。→同じ月があれば取り、なければ場に置く。
これを交互に繰り返す。
④ 役を作る
・取り札の中で 役(特定の組み合わせ)を作ると得点が発生。
例:
・五光(光札5枚)=10点
・四光(光札4枚)=8点
・三光(光札3枚)=5点(ただし雨ありは4点)
・赤短(赤い短冊3枚)=6点
・青短(青い短冊3枚)=6点
・猪鹿蝶(猪・鹿・蝶の種札3枚)=5点
・タネ(種札5枚以上)=1点+追加札で加点
・短冊(短冊5枚以上)=1点+追加札で加点
・カス(カス10枚以上)=1点+追加札で加点
など。
⑤ 「こいこい」と「あがり」
・役ができた時点で「あがり」か「こいこい」を選ぶ。
・あがり → そこで勝負終了、点数を得る。
・こいこい → 続行して、さらに役を重ねて点数を増やすチャンス。
・ただし「こいこい」している間に相手が先に役を作ってあがった場合、自分は得点ゼロ。
⑥ 勝敗
・勝負が終わった時点で、点数を比べて高い方が勝ち。
…………
勝負が始まった。
最初の手は互角。イグニスは無骨ながら堅実に札を拾い、寸土は派手な役作りを狙って攻めの姿勢を崩さない。
「……おっ、赤短か。ついてるな」
寸土が唇を吊り上げ、札を懐へと引き込む。
しかし局を重ねるごとに、イグニスは小さく眉をひそめていた。寸土の手が、やけに滑らかすぎる。引く札が妙に偏っている。
やがて、決定的な瞬間が訪れた。
寸土の袖口から、わずかに光沢を放つ紙片が覗く。
次の瞬間、彼はそれを巧みに掌へ移し替え「偶然引いた」ふりをして場に置いた。
「猪鹿蝶、役成立だぁ!」
寸土が高らかに札を叩きつけ、周囲が歓声を上げる。
だが。
イグニスの目は獣のように細められていた。
札を指先で軽く弾き、低く唸る。
「……おい。そいつぁ、最初から場にはなかった札だ」
空気が一変した。
寸土の顔から血の気が引く。
「な、なに言いやがる……! 証拠は――」
「証拠? その袖ん中だろ」
イグニスの声は低く、だが確信に満ちていた。
榊が音もなく動いた。鋭い目で寸土を射抜き、指を鳴らす。
「赤霧、梅房」
呼ばれた二人の巨漢がすぐさま寸土を押さえ込み、袖から隠し札を引きずり出す。
札は床に散らばり、誰の目にも明らかになった。
「なっ……違う! これは……!」
「黙れ」
榊の一言に寸土の声はかき消された。
赤霧が寸土の肩をねじり上げ、梅房が鉄のような拳を鳩尾に叩き込む。寸土は呻き声を漏らし、膝から崩れた。
「イカサマは、この場で最も重い罪だ」
榊の声は冷たく、刀身のように鋭い。
寸土の呻きは、赤霧と梅房の容赦ない「焼き」が重ねられるごとに、やがて途切れていった。
硝煙と血の匂いの中、榊は改めてイグニスを見据える。
「……面白い目をしているな。獣の勘か、それとも修羅場を潜った嗅覚か」
「どっちでもいい。ただ、インチキが嫌いなだけだ」
イグニスは肩を竦め、拾い上げた札を軽く弾いた。
榊は小さく笑みを漏らし、頷く。
「約束通りだ。情報は渡そう…命を張った、その覚悟に免じてな」
こうして「命がけのこいこい」は終わり、次なる真実への扉が開かれるのだった。




