競艇は勝てん
スロット、競艇――それぞれの戦場で勝利を収めた三人は、夜の街へ繰り出した。
暖簾をくぐり、カウンターの寿司屋に腰を下ろすと、目の前には職人が構える。
「おぉ……これが本場の寿司か!」
ルルイジーニは目を輝かせ、流れるような包丁さばきに見入った。
まず出されたのは中トロ。口に入れた瞬間、脂がとろけ、米と一体になって消えていく。
「なんだこれ……! 深層の魔魚にすら劣らん、至高の旨味だ……!」
思わずイグニスも感嘆の声を漏らす。
続いてアジの握り、ウニの軍艦、そして穴子の炙り。
ルルイジーニは、ネタごとに変わる食感と香りに、少年のように頬を緩ませた。
ロマーリオが声を上げる。
「ほら、こいつを飲んでみろ。日本酒ってやつだ。寿司にはこれが合う」
淡く冷えた吟醸酒がグラスに注がれる。
イグニスが一口含むと、ほのかな甘みと米の香りが広がり、すぐに喉を駆け抜ける。
「くぅ……! 火を噴きそうだが、寿司と一緒にいくと……悪くないな!」
ルルイジーニも恐る恐る口をつけ、すぐに目を細めた。
「ふふ……なるほど、スロットで大勝した夜にこそふさわしい酒だな」
三人は寿司を頬張り、日本酒を交わしながら、笑い声を響かせる。
ロマーリオは競艇の武勇伝を語り、ルルイジーニはスロットの演出に夢中になったことを話し、イグニスはおっさんの大逆転劇を何度も思い出しては腹を抱えて笑った。
「最高だな、日本の夜ってやつは!」
イグニスの声に、二人も大きく頷いた。
こうして、三人の勝利の晩餐は、寿司と酒と笑いに満ちて更けていった――。
【翌日 競艇場】
昨日の快勝が嘘のように、この日は空気が違っていた。
「一号艇、逃げ切りですね」
ロマーリオの言葉どおり、ほとんどのレースがガチガチ決着。
1-2-3や1-3-2ばかりで、オッズは二倍や三倍。
「くっ……当たっちゃいるが、全然増えん」
イグニスは歯ぎしりする。昨日は荒れた展開に救われたが、今日は舟券が当たっても小遣い程度。外したレースも重なり、気づけば財布はじわじわと削られていた。
「これが競艇の現実さ。堅い日もあれば、荒れる日もある」
ロマーリオは慣れた調子で言うが、イグニスの眉間のシワは深まるばかり。
最終レースが終わり、二人は溜め息混じりに競艇場を後にした。
【日本・都内某所 帰り道】
その日、競艇は堅い決着ばかりで、イグニスもロマーリオも散々な負け。
重たい空気を引きずりながら歩いていると――ふと、背後にいやな気配が忍び寄った。
「……つけられてるな」
ロマーリオが低くつぶやく。
「あぁ、ずっと前からな」
イグニスも気づいていた。路地裏の反射ガラス越しに視線を送る。
そこには、数人の男たちが距離を保ちながらも明らかに尾行している。
やがて、正面からも数人が現れ、二人は狭い路地に誘い込まれた。
「よう……久しぶりだな、イグニス」
煙草をふかしながら姿を見せたのは、吉岡だった。
イグニスの目が鋭く光る。
「お前……捕まってなかったのか」
「ハッ、簡単にパクられっかよ。あの時は手下を盾にして逃げ切らせてもらったんでな」
吉岡は不気味に笑った。
そして、背後の黒服たちに合図を送る。
連れ出されたのは――縄で両手を縛られたルルイジーニだった。
「イグニス! くっ……!」
必死にもがきながらも、彼は強がるように歯を食いしばった。
「手荒にすんな、こいつは俺らの切り札だ。……よぉ、異世界から来たバケモン野郎。お前の力は知ってる。まともにやり合ったら勝ち目はねぇ」
吉岡の目は獲物を捕らえた獣のようにぎらついていた。
「だからよ―、人質作戦ってわけだ。なぁ?」
ロマーリオが歯ぎしりする。
「クソッ、卑怯な真似を……!」
イグニスは一歩前に出た。
冷たい目で吉岡を見据えながら、低い声で言う。
「……その命が惜しいなら、今すぐルルイジーニを解放しろ。俺は最後の警告をした」
吉岡は一瞬、背筋に冷たいものを感じた。
だが、虚勢を張り、ナイフをルルイジーニの首筋に押し当てる。
「おっと、脅しか? その目……前と同じだ。俺はその視線にトラウマを植えつけられたんだぜ。でもな……今回は違う。こっちには”弱点”を握ってる」
不穏な空気が張り詰める中――ルルイジーニの運命をかけた攻防が始まろうとしていた。
吉岡は刃物をちらつかせながら、イグニスとロマーリオに金を要求する。
イグニスは一瞬、相手を潰す選択も考えたが、ルルイジーニの必死に耐える姿を見て、静かに財布を差し出した。
競艇での残高、日本円に換えた札束、すべてをまとめて吉岡の足元へ投げる。
「これで全部だ。ルルイジーニを放せ」
低く響くイグニスの声に、吉岡は舌なめずりをしながら札束を確認する。
「はははっ! これだよこれ! 命の値段ってやつだ!」
ルルイジーニを突き飛ばすように解放すると、そのまま高らかに笑いながら車に乗り込み、タイヤを鳴らして夜の街へ消えていった。
後には静寂と、札の入っていた空っぽの鞄だけが残された。
「……すまない。私のせいで」
ルルイジーニが悔しげに吐き出す。だがイグニスは肩を竦め、いつもの調子で吐き捨てた。
「気にすんな」
そしてイグニスの目が、鬼神の如く光る。
「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ。今度はあいつらが奪われる番だろ?…このイグニス様からな」
怒りよりも、どこか愉快そうに笑うイグニスの姿に、ロマーリオは背筋を寒くした。




