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奈落の果てのギャンブラー!  作者: 黒瀬雷牙
東の島国編(2)
37/50

競艇しか勝たん

 朝の競艇場。開場して間もないというのに、観客席にはすでに熱気が漂っていた。水面に射す朝日が反射してきらめき、時折鳴り響くモーター音が胸をざわつかせる。


「ここが……競艇か」


 腕を組んだイグニスの視線は、水面に釘付けになっていた。隣でロマーリオがパンフレットを広げ、にやりと笑う。


「おう、ここが日本の“水上の戦場”よ。奈落で矢を放つお前が、今日は舟券で的を射抜く番だ」


 ロマーリオは出走表を指差しながら続ける。


「まず大事なのは“枠番”。基本的に1号艇が有利だ。インから走る分、勝率は五割を超える。だがな、外枠でもモーターの調子やスタート力次第で簡単にひっくり返る」


「ふむ……つまり、選手の腕だけじゃなく、ボートやエンジンの力次第というわけか」


「その通り。どんな強豪選手でも、ハズレのエンジンを引かされりゃ、思うように走れん。……しかも初日は特に荒れやすい。調整不足、慣れ不足で波乱が出やすいからな」


「なるほど……奈落で言うなら初陣。緊張と不慣れが勝敗を左右する、か」


 イグニスは戦場を思い起こしながら深く頷く。確かに、戦いは道具の性能や環境に左右される。ここも同じ理なのだ。


「舟券はシンプルだ。固いのは“1-2-3”みたいな組み合わせ。だが、配当は低い。逆に“2-4-6”とか崩れると、配当は跳ね上がる。要は、堅実か、夢を見るかだな」


「……俺は後者を選ぶだろうな」


「だと思ったぜ」


 挑発めいた笑みに、イグニスはニヤリと返す。


 やがて第一レース。

 スタートで一号艇がわずかに出遅れ、三号艇が勢いよく差し込む。観客席がどよめき、声が飛ぶ。


「おおおおっ!! 三号艇まくったぁ!」


 イグニスの舟券は“3-2-1”。直線で二号艇が追い上げるが、三号艇が粘り勝ち。


「やったぞ……!」


 払い戻しを受け取ったイグニスは、手にした札束を見つめて目を輝かせた。


「これが……競艇の勝ちか!」


 水面を渡る風に、イグニスの笑い声が響いた。ロマーリオは肩をすくめる。


「今日はツイてるな。だが競艇は“水物”だ。勝ちも負けも、波に乗れるかどうかは時の運だぞ」


「ふん……ますます面白ぇ」


 イグニスの胸は高揚感で満たされていた。奈落での戦闘に似た緊張と熱気。ここには確かに「戦場」がある。


 そんな時、観客席の一角で初老の男が声を張り上げた。


「よっしゃあ! 今日も1256ボックスでいくぞぉ!!」


 耳慣れぬ言葉に眉をひそめ、イグニスはロマーリオに問う。


「おいロマ。……1256ボックスってなんだ?」


「舟券の買い方のひとつさ。数字は艇番。1256ボックスってのは、1・2・5・6号艇の3連単を全部買うって意味だ。効率は悪いが、戦法の一つだな」


「だが……外れ続けてるぞ。あの男」


 実際、男はレースのたびに「1256!」と叫んでは外し、悔しがり、次も同じ買い方を繰り返す。まるで狂信的な執念。


「フハハ、愚か者だな」


 イグニスは鼻で笑った。


 …だが最終第12レース。


 実況が叫び、観客席がざわめきに包まれる。


「6号艇が先頭に立ったぁぁ!!」


 さらに5号艇、2号艇が追随し、ゴール直前は大混戦。そして決着。


「決まった! 6–5–2! 大波乱ッ! 超高額配当です!!」


 その瞬間、あの初老の男が両手を突き上げ、狂喜乱舞した。


「うおおおおおっしゃああああ!! 6–5–2だぁ!! 大逆転大勝利ぃぃぃ!!!」


 観客席から驚きと羨望の声があがる。イグニスは目を剥き、拳を震わせた。


「な、なんだと……!? あの買い方で……大勝ちだと!?」


 ロマーリオは肩をすくめ、苦笑混じりに言った。


「言ったろ。外れ続けても、一発当たれば破壊力は桁違いなんだ」


 イグニスは呆然と、その狂気じみた執念の勝利を見つめていた。

 胸の奥で燃え上がるのは驚愕、そして未知の世界へのさらなる渇望だった。


 こうしてイグニスの競艇初日は、衝撃と興奮に包まれて幕を下ろした。

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