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奈落の果てのギャンブラー!  作者: 黒瀬雷牙
上級冒険者の日常(2)
29/50

ライトニングバカラしか勝たん

【奈落 第八層 雪原エリア】


 氷の風が頬を切り裂く。真白な雪原に、グラシア・エンバークルスの巨体がついに崩れ落ちた。甲殻は氷のように砕け、白い吐息が空に散って消えていく。


「……終わったな」


 弓を納めるイグニス。その隣で女剣士ヒルダが大きく息を吐く。


「まったく……あんた、突っ込みすぎなのよ! あそこで一歩引けばもっと楽に勝てたのに」


 白魔道士マチルダも、杖をつきながら眉をひそめる。


「ほんとですよ。あんな無茶したら、回復魔法が間に合わなくなりますってば」


 イグニスは苦笑し、二人の小言を聞き流した。Sランク依頼は無事に完遂し、報酬は三等分。一人あたり8,000G。雪原の冷たさの中でも、その金の重みだけは確かな温もりを持っていた。


【サンライズシティ 夜】


 街へ戻った三人は、それぞれの方向へ別れていく。ヒルダとマチルダは最後まで「無駄遣いするな」と釘を刺してきたが、イグニスは軽く手を振って別れた。


「……さて、久しぶりに行くか」


 夜のネオンがまぶしく輝く方向へ、自然と足が向く。そう、カジノだ。


【ゴールデン・フェニックスカジノ】


 煌めくシャンデリアの下、イグニスは見慣れぬテーブルの前で足を止めた。

 ――ライトニングバカラ。

 中央の装飾が、稲妻のような光を放っている。


…………

カジノ〈ゴールデン・フェニックス〉のライトニングバカラ:ハウスルール


 基本の流れは通常のバカラと同じ。プレイヤー側(Player)かバンカー側(Banker)、どちらの合計値が9に近いかを予想して賭ける。カードの数え方は、10と絵札は0、Aは1、それ以外は数字通り。合計が二桁なら一桁目だけを使う。


 だが、ゴールデン・フェニックス式ライトニングバカラには、奈落の干渉を受けた“魔力を帯びる稲妻カード”という特別な仕掛けがある。ベットが締め切られた直後、一〜三枚のカードに雷が走り、それぞれに最大8倍までの配当倍率が付与される。もし自分が賭けた側の手札にその雷カードが含まれていれば、勝利時の配当は掛け算される。


 一枚あたり最大8倍。三枚すべてが8倍で揃えば――8×8×8、すなわち最大512倍という破格の一撃が可能だ。


 ただし、この雷を呼び込むには「ライトニング料」として通常ベット額の20%を事前に支払わなければならない。雷を引けなければ勝っても配当は控えめで、負ければベット額以上の痛手を負う危険な勝負。


 莫大な富か、深い奈落か。稲妻の煌めきが、その境界線を鮮やかに照らす。


…………


【ゴールデン・フェニックスカジノ ライトニングバカラ卓】


 最初の勝負から四回目まで――結果はまちまち。勝ったり負けたりだが、共通しているのは、雷カードが一枚も乗らないことだった。

 そのたびに差し引かれるライトニング料、ベット額の二割。勝っても配当は控えめ、負ければ当然そのまま消える。


「……手数料ってやつは、やっぱ重いな」


 イグニスは残るチップを見やり、口元だけで笑った。だが、退く気はなかった。雷の一撃を引けるのは、挑み続けた者だけ――そう信じている。


 五回目の勝負。


「…オールインだ!!」


 イグニスはチップを前に押し出し、迷わずプレイヤー側に賭けた。


 ベットが締め切られた瞬間、天井の魔導ランプが雷光を放つ。

 ――稲妻が、カードの上を走った。


 1枚目、スペードの6・2倍。

 2枚目、ハートの3・4倍。


 イグニスの目が鋭くなる。ディーラーのエミリが、まずバンカー側の1枚目をめくる。


「ナイン」


 場の空気が一瞬で冷えた。

 初手で最強の9…バカラで最も絶望的な数字。


 次にプレイヤーの1枚目。

 倍率が乗った2倍カード。スペードの6。


「……まだ終わっちゃいねぇ」


 続けて、バンカーの2枚目がめくられる。


「エース」


 合計は9から一気に0へ。歓声が小さく湧き、イグニスの口角がわずかに上がる。


 そして、プレイヤーの2枚目。

 4倍の雷が走るカード――数字はハートの3。合計は9。


 雷鳴のような喝采が、テーブルを包み込んだ。


「プレイヤー、ナイン! ウィン!」


 エミリの声と同時に、配当がはじき出される。通常勝利に倍率8倍が掛かり、山のようなチップがイグニスの前に積まれていく。


 稲妻は、ついに牙を剥いた。

 雪原で稼いだ8,000Gは、今やその数倍に膨れ上がっていた。


 イグニスは静かにチップを集め、グラスの水を一口。


「……これだからやめられねぇ」


 雷光がまだ残る視界の奥で、次の一手を思い描いていた。


 快勝に気をよくしたイグニスは、今回Sランク依頼を共にしたヒルダとマチルダをディナーに招待する。


【サンライズシティ アビス・レストラン】


 きらめくシャンデリアの下、円卓には上質な料理が並んでいた。分厚いステーキ、香り立つスープ、焼きたてのパン。

 イグニスは勝利の余韻を胸に、グラスを掲げる。


「今日は俺のおごりだ。思う存分食ってくれ」


 女剣士ヒルダはナイフを手に取りつつも、じとっとした視線を向けた。


「まさかとは思うけど……その勝ち金、またカジノで稼いだんじゃないでしょうね?」


 白魔道士マチルダも、パンを千切りながら小さくため息をつく。


「依頼の報酬を丸ごと突っ込むなんて……ほんと懲りないですね」


 イグニスは肩をすくめ、悪びれもせず笑った。


「結果オーライだろ? 雪原で命張って稼いだ金を、雪のように溶かすよりはマシだ」


「……例えが悪いわよ」


 ヒルダが苦笑し、マチルダも半ば呆れたように笑みを漏らす。


 料理が進むにつれて、話題は戦場での立ち回りや過去の依頼話へ移っていく。

 氷の洞窟で危うく遭難しかけたこと、盗賊に馬車を盗まれた夜、そして誰もが笑い転げたキャンプの失敗談――。


 グラスを重ねるたび、笑い声が広がり、最初の小言はすっかり消えていた。


【深夜 サンライズシティの街角】


 レストランを出ると、夜風が三人の頬を撫でた。


「じゃ、またな」


 イグニスが軽く手を振ると、ヒルダがわざとらしく眉をひそめる。


「まさかこの後……」


「行かねぇよ、今日はな」


 そう言って笑うイグニスに、マチルダが「()()()って言いましたよね?」と指摘する。だが、その声も柔らかかった。


 街灯の下で別れた三人の足音は、それぞれの方向へと消えていった。

 ほんのり温かい余韻だけを残して――。

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