アンダルバハールは勝てん
【ゴールデン・フェニックスカジノ 翌日】
前夜、アンダルバハールで奇跡の大勝を収め、全財産は約20,000Gへと膨れ上がった。久々の盟友アルガードと高級クラブで豪遊し、イグニスは上機嫌のまま眠りについた――はずだった。
だが翌日、彼の足は自然とカジノへ向かっていた。
「昨日の流れなら……まだ勝てる」
煌びやかなカジノフロアの中、アンダルバハールのテーブルは昨日と同じ静けさを保っている。馴染みのディーラー、エミリが敬語で微笑む。
「本日もお越しくださり、光栄でございます、イグニス様」
「昨日の続きをやる。今日もアンダルだ」
ターゲットカードはクラブのクイーン。イグニスは20,000Gを一気にアンダルへ置いた。昨日の成功が、判断を迷わせなかった。
カードが交互に置かれ始める。
(来い……来い……来い……)
アンダル側にカードが置かれるたび、胸が高鳴る。だがクイーンは出ない。
(来るな……来るな……来るな……)
バハール側にカードが出るたび、歯を食いしばる。昨日ならこの辺りで来ていた――そんな淡い期待が心を締め付ける。
数枚、十数枚……空気が重くなっていく。背中には嫌な汗が滲む。
(……そろそろだ、アンダルに来い)
そして――
「バハール、クイーン」
エミリの淡々とした声が、全てを終わらせた。瞬間、目の前のチップが霧のように消え、テーブルは空っぽになった。
「……っ」
声にならない息が漏れる。昨日の歓喜が、まるで悪夢のように遠ざかっていく。
エミリは言葉を選びかけたが、結局何も言わなかった。ただ一礼し、次の客を迎える準備を始める。
【サンライズシティ 夜の街】
ポケットには硬貨が数枚。街のネオンは昨日と同じなのに、色を失って見える。
「……冒険者ギルドか。何日ぶりだ?」
自嘲気味の笑みを浮かべ、イグニスはゆっくりと歩き出す。昨日の勝利はもうどこにもなかった。




