ハイ&ローは勝てん
イグニスは調子に乗っていた。連続で的中したハイ&ローの感覚が、全身に心地よい熱を走らせる。
「ここまで来たら……少し賭け金を増やしてみるか」
最初のチップは約1,000G。連勝の余韻に背中を押され、イグニスは半分ほどのチップを積み上げ、大勝負に挑む。
「ハイ……」
カードをめくる手にわずかな震えもなく、イグニスの瞳は冷静そのもの。しかし、数字は予想と反対に転がる。
「……え?」
一度目のミス。だが、まだ微笑みを浮かべ、次の勝負に挑む。
「ロー……」
またしても外れる。焦りが顔に少し現れるが、イグニスは冷静を装う。
周囲の村人たちは気づき始めた。最初の連勝の印象が強かっただけに、次々と外すイグニスの姿にざわめきが広がる。
調子に乗って積み上げた500Gほどのチップはあっという間に減り、残りわずかになった。
「くっ……」
イグニスは歯を食いしばる。連勝の余韻で慢心していた自分を悔いるが、もう手遅れだった。
最後の一局、イグニスは残ったチップすべてを賭ける。心のどこかで「ここで流れを取り戻す」と信じて。
「ハイ……」
だが、カードは無情にも反対の数字を示す。残ったチップも、全て相手に渡った。
村の広場は静まり返り、イグニスは深く息を吐く。調子に乗った代償は大きく、興奮と余韻は跡形もなく消え去った。
「……やはり、甘くはないな」
彼の瞳には悔しさと冷静さが混ざる。勝ち続ける快感に酔った自分を戒めつつ、経験として胸に刻む。
村人たちはそっと笑みを浮かべる。敗者の悔しさを知らない者ではないと、今のイグニスを認めたのだ。
【ミルフィア村 翌朝】
夜明け前の空は淡い橙色に染まり、村は静かに目を覚ましていた。
イグニスは荷を整え、馬車に乗り込む。小さな宿の前には、昨夜のハイ&ローを見守っていた村人たちが立ち、手を振って見送ってくれる。
「おお、イグニスさん! また来てくれよな!」
少年が元気に叫ぶと、村の老人や商人たちも笑顔で頷き、声を揃えた。
「次は負けないようにな!」
イグニスは微笑み、軽く手を振りながら答える。
「ありがとう、また必ず遊びに来るよ」
馬車はゆっくりと村の門を抜け、金色の朝日に照らされた草原を進む。村の屋根や木々が遠ざかっていく。
道中、昨夜の敗北や連勝の余韻を思い返し、イグニスは小さく笑みを浮かべる。経験として胸に刻み、次の勝負への力に変えていく。
馬車は広大な平原を越え、森を抜け、小川を渡る。
道沿いには小さな村や農家が点在し、村人たちが朝の仕事に励む姿が見える。
イグニスは窓から景色を眺めながら、サンライズシティの方向を思う。
「もうすぐ……あの街か」
心の中でつぶやき、馬車の揺れに身を委ねる。
旅の疲れはあったが、奈落で鍛えた体と精神が、再び挑む力を与えてくれる。
【グランドリオン領 サンライズシティ】
午後、馬車はついにサンライズシティの門に到着する。城壁や高くそびえる塔、広がる市街地の賑わいに、イグニスの瞳が光る。
街の中心から漂う人々のざわめき、馬や荷車の音、香ばしい食材の匂い……すべてが活気に満ちている。
イグニスは深く息を吸い、背筋を伸ばした。
「よし、帰ってきた……さあ、ここからだ。俺はこの街の勝負を制してみせる」
馬車を降り、荷を引きながら街の路地を進む。彼の足取りには、敗北を糧にした冷静さと、新たな挑戦への熱が混ざっていた。




