イカサマは許さん!
【裏の雀荘 深夜】
数日後、イグニスとロマーリオは再び「吉岡の店」に足を踏み入れた。
だが今日は違う。
イグニスの目には、あの時の悔しさと鋭い警戒が宿っている。
「今日は勝たせてもらうぞ……正々堂々とな」
吉岡は口元を吊り上げる。
「正々堂々? ここはそういう場所じゃねぇんだよ」
配牌。イグニスは何気ない顔で牌を並べるが、視線は相手の手元と袖の動きに釘付けだ。
そして、気付く。
(……やはり、牌を袖に隠して差し替えている……しかもサインは咳払いと指の動き)
リーチ合戦の最中、イグニスは相手のイカサマを逆手に取り、わざと不要牌を引かせるよう誘導。
数局後、見事な倍満和了を連発。
「ロン。3万2千だ」
イグニスは静かにチップを積み上げる。
吉岡の笑みが消え、代わりに目にギラついた光が宿った。
「……お前、何した? 俺らからそんなに勝つやつはいねぇ」
背後の扉が開き、筋肉質な男たちが次々と現れる。
短髪、サングラス、タトゥー。目でわかる半グレの連中だ。
「勝ち分、置いてけや。そうすりゃ今日は帰してやる」
ロマーリオは青ざめた。
「イグニス、やべぇって! 連中、本気でやる気だ!」
しかし、イグニスの表情は一切揺らがない。
「……奈落の深層で、牙を剥く魔獣を数百体、たった一人で薙ぎ払ってきた。この程度の数……恐れる理由はない」
次の瞬間、イグニスは卓上の牌を弾き、立ち上がる。飛びかかってきた半グレの腕を掴み、音を立ててテーブルに叩きつける。
椅子を盾にしながら、二人目を回し蹴りで壁に叩きつけ、三人目の顎を拳で撃ち抜く。
「ひ、ひぃっ……」
逃げ出そうとする者の足首を掴み、引き倒す。
わずか数分で、十数人が床に転がり、呻き声を上げていた。
その時、路地の外からパトカーのサイレンが響く。
吉岡の店の外には、近隣住民が通報したらしいざわめきが広がっている。
「警察が来る! イグニス、急げ!」
ロマーリオが腕を引く。イグニスは最後に吉岡の襟元を掴み、低く言い放つ。
「二度と俺の前でイカサマはするな。次は……奈落よりも暗い場所に落としてやる」
そう言い残し、二人は裏口から夜の街へと消えた。
イグニスとロマーリオは、吉岡の雀荘から裏口を抜け出し、狭い路地を駆け抜けていた。
背後からはサイレンが近づき、赤と青の光が壁に乱反射している。
「イグニス! 急げ、もうすぐ角だ!」
ロマーリオの息は荒い。
だが角を曲がった瞬間、制服警官が二人を待ち構えていた。
「おい、そこの二人! 止まれ!」
取り囲まれたイグニスたちは、事情聴取を受ける羽目になった。雀荘での大乱闘、複数の負傷者、破壊された家具。
証言は半グレ側に不利なものが多かったが、勝ち分の現金は「証拠品」として全て押収されてしまう。
「……つまり、全部パァってことか」
ロマーリオが肩を落とす。イグニスは眉ひとつ動かさず、ただ静かに吐き捨てた。
「金はまた稼げる。だが、あの吉岡……もし次会ったら、必ず詰ませる」
警察の介入により、裏社会にまで顔を売ってしまったイグニスとロマーリオ。これ以上の滞在は危険と判断し、翌日の便で帰国することになった。
空港のロビーで、ロマーリオは何度もため息をついた。
「もったいねぇ……あんな大勝、警察さえ来なきゃ……」
イグニスは小さく笑う。
「まぁ…運も勝負のうちって奴か」
【帰りの飛行機】
エンジン音が響く機内で、ロマーリオがふと思い出したように言った。
「そういや、日本にはまだ競艇とかオートレースっていう、別の公営ギャンブルもあるんだぜ」
イグニスの瞳がわずかに光を帯びる。
「水上と……エンジンの競争か。面白そうだ」
彼は窓の外の夜空を見つめ、低く呟いた。
「必ず戻ってくる。この国のすべての勝負場を、制してやる」
翼の先に灯る赤い光が、闇の中で静かに瞬いていた。




