麻雀は勝てん?
【東の島国 雀荘「風の館」 数週間後】
健康麻雀に通い始めてから、イグニスはめきめきと腕を上げた。
牌効率、河読み、点数計算──最初は戸惑った細かいルールも、今ではほとんど苦もなくこなせる。
「フフ、今日もトップだ。ロマーリオ、どうだ?」
「やるじゃねえか。だが、お前ちょっと勝ちすぎて目立ってきてるぞ」
ロマーリオの警告を、イグニスは半ば冗談と受け流した。
ある日、雀荘の片隅で、スーツ姿の男がイグニスをじっと見つめていた。
口元には薄い笑み。目は獲物を観察する猛禽のように鋭い。
「……あんた、強いな。こんな場所じゃ物足りねえだろ?」
男は低い声で囁き、名刺を差し出した。
そこには店名も住所もなく、ただ「吉岡」とだけ書かれている。
「……興味があれば、夜中にここへ来な」
【裏の雀荘】
指定された路地裏のビルの一室。
防音の重い扉を開けると、紫煙とアルコールの匂いが漂い、昼の雀荘とは全く違う空気が満ちていた。
「ようこそ、こっちは本物の勝負の場だ」
吉岡は笑いながら、分厚いチップケースを開けた。
金額は、1点1000円。トップなら数十万円、ラスなら同額のマイナス。半荘一回で人生が変わる額だ。
ロマーリオは険しい顔をした。
「イグニス、やめとけ。ここは遊びじゃねえ」
「……俺は勝負師だ。挑戦しない理由はない」
最初の半荘、イグニスは驚くほど順調だった。
的確な読みとツモで和了を重ね、3万点のトップ。50万円近い勝ち。
「……悪くない。ここでも通用するな」
吉岡も笑みを浮かべた。
「やっぱり強いな。次はもう少し面子を変えてやろう」
面子が変わった途端、流れが急激に悪化した。
リーチをかけてもツモられ、放銃すれば満貫や倍満。捨て牌を読んでも、相手の待ちはことごとく裏をかかれる。
「……おかしい……こんなに読めないはずは……」
それでもイグニスは意地になり、負けを取り返そうと高額の点棒を賭け続けた。
深夜3時。
残りの手持ちは200万円を切り、最後の半荘も吉岡の放ったリーチ一発で裏ドラが乗り、倍満。
「ロン。3万2千だ。精算だな」
チップをはじく音が、やけに重く響いた。
点棒計算の後、イグニスの負け額は──
マイナス198万円。
路地裏に出ると、冷たい夜風が頬を打った。
ロマーリオが深いため息をつく。
「だから言ったろ……あれはイカサマだ。吉岡の連中は、牌をすり替えるのも目配せで仕込むのも慣れてる」
「……俺が……負けた……」
イグニスの拳は震えていた。悔しさと、見抜けなかった自分への怒りで。
「次は……奴らの手口を見破って勝つ。あの200万、必ず取り返す」
暗い夜の中、その声だけが確かな熱を帯びて響いた。




