君の隙を見つけたい
「またお前か、佐藤」
「そっちこそ、また変な髪型して。寝癖くらい直してきたらどうなの、鈴木くん」
目の前の席の佐藤美咲は、くるりと振り返り、俺の頭を指差してため息をついた。毎朝の恒例行事だ。こいつとは、なぜかいつもこうして些細なことでぶつかってしまう。
「うるさい。これは最新のモードだ」
「へえ、世の中の流行はそんなことになってるんだ。勉強になるなあ」
にやにやと口の端を吊り上げる佐藤に、俺はぐっと言葉を詰まらせる。口喧嘩では、いつも俺の方が一枚下手だった。悔し紛れに「お前こそ、そのリボン、昨日と色違いじゃないか。毎日ご苦労なことだな」と返すが、「当たり前でしょ。女子の嗜みも知らないわけ?」と一蹴されるだけ。
今日もまた負けた。教室に響く無情なチャイムを聞きながら、俺は固く決意した。
いつか、こいつの「隙」を見つけて、ぎゃふんと言わせてやる。絶対にだ。
*****
それから俺の日常に、新たなミッションが加わった。「佐藤美咲の隙を探すこと」。
まずは観察からだ。授業中、いつもはピンと伸びている背筋が、苦手な数学の時間だけ少し丸まっていること。指名されそうになると、必死に教科書の文字を目で追って、顔を上げないようにしていること。
(なるほど、数学は苦手か。今度からかってやろう)
そう思ったのに、放課後、図書室で必死に数学の問題集と向き合う佐藤の真剣な横顔を見てしまったら、そんな気はどこかへ消えてしまった。
昼休み、いつもは友達と賑やかに話している佐藤が、一人でいる時、カバンにつけた小さな猫のキーホルダーを指でそっとなぞっているのを見つけた。いつもは強気な表情が、その時だけふわりと柔らかくなる。
(意外と可愛いもの好きなのか? 全然イメージと違うな…)
俺は自分の発見に、なぜか少しだけ胸がドキリとした。
ある雨の日、俺が傘を忘れて昇降口で立ち往生していると、佐藤が「…しょうがないわね」とため息混じりに傘を差し出してきた。
「え?」
「先生に、鈴木くんが困ってたら助けてあげなさいって言われただけ。勘違いしないでよ」
そう言ってそっぽを向く佐藤の耳が、ほんのり赤く染まっていることに、俺は気づいてしまった。
「隙」を探しているはずだった。弱点を、言い返せるネタを、見つけようとしていただけのはずだった。
なのに、俺が見つけるのは、あいつの不器用な優しさや、隠れた努力、意外な一面ばかり。それは、俺が言い返すための材料には、到底なりそうもなかった。
気づけば俺は、佐藤の「隙」を探すふりをして、ただひたすらに佐藤のことばかり目で追っていた。
そして、運命の日が訪れる。
また、本当に些細な、掃除当番のやり方で俺たちは口論になった。
「だから、そっちの掃き方が雑だって言ってるの!」
「こっちのセリフだ! お前こそ、完璧主義すぎるんだよ!」
売り言葉に買い言葉。ヒートアップした俺は、つい、言ってはいけないことを口にしてしまった。
「うるさいな! どうせお前は、後でまたあの猫のキーホルダーでも撫でてないと、落ち着かないんだろ!」
瞬間、佐藤の動きがピタリと止まった。
教室に静寂が訪れる。しまった、と思った時にはもう遅い。
佐藤は驚いたように目を見開き、みるみるうちにその大きな瞳に涙を溜めていった。
「な、んで…」
震える声で、佐藤が呟く。
「なんで、そんなこと知ってるのよ…。なんで、そんなに私のこと、見てるの…?」
ぽろり、と涙が彼女の頬を伝う。
いつも快活で、強気で、絶対に泣き顔なんて見せないはずの佐藤の、初めて見る「隙」。
俺は何も言えずに立ち尽くす。
すると佐藤は、ぐっと顔を上げて、涙で濡れた瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。そして、絞り出すような、でも、驚くほどはっきりとした声で言った。
「もう、いい加減にしてよ…!」
「私が、あんたのこと好きなの、気づいてよ…!」
時が、止まった。
佐藤の告白が、俺の頭の中で何度も何度も反響する。
『好き』。
俺がずっと探していた、彼女の『すき』。
それは、弱点や欠点という意味の『隙』なんかじゃなかった。
呆然とする俺の目の前で、佐藤は顔を真っ赤にして俯いている。
俺は、心の中で静かに、そして確信を持って呟いた。
「――君の『好き』を、見つけた」
この物語を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
自分にしては結構王道なラブコメを書いてみました。
あなたの周りにもいませんか?
なぜか気になるあの人の、ふとした瞬間に見せる「隙」。
もしかしたら、あなたが「隙」だと思っているその一面は、あなただけに向けられた特別な「好き」のシグナルかもしれません。
このお話が、あなたの日常を少しだけキラキラさせるきっかけになれたなら、これ以上の喜びはありません。
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