個性・差別・才能・義務②
もうひとつだけ、要の夏休みの思い出について。初めてのスポーツ観戦。お父さんに連れてきてもらったのはサッカーだった。ただ、興奮気味の要に対して、あまり気乗りのしないお父さん。正直お父さんは野球が観たかった。久々に球場へ行きたかった。ドームでもいいし、神宮だったら電車で1時間かからない。ごひいきのチームも選手も監督もいる。一方のサッカーはいまいちルールも分からないし、選手の名前など一人も知らない。サッカーは海外のスポーツという認識だった。しかしうまいこと近場の球場のチケットが取れず、たまたま新聞屋さんから貰えたのがサッカーのチケットだったこともあり東京ドームではなく、目的地が国立競技場になった。
この頃はJリーグもワールドカップの出場経験もなし。海外で活躍しているという選手も訊かないし、テレビや新聞で取り上げられることも稀。高校サッカーは定期的にテレビでやっていた気がするが。だから幸か不幸か快適な人口密度、観客は少なかった。海外のクラブチームに所属する選手が代表戦の為に各国から凱旋して、というのは漫画だけの世界だった。
東京ドームだったら、フランクフルト1本買うのに30分かかる。トイレに行くタイミングを誤れば大行列に巻き込まれ、いったん着席したら離席することすら心苦しい。前後左右に上下遠近、目の届く所も届かない所も人で埋め尽くされている。子供連れには厳しい環境になるが、こうでなければプロスポーツとして成立しない。プロスポーツ選手としてお金を稼ぐことができない。生活ができない。スポンサーの支援を受けられない。子供のヒーローが現れない。そのスポーツの国内レベルが上がらない。子供がそのスポーツに夢を見ない。そのスポーツの未来が開かれない。才能あるスポーツ選手を表舞台に引き上げてやる大人が必要なのだ。尤も、お父さんにとっては要が迷子になる心配もないし、帰りに話題の豚骨ラーメンでも食って帰るか、なんてことを考えていた。そっちの方が楽しみだった。
野球の自由席だったら試合開始の2、3時間前に到着しないといい席は取れない。下手すると座れない。ところがどっこい、サッカーは違う。要とお父さんがスタジアムに入ったのはキックオフの30分前。それでも混雑は全く見られず、悲しくなるくらいに平和だった。
試合開始は午後1時30分。お昼ご飯は焼きそばにフランクフルトとペプシコーラ。実は鈴本家、お母さんが大のジャンクフード嫌い。子供の体を考えてのことなのだが、間違った知識も併せ持ちながら頑なにファーストフードを避けてきた。だから要はこの日、生まれて初めてフランクフルトを口にした。そりゃウマいよな。ましてやスタジアムで食べたとなれば格別だ。ちなみに炭酸入りのジュースを飲むのも数か月ぶり。だって冷蔵庫にあるのは水、牛乳、麦茶。あ、ジュースもあるぞ、100パーセントストレートオレンジジュースがね。そうそう要のお母さん、ハンバーガーの肉がミミズの肉だと半分本気で信じていた。パンに挟んである牛肉に1割、2割、別の肉が混じっているのではと疑っていた。それくらいメイド・イン・ジャパンを盲信し、外国企業に不信感を抱いていた。
難なく苦も無く最前列。それどころか、最前列の通路から身を乗り出さんと観戦したって、誰にも文句は言われなかった。誰の邪魔もにもならなかった。誰も同じことをしていなかった。嬉し悲し、回りに人がいなかった。広く見回せばゼロとは言わないまでも、何人いるかと問われればすぐに数えられてしまう。これではビジネスとして成り立たない、そんな感想を抱きながら父親は悠々と座席を3つ使い、試合ではなく身を乗り出さんとする要に注意を払っていた。夏休みでこの状況はキツイ。止まり木がないので狂ったようなセミの鳴き声が静かなのはせめてもの救いだったが、暑いことに変わりはない。ハンドタオルと麦茶と入れた魔法瓶は準備してきたが、帽子を忘れてきた。日陰もないから黙って座っているだけでもシャツからパンツまでベトベトである。普段よりも余計に重力が地球を圧迫しているかのような炎天下の中、要は後ろを振り返ることなく試合に没頭した。要もサッカーには詳しくないはずだが、楽しんでくれているならそれに越したことはない。
スポーツショップに海外のユニフォームがずらりと並んでいるのは見たことがあるし、競技場の売店でもユニフォームをはじめ、様々なグッズを販売していた。他のスポーツと比較してユニフォームはまぁ、魅力的かもしれない。ただ肝心の試合に関しては盛り上がりに欠けていた。両チームが1点ずつ取り合ったのだが、その時に少々拍手が起きたくらい。90分通して(サッカーは前・後半45分ずつ)印象に残る場面はなかったように思う。大の大人が蹴って、引っ張って、体当たりして。サッカーというのはかなり激しいスポーツと知った。選手同士の距離が近く、接触する機会も多い。それと誰もがよく走る。常に足が動いている。90分間走り続ける、運動量も問われるスポーツだ。技術、戦術なるものも要求されようがそれ以前に、そこに辿り着く前段階として、体力なき者はピッチに立つことすら許されない、そんな印象だった。サッカーが原因で戦争が起きたり、試合があるから休戦したりする世界があったらしい。とてつもない影響力であるが、父親にはさっぱり理由が分からなかった。心当たりがなかった。寝耳に水だった。なぜ要がサッカーに興味を持ってしまったのか。