表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

二十六のクーピー⑤


 清香ちゃんも男の子も、一学期の思い出を画用紙に描いていた。清香ちゃんの絵は他の子達を比べて色彩豊か。絵が好きで、お絵描き教室にも通っていて、りんごひとつ取ったって赤一色で完成させる要とは異なり、黄も橙も黒も白も使う。そんな清香ちゃんのクーピーは、ほとんどの子が12色なのに対して24色。まずそのケースの大きさが違う。重さが違う。輝きが違う。そこには男の子のクーピーにない色が12色もあった。ふと覗いた際にイメージぴったりの色が目に入ったのだろう。勇気を振り絞った。男の子に頼まれ、快くクーピーを貸してあげた清香ちゃん。ありがとう―嬉しくて、興奮して、でも早く返さなきゃ―力が入ってしまった。へこむでもなく曲がるでもなく、ポキッと折れてしまった。すぐにごめんねと謝った男の子だったが、綺麗に整えられた24色のクーピーの中で、やはり折れた1本は異色を放った。使えないことなどない。他の色と同様、変わらず色を塗れる。けれども1本だけ折れてしまった。短くなってしまった。元には戻らないという事実は、清香ちゃんを驚かすには十分だった。ぽろぽろと涙の粒が零れてしまった。

 岡部先生は男の子を席に戻し、清香ちゃんを慰め、清香ちゃんもうん、うんと頷く。心の中では分かっているのだ、大したことではないと。けれども感情が言う事を訊かなかった。我慢しようとしてもしゃっくりが止まらない。顔が上がらない。平常心が戻らない。

 教室が居心地の悪い緊張感に包まれる。一切のお喋りがなくなり、意識して絵を描くことだけに集中する。見てはいけない、視線を送ってはいけない、見て見ぬ振りをしなくてはいけない。そんな空気が流れる中、要がすっと立ち上がった。右手には1本のクーピーを握っている。下を向いて涙を流す清香ちゃんの横に立って、ぽんぽんと肩を叩いた。りんごよりも真っ赤な目をした清香ちゃんが要を見上げる。目が合うと要はにこっと微笑み、持っていたクーピーを唐突に折ってみせた―これで一緒―そして何事もなかったように自分の席に戻った。清香ちゃん、男の子、他の園児、そして岡部先生がぽか~んとしていた。

 しかもこれが伝播した。すみれ組の園児ひとりひとりが入れ替わり立ち上がり、清香ちゃんの前で1本ずつ、自分のクーピーを真っ二つにした。最後は男の子が自分のクーピーをぽきっと折って、再びごめんねと頭を下げた。この時には驚きすぎてすっかり涙の止まった清香ちゃんも、立ち上がってみんなにごめんなさいと謝った。

「はいっ、じゃあ、この件はこれでおしまい。絵の続きを描きましょう。」

岡部先生がパシッと手を叩き、皆も落ち着きを取り戻した。子供達が即座に集中力を高めていく。一瞬で高みにもっていく。その後も秘かに動揺していたのは岡部先生だけ。友達思いの行動に、頼もしさよりも危うさを覚えた。優しさよりも恐怖を感じた。模範よりも特異を痛感した。これまでも、この短い3ヶ月の間に思い当たる節がなかったわけではないが、これにて確信に変わった。変わってしまった。悪いことではない、決して悪いことではないのだが、常軌は逸している。




 各学期の修了式で渡される『学びのまとめ』。学校で言う通知表に当たるが、その中身は連絡帳をも少し幅広くしたもの。学業の成績云々ではなく、日常生活に関する評価が主となる。親からすると我が子が第三者から受ける初めての相対評価。他の子と比べて、平均と比べて、例年と比べて上か下か中かの示唆を受ける。とは言えだ。問題点を提起されるとしても、大方は些細なこと。せいぜい忘れ物が多いとか、言葉遣いが気になるとか、落ち着きのない時があるとか。可愛らしいものである。先生だってそうそうはっきり直球で記すにはためらいが伴う。それにもかかわらず要の学びのまとめに書かれた一言―自己犠牲―園児には到底ふさわしくない四文字。例えば『順番をお友達に譲ってあげられる』であれば、えらいねぇと褒めてあげられる。それが心配の種にまで成り上がってしまった。わざわざ園から家庭に伝えることが試みられた。家の外における子供の特徴として提示された。


                                  【二十六のクーピー 終】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ