卒園式の隠し事➅
式は滞りなく行われた。卒園性は退場した後、各クラスに戻って担任の先生から最後のお話を頂く。それが終わるといよいよ教室から園庭に移動し、在園生が両手で作ってくれるトンネルを潜って、園門で待つ保護者の元へ。これにて全ての過程が終了となる。
講堂からクラスに戻り、名札の剥がされた席に着いた。昨日、自分の手で剥がして捨てた。たった今、卒園式を終えたばかり、資格情報だけで心が動くかというと、心のシン(・・)に響いた。無言で改めて現実を突きつけられた。もうここは自分の居場所ではない。自分の机、椅子ではない。次の別の誰かの物。自分はもう関係のない、ただの他人。
開いたままの扉から岡部先生が現れた。と同時に、女の子たちが先生を囲む。涙を流す子もいる。そんな子を慰めながら着席を促す先生。最後のお話が始まる。かばんも道具箱も、行事ごとの皆の作品もない、大掃除の終えられた部屋はいつもより広く、うら寂しく感じられた。
軽く咳払いをして、意識して感情を切り替えた岡部先生が最後のお話を始める。
「皆さん、ご卒園おめでとうございます。本当に立派な卒園式でした。」
ひとりひとりの瞳を見つめ返す岡部先生の目元が仄かに赤味を帯びているのは化粧のせいだけではないだろう。
「最後の最後、皆さんにどんなお話をしようかと悩みましたが、私が小学生だった頃のお話をしたいと思います。皆さんは4月から小学校に通うわけですが、そこでも新しいお友達がたくさんできるでしょう。先生がみなさんくらいの頃、実は先生、お友達を作ることが苦手でした。1年生の1学期、私は教室で独りぼっちでした。自分から声を掛けて仲間に入れてもらうことができませんでした。」
おやっ?と子供達。思っていたのと違うな、と。その内容に子供達の目が鋭さを増す、何なら式よりも。明日は我が身かもしれないから。
「休み時間は独り、下校も独り、お友達の家へ遊びに行ったこともありませんでした。」
ぞっとした子もいたはずだ。卒園性が1番不安に感じていることだから。
「でもね・・・ある日、ある男の子が一人ぼっちの私を誘ってくれたんです。『こっちにおいでよ。一緒に遊ぼ』って。涙が出るくらい嬉しかったのを今でも覚えています。それからは私からもお友達に声を掛けられるように努力して、お友達が増えていって、とても楽しい小学校生活でした。大丈夫、皆さんは私と違って小学校でもすぐにお友達ができるでしょう。そこで先生からのお願いです。皆さんがお友達と一緒にいる時、どうかぐるりと回りを見てみて下さい。独りで寂しそうにしている子がいないか、うつむいている子がいないか、笑顔の消えてしまっているお友達がいないか。もしもそんな子を見つけたら、こっちにおいでって誘ってあげて下さい―」
ここで開けっ放しの扉がノックされ、スーツ姿の男性が準備できましたと目で合図を送り、岡部先生が頷いた。時間だ。
「私は今でもその男の子のことを尊敬していますし、、感謝していますし、同じ仕事に就いていることを誇りに思っています。独りよりもみんなで遊んだほうが楽しいですよね。嫌なことがあっても、みんなと一緒だと忘れることもできちゃいます。自分だけじゃない、みんなで楽しく過ごせるお兄さん、お姉さんになって下さい。いいですか!」
「はい!!」
教室は生徒と先生だけの世界だから、今日は世界が一周する日だから、心がどうしても白くなる日だから、夢物語でも絵空事でも、でかすぎる理想を心に刻んでも罪にはならない。今日この時だけは、心のままに。
「さぁ・・・お別れです。園庭に出ましょう。在園生がトンネルを作ってくれていますよ。」




