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二十六のクーピー①

【二十六のクーピー】

 早起きが苦にならないと訊いたら、どれだけの人が羨ましがるだろう。要は朝に強く、要の朝は早かった。入園時刻は9時だったが、要の登園は8時ちょっと過ぎ。名物の「開かずの踏切り」のご機嫌にも左右されるのだが、先生方と一緒に教室へ入ることも珍しくなかった。要が正徳幼稚園に通った2年間、送り迎えをする母親に泣きつくようなことは1度もなかった。あっさりと別れを告げた後、友達のいないがらんとした静かな教室でも寂しそうな素振りも見せず「すずもと」の名札が貼ってある席へ向かうのだった。

 要の朝は塗り絵から始まる。黄色い肩下げかばんを机の横に引っ掛け、連絡ノートを先生に提出。そのまま教室後方にある自分の道具箱から塗り絵帳とクレヨン、クーピー、色鉛筆のいずれか、もしくは全部を引っ張り出してくる。塗り方、設計図は頭の中にできあがっていて、道具が揃ってしまえば席を離れることはない。カラコロと筆を選ぶ音と、筆先が紙を擦る音が、外部とは対照的に声も風も振動もない教室に響くだけ。そんな訳で要のクラス担任、すみれ組の岡部先生も安心して朝の事務作業をこなせるのだった。むしろ無邪気なお目付け役がいることで、独りの時よりも手が抜けないとひとりごちる―眩しいくらいに青い要。こんな美人の先生を差し置いて、塗り絵にぞっこん。雑音、戯言、雑念の類には見向きもしないのだった。




 両親の教育方針だったのか子供心にそう感じただけか、要に対しては小学校低学年までそこそこ(しつけ)に厳しい家庭だった。要にとって細かい約束事、行儀作法、風呂掃除などのお手伝いは苦にならなかったが、テレビに関する決まりはしんどかった。そのルールは、朝の7時からと夜の7時からの30分は有無を言わさずNHKのニュースを見ること。どんなに見たいアニメでも、話題のバラエティーでも、月に1度の特番でも許されなかった。ビデオに録画することは許されていたが、チャンネル権は与えられなかった。意味も言っていることも分からなくていいから、とにかくその日のニュースに触れること。法も政治も経済も園児や小学校低学年には理解不能(ぱっぱらぱ~)の暗号か外国語の様なものだったが、我慢して耳を傾ける以外の選択肢はなかった。大人は全部理解できるんだろうな、大人になったら全部分かるようになるのだろうか。ふとそんな不安に襲われると、暗いニュースよりもずっと気持ちが落ち込んでしまう。安心していいぞ、大人だって分かっている振りをしているだけさ。理解の妥協がうまいだけ。全てのニュースに精通している大人なんていないから。けれども、だからといって学ぶ姿勢を捨ててはならない。自分から調べ、求め、追いかける努力を忘れてはならない。

 ビデオを楽しみに30分の苦痛に耐えるのだが、終わりの5分間は要自身の意思で画面に集中力が注がれる。そこに映るは気象情報。明日の天気と週間予報。願うは太陽、祈るは晴れマーク。とにかく雨が降りませんように。

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