個性・差別・才能・義務➅
「要、徒競走で最終走者になったんだって。どうだ、1位は取れそうか?」
お父さんの質問に苦笑いしながら首を傾げる要。ちょっと自信無さ気か。
「順位なんて何着でもいいんだ。最後まで全力で走りなさい。」
今度はうんと、力強く頷いた。
「ヨーイ・・・・・・BAN!!」
号砲と共に、一斉にスタートを切るはずだった。ひとりがスタートに失敗した。普通の靴に土のグランドだから珍しいことではない。軽く腰を落とした状態で位置につき、スタートの合図と同時に足を滑らせた。身体が沈み、膝が地面に触れただろうか。要だった。
「あっ。」
咄嗟に顔からビデオを外したお父さん。その反応は誰よりも速かった。隣で進を抱えるように座っていたお母さんの腕にもギュッと力が入る。違和感は進にも伝わっただろうか。そして誰よりも驚いたのは毎日のように園児達の走りを見てきた先生達。そりゃ声は出さない、表情にも出さない、手も出せない。何事もなかったように平然と見ているだけ。これだから本番は怖い。練習はあくまで過程。本番での結果が全て。今日は何が起こるか分からない。運が自分に向いている日かもしれない。相手がお腹を壊しているかもしれない。そして思い知るのだ、現実という残酷で未知なる結末を。
午前の部は大きな拍手と歓声で幕を閉じた。50メートル弱という短い距離の中で最後尾からのスタートだった要が、30メートル付近で1位に躍り出て、結果大差をつけて1着でゴールした。誰の目にも明らかな、桁違いの速さだった。お父さんなんか心奪われ見惚れてしまって、ビデオをそっぽ向けたままレースに没頭してしまった(もちろん家に帰って文句の嵐)。対して進とお母さんは笑顔でパチパチと拍手していた。それは要に向けてというよりは、走り終えた全員に送られているようだった。そんな中、
「お、お母さん。見たか、要の奴―」
「もちろん見てましたよ。目の前を走っていましたから。今日はお祝いね。」
「いや、要の奴、速かった・・・よな?」
「一等賞でしたからね。」
「うん、そうなんだけれど・・・・・・要の奴、速かったよな?」
混乱真っ最中のお父さんの真意は伝わらない。伝わっていても汲み取らない。知らない振りで、しらばっくれて。どこか遠くへ、違う世界へと離れてしまう気がするから。
「お父さんは何を言ってるんですかね~?」
お父さんを無視して進に話し掛け、お弁当の準備を始めるお母さんであった。
運動会のお昼休憩は家族揃ってお弁当を食べる。園児はお昼を食べに一旦解散して、午後に再集合。これもまた醍醐味のひとつ。午前の部が終わり、園内放送で昼休憩の案内が流れる中、要が戻ってきた。そこで家の玄関みたいに進が迎えに出ようとしたのだが、次男よりも先に父親が出しゃばって進の出迎えを遮ってしまった。
「要、いつの間にそんなに足が速くなったんだ?幼稚園で習ったりしたのか?幼稚園の授業で先生に―」
かわいそうに、心はお父さんのお尻を見上げるしかなかった。
「ほら、お父さん、お弁当を食べながらにしましょう。」
「そ、そうだな、ゴメンゴメン。」
頭をぽりぽり◯きながら立ち尽くすお父さんを、進がうんしょと押し退けて、要に抱っこをせがむのだった。
一方その頃、職員室でも声の音程が普段と半音ズレている男がひとり。
「いや~、鈴本君、速かったな~。やっぱり教えてあげたいな~。腕の振り方とか、足の蹴り方とか、スタートとか―」
早くお弁当を食べなさいな、やっぱり苦笑いの女性陣である。




