個性・差別・才能・義務⑤
いい天気だ!天気が良けりゃ何も心配することはない。怪我に気を付けて友達と大いにはしゃげばいい。失敗したって負けたって構やしない。練習の成果を、晴れ姿を、友達と一緒に盛り上がる自分を目に焼き付けてもらえばいい。
運動会自体は9時開会なのだが、園門が解放されるのは7時30分。理由はもちろん場所取り対応の為。7時前から敷物やブルーシートを抱えて並ぶお父さんの姿が見られた。大行列とはいかないまでも、20人程が列を作る。最前列に陣取ってカメラで、ビデオで、目の前でということなのだが、そこに子供の姿が。要がお父さんと一緒に並んでいた。眠たそうな素振りはなく、気合十分の模様。昂ぶる気持ちを抑えきれず、これでもかとお父さんに喋りかけていた。お父さんの方が眠そうで、疲れた感じで、ちょっと面倒臭そうだった。
「まだ家でゆっくりしてても良かったんだぞ。」
そう言うお父さんに、大丈夫といわんばかりに笑顔で首を横に振る要。こういう無邪気な表情をされると仕事の疲れとか眠気とか、この後2時間暇だなぁとかは、明後日の方向に吹っ飛んでしまう。
「あら、随分といい席が取れたのね、特等席じゃない。」
「要が案内してくれた。ここだと徒競走が1番近くで見られるってさ。」
「要ちゃん、張り切っていたものね。」
「張り切り過ぎてコケなきゃいいが。」
開会式の15分前に後の2人も到着した。母親と、母親に手を引かれた男の子―紹介が遅れてしまったが、本作の主人公である―鈴本 進は要の2ヶ下の弟。家では「すすむ」ではなく「しん」と呼ばれているのはお察しの通り。この頃の進はもう、お兄ちゃんにべったりの甘えん坊。要が幼稚園へ通うようになって初めの数週間は、朝の度に駄々をこねていた。ずっと「要ちゃんは、要ちゃんは?」と繰り返していた。元気にいってらっしゃいをできた日でも、昼頃に突然思い出して恋しくなてしまうことも度々。2学期に入ってからはお兄ちゃんのいない家にも慣れた進だが、要が帰ってきたらべったり離れない。離さないようにあれして遊ぼ、これして遊ぼ。これに対して要もしっかりお兄ちゃんしてくれて、嫌がることなく面倒をみてやるのだが、母親の目にはいささかべったりし過ぎの感があった。
自分の高校時代以来の運動会。その記憶と比べると幼く、か弱く、危なっかしい。だから可愛らしい。紅白のチーム分けもなく、応援合戦もない運動会が平和に、滞りなく進んでいった。そして午前中の最終種目が年中組の徒競走。
「幼稚園の運動会はやっぱり退屈だなぁ。」
内緒話をするみたいに耳元で囁いたお父さんの膝をぴしゃっと叩くお母さん。、そういうことは黙っていればいい。さ、入場だ。
「ほら、要ちゃんが出てきますよ。進ちゃん、お兄ちゃんを探して下さいね。」
最前列の鈴本家。要から走る順番は教わっているから、並んでいる列は察しがつく。最後尾で入ってくるはずだ。音楽に合わせて美しく園庭を1周してからスタート位置についた。人の多さにまだ緊張気味の進もお兄ちゃんを見つけられた模様。けれども声援を送ることはできず、お父さんとお母さんに「要ちゃん、いたよ」と指を差して教えてあげるので精いっぱい。
「偉いぞ、進。よく見つけられたな。」
実はその通り。入場門に並んだ時点で人と人の間を縫って、お父さんとお母さんよりも早く要を発見した。たまたまだと、思うよな。
入場が済んでしまえば徒競走は留まることなく進行していく。ものの十数秒でひとつのレースが終わり、すぐさま次のレースに移るから、傍から見ると一種の流れ作業をこなしている風に見えなくもない。工場の作業員が先生達で、園児たちはベルトコンベアに載った製品の様。言い方は悪いがそれくらい感情の起伏に乏しかった。連合陸上大会みたいな選手紹介もないし、タイムを計っているわけでもないから流れを中断するものがない。お父さんの味方をするわけではないが、どこか味気なく、盛り上がりに欠け、その可愛らしさに癒されるだけのかけっこだった。だって大きな歓声が上がるのは転んだ時だけだもの。致し方ないとはいえ、足りない物、欠けている物は闘争心。しっかり走って、走り終わったらお喋りせず、静かに座って後の子を待つ。前半はね。
レースが進むに連れて園児の走力が上がってくる。同時に走者に負けん気が出てくる。意地と緊張感が観ている側に伝わってくる。スタート、ゴール地点にいる先生の眼光も心なしか鋭くなった。残り2組。順也は1位でゴールテープを切った。要の前から人が消え、いよいよ最終レース。
「進ちゃん、お兄ちゃんが走りますよ、しっかり応援してあげてね。」
「うん。」
しかしながら鈴本家、ここにきて残念なことに気付いてしまう。要の走るコースは第一レーン。観客席から1番遠い、1番奥。こちら側から1番見えにくいコースだった。展開次第では要のゴールする瞬間が他の走者の影になってしまうかもしれない。が、その時はその時、か。ビデオを構えない理由はない。父として、息子のゴールする瞬間は逃せない。




