突き進む道
2章の開始です。
〈記録:林道 巧召喚事件 初動記録より抜粋〉
――12年前、とある施設にて。
今でも思い出す。
あの悪夢のような出来事を。
津波に飲まれたはずの俺たちは――
目を覚ますと、見たこともない“妙な場所”にいた。
そのときだった。
遺跡のような建物の高台に、黒いローブをまとった男が姿を現した。
「私は王羊座領、古代魔法研究員のゴードンだ。ここにいる異世界人よ――簡単に言えば、貴女方は我々の召喚儀式によってこの世界に■■■されたのだ」
「……今、あの男は何て言ったんだ?」
全員が、その“最後の一言”だけを聞き取れなかった。
「そうか、“誓約”か……今は聞くことが許されていないらしい。
まぁ、そんなことは些末な問題だ。端的に言えば、我々の世界は魔王軍との戦争で疲弊しており、兵力を補うために貴様たちを召喚した」
魔王軍? 意味がわからない。何を言ってるんだ、こいつは。
「もちろん、今の話を信じられないのも無理はない。だが――我々には時間がない」
「……時間が、無い?」
「今から貴様たちを“選別”する」
「選別だと? 何をする気だ……!」
「今から、“捕獲したミノタウロス”を放つ。1時間逃げ切るか、倒すか……方法は任せる。
我々が欲しいのは、“戦力になり得る人間”だ」
「ふざけるな!!」
「嫌だ! 家に帰してよ!!」
辺りを見回すと、遊覧船で見かけた高校生、老夫婦、新婚らしきカップルの姿もあった。
誰もがこの狂った現実に抗議し、絶望していた。
だが俺は――あの“ゴードン”という男の目を見た。
あれは、かつてヤクザの世界で何度も見た、“覚悟を決めた目”だった。
どれだけ犠牲が出ようと、なんの躊躇もなく――
**「人を殺める目」**だ。
ヴォォォォォ……!
闘技場の大扉が開く。
その奥から現れたのは、身の丈2メートルを超える、牛の頭を持つ化け物――ミノタウロス。
「きゃあああっ、化け物!!」
「助けてくれぇ!!」
「死にたくない……っ!」
あの怪物を見た瞬間、俺は悟った。
これは夢なんかじゃない。現実だ。
そして――ゴードンの言葉もまた、真実だった。
ヴォォォォォ……!!
……今、俺たちは――地獄にいる。
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サジタリウス領 BAR「ペルソナ」
カウンターでは、店の女の子とラビが軽口を叩いていた。
「う〜ん、最近アリスちゃん見ないね? 何かあったの?」
「いやいや〜、今はね、社会勉強のために職業体験してもらってるんだよ〜」
にやけ顔で甘い声を出すのは、ラビ。
アリスの上司であり、林道に仕事を回している張本人だ。
「へぇ〜? アンタが“女の子に社会勉強”ねぇ。
私はてっきり、異世界人調査の催促にキレて放り出したんだと思ってたわ〜」
タバコをくゆらせながら、辛辣に言い放つのは店のママ。
「やだな〜、ママったらぁ〜……ボトルもう一本お願いしま〜す!」
「キャー♡ ラビさん大好きれぇ〜〜!」
「ヘラヘラしてんじゃないよ……で、アリスちゃんは、どのくらいで戻ってくるのさ?」
「うーん、林道がついてるし、遅くても一週間くらいかな〜?」
「タク坊がいても“1週間かも”な任務に……あんた、それ、新人を行かせたんだ?」
「うっ!? いや〜、ほら、“可愛い子ほど旅をさせろ”的な〜?」
「ふ〜ん……外面“だけ”いい男は、結局クズってことね」
図星を突かれ、ラビは一瞬黙り込んだ。
「おぉ〜、こってり絞られてんな」
「ただいま戻りましたー。ママさん」
店のドアが開き、アリスと林道が現れる。
「ラビ、とりあえず特急で解決した。追加料金、請求するぞ」
「へぇ〜、ラビさん、店の子には気前いいのに、私たちには……」
「わかったよ! 好きなの頼みなって!」
「ママさん! オムライスお願いします!」
「うちは定食屋じゃないっての!……で、タク坊は何にするの?」
「この後、報告あるから、サンドイッチと水で」
「……喫茶店でもねーよ! ったく。上司に報告するってのに、そのみすぼらしい髪と髭と顔、どうにかしなさいよ」
「いや、顔はどうしようもないだろ」
「とにかく、身なりくらい整えてきなさいっての。カナン、タク坊を風呂入れて散髪してやって」
すると店の奥から、刺青が目立つアフロヘアの女性・カナンが現れ、無言で林道に“来い”の眼力を飛ばす。
林道は、抵抗もせず奥へと消えていった。
「ママさん、林道さんのこと、“タク坊”って呼んでるんですね」
「まぁね、アイツがアリスちゃんくらいの年でここに来た頃からのあだ名なのよ」
あの林道さんが坊やって……想像つかないけど、確かに10年前に魔王を討伐した時、林道さんがそれより前にこの世界に来たなら、当時は14、15歳のはず……
「ところで、調査はどうだった?」
ママが少し真顔になりながらアリスに問いかける。
「……詳細は、林道さんが報告します。
後の処理については憲兵たちの仕事なので、私には……」
アリスは言葉を選びながら、俯いたまま答える。
「アリス……」
「……私、大戦が終わって、これからみんな幸せになっていくんだって……勝手に、そう思ってたんです。」
ぽつりとこぼれた言葉は、思ったより重たかった。
「けど……あの村の人たち、誰も助けを呼べなかった。
誰も、怒ることすらできなかった……“また始まるのかな”って、そう思ってる目だったんです。
怖かった……それより、悔しかった」
カウンターの空気が静まり返る。
「……アンタは、よくやったよ」
タバコを揉み消しながら、ママがぽつりとつぶやく。
「……はい」
少しだけ顔を上げて、アリスは頷いた。
そこへ、カナンに頭をゴリゴリ刈られた林道が、ボサボサの髪をさっぱりさせてカウンターに戻ってきた。
「整ったな、タク坊」
「サンドイッチは……まだか」
「あるかバカ。報告は奥の部屋でやりな。ラビも付き合いな」
そうぼやきながら、林道とアリス、ラビは奥の部屋へと向かっていった。
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奥に進むと、アリスはふと疑問を口にした。
「……あの、林道さんとラビさんって、どういう関係なんですか?」
ラビは一瞬だけ目を伏せ、笑みを浮かべながら言葉を濁した。
「ん〜、まぁ……それは“あのお方”の了承を得てから話すよ。ちょっと待ってて」
そう言うと、店の奥にある重厚な扉を開けてラビは中へと入っていった。扉の向こうからは、しばらく音も声もしない静寂が続いた。
アリスは周囲を見渡してつぶやく。
「……私、このお店で何度も夕食を食べて帰ってたんですけど、こんなに奥に広かったなんて、知りませんでした」
「まぁな、それだけ俺たちの“上司”ってのは、規格外なんだよ」
「うっ……」
「戻るなら、今のうちだ。このまま忘れて、日常に戻った方が幸せかもしれないぞ」
「……そうかもしれません。でも――ここで引いたら、あの村で貼り付けにされていた人たちの悔しさを、見なかったことにするような気がして……私には、それはできません!」
「……それが、お前の“ジャーナリズム”か?」
「そんな、たいそうなものじゃないです……ただ、目を背けたくないだけです」
「……そうか」
――ガチャ。
扉が開き、ラビが顔を覗かせた。
「お待たせ。さ、2人とも中に入って」
部屋の中へと足を踏み入れると、奥の壁一面を覆う巨大な鏡のようなものが目に入った。いや――これは鏡ではない。最近、双子座領が開発したという大型のモニターだ。しかし、壁いっぱいに広がるサイズのものを見るのは初めてだった。
そしてそのモニターに映し出された人物を見て、アリスは息を飲んだ。
深い蒼髪に金色の瞳。頭部には銀色の角が2本、優雅に伸びている。 その姿は、サジタリウス領の者なら誰もが知る存在――
十二連合国の一国・サジタリウス領の当主、レビィア・サジタリウス王妃だった。
神々しく気品に満ちたその姿を前に、アリスは自然と膝をついていた。
「レビィア王妃……! 先ほど報告した、アリス・イレイザーです!」
レビィア王妃はやわらかく微笑み、静かに言葉を紡ぐ。
「そなたが、ラビより紹介を受けた“アリス”と申す者か?」
「はっ、はい! 私はアリス・イレイザーと申します。新聞社で見習いとして働いております!」
「良い。この場は公の場ではない。そこまで畏まらずともよい」
「は……はい、ありがとうございます」
レビィアは一息置き、続けた。
「さて、アリスよ。今の状況は、そなたにとって理解しがたいことばかりであろう。詳しい話は後にするとして――端的に言えば、林道とラビ、この2人は我がサジタリウス領の“密偵”として動いている者たちだ」
「……み、密偵、ですか!?」
「アリスも、すでに見たはずだ――この国の影に潜む“現実”を」
「…」
「魔王討伐後、確かに対戦時と比べて平和にはなった。 しかし、連合はも各々の領土の安定を優先で全てを把握する事は難しい」
「はい、それは…」
「そして、今回の様に対戦時に戦っていた異世界人が民間人を襲う始末もある」
「なら、連合軍を使えば、確か対戦時の活躍した人達が在籍を」
「残念だが、それは難しい…こう言っては何だが、彼らは殲滅こそ得意とするが、市街地で被害を抑えて戦うことに長けてるわけでない」
確かに、対戦時は外敵と戦う為に多少の犠牲も余儀なくされたからこそ出来た事でも、平和の今の世の中で同じ事が出来るのかな…
「ただの暴漢なら彼等も簡単に抑えられるが、"戦人"が相手になると」
「戦人…」
私は先日の金田と林道さんの戦闘を思い出す。 あの巨漢の金田は驚く程の速さで動いていた。 でも、林道さんはそれに対して焦る様子も無い…あれが対戦時の基準なら…
「少なくとも生き残った相手の戦人が相手なら、最低でも金属ランクの者でないと話にならないだろう」
「レビィア王妃、その辺は後程、このラビが彼女に話します。 本題に移りましょう」
「そうだな、頼むぞ ラビ」
「はぁ!」
「つまり、今のサジタリウス領では表だって"軍団を動かせない"だからこそ、彼等に調査として動いて貰っておる」
私は2人を見た。今の2人は先までは違って重い空気を感じる。 彼等は秘密裏でこの国のために動いている事は肌で感じる。
「それで、林道の報告で彼等の活躍を取材をしたいと記載があるが間違いないのか?」
「はい!」
「今、聞いた通り、この事を公には出来ない、特に今は平和記念万博が近い 他の領土に付け入る隙は作りたくない」
「それは…」
「それに、今後あの様な戦場に行く覚悟はあるのか?」
「悪いが、少女の好奇心の為に気安く許す程、我々も懐は余裕はない」
「その、私は!」
「正義のため? その様な甘い戯言は御伽噺だけにしておけ 正義ほど、危うく……脆く……騙される幻想はないのだから」
「!?」
先まで、穏やかな顔立の王妃の瞳が、今は獲物を狙う蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「夢物語なのは承知しています……でも、私は夢物語も語れない平和なんて要りません!」
上手く言葉に出来ているか怪しい…確固たる証拠も真実も無い…何も無い
何も無い、私だけど ここで引いたら…一生、私を許せない
「ちょっ! アリス!」
「待て、ラビ……黙って見てろ」
「言いたいことはそれだけか?」
レビィア王妃の圧に飲まれそうになる。だが私は、信念を貫こうと、震える手にあのとき拾った布切れを握りしめていた。
「ふっ……なるほど、中々の気骨がある少女だ」
空気がふっと軽くなり、先ほどの威圧感が消える。レビィア王妃は、元の穏やかな表情へと戻っていた。
「萎縮させるような真似をして申し訳なかった。貴女の“覚悟”が知りたかったのだ」
「レビィア王妃……?」
王妃はなぜか扇子を取り出し、口元を隠したまま、しばらく黙り込んだ。何かを考えているようだった。
ラビさんは怪訝な顔でその様子を見ている。林道さんはまっすぐにレビィア王妃を見つめていたが、何も言わなかった。
やがて、静寂を破ってレビィア王妃が口を開いた。
「おっと、申し訳ない。……アリス・イレイザー。しばらく林道に同行することを許可しよう」
「え……?」
「期間は一ヶ月。そのあいだの言動、並びに同行中の記事の内容を、ラビと私の腹心が評価し、改めて“アリス・イレイザーの同行継続”について判断を下す」
つまり――お試し期間。
しかしそれは、すなわちレビィア王妃に“認められた”ということでもあった。
「レビィア王妃……多大なご配慮、誠に感謝いたします!」
これで、少しは前に進める―― 私の戦いが、ここから始まる。
射手座領
12連合の中で魔王討伐の為の魔大陸入りから外れ、農業や漁業に終戦前に力を入れたことで終戦後は民間で栄えるほどに発展した。
ユグドラシル大陸の中間地点のため、各領土の橋渡しとして果たしているが、その為に周囲の警戒が多い為、密偵を使い周囲の調査に余念が無い。
レビィア王妃と林道、ラビの関係性も表向きには伏せられている。