張り付けの村
馬車を降りて、林藤はまっすぐ村に向かうかと思いきや、近くの小高い丘へと足を向けた。
「林藤さん、村に行かないんですか?」
アリスが怪訝そうに尋ねる。
「観光地じゃないんだ。占拠されてる可能性がある村に、馬鹿正直に突っ込んでどうするよ」
「うっ、それは……」
言葉に詰まったアリスに、林藤は黙って単眼鏡を手渡した。
「見てみろ。あの村の様子を見て、それでも耐えられるか?」
アリスは疑問を抱きつつ、単眼鏡を覗き込む。
視界に映ったのは、荒れ果てた村の全景だった。
道路は崩れ、屋根の抜けた民家もある。だが、そんな中で最も目を引いたのは――教会の壁。
「え……う、嘘……」
アリスの瞳が揺れる。
そこには、数人の人影が“張り付け”にされていた。距離があって表情までは見えない。だが、動いていない。
死んでいる。アリスは直感でそう感じた。
「っ……うぇ……!」
思わずその場にしゃがみ込み、胃の中身を吐き出すアリス。
林藤は顔をしかめるが、何も言わない。ただ、少しだけ視線を遠くに投げた。
「……こりゃ、道具屋として潜り込むなんて悠長な真似はできそうにねぇな」
冷たくも現実的な言葉に、アリスは唇を噛みしめるしかなかった。
「それだけですか? あの惨状見て他に言うことは!?」
アリスが林藤に文句を言おうとしたが途中で林藤に口を塞がれる。
「喚くな、ここには調査に来てるんだぞ? お前が喚いて事態が改善するのか?」
「!?」
事実を言われて大人しくなったアリスを見て、林藤は塞いでいた手を退け、道具屋として持って来た荷物を漁り、準備を始めた。
「元々、“単独”よりももう1人いた方が怪しまれないって理由で、ラビに依頼されてお前を連れてきたが……」
林藤は先の惨劇を見たアリスを見てこれからの展開を予想し、当初の方法での潜入調査は無理だと判断した。
「この状況じゃ余所者が来た時点で袋叩きに合う可能性がある。 お前は帰れ。」
「え? 何で?」
アリスは林藤に唐突に帰れと言われ呆然としていた。
「街の様子を観察して決めるが、多分、今夜忍び込んで首謀者を拘束する。 仮に戦争経験者の異世界人なら戦闘になる可能性がある。そうなると何にも出来ない奴は足手まとい以外ないんだ」
林藤は無言で鞄を漁り、小さな閃光玉を取り出すと、アリスに放り投げた。
「お前にはそれで十分だ。護身用だが、目潰しにも使える。……さっさと丘を下りて帰れ。」
「……っ」
言いたいことは山ほどあった。でも言葉は口から出てこなかった。
林藤は踵を返して、村の方へと歩き出す。
その背中に、アリスは思わず手を伸ばしかけた――
「ま、待って、私は――」
――シュッ!
何かが地を裂いて飛ぶ音。
アリスの足元に、一本のナイフが突き立った。
驚きに目を見開いたアリスに、林藤が振り返らずに告げた。
「二度目は無いぞ……」
その言葉には、一片の情も、迷いもなかった。
アリスは一歩も動けなかった。
まるで、自分の中の“何か”を見透かされたようで。
林藤の姿は、夜の帳にすぐに消えた。
焚き火の音。酒瓶の匂い。下品な笑い声。
川辺の砂利の上で、数人の山賊たちが酒をあおっていた。
「なぁ、マジで王都に売れたんか? あの娘たちよォ」
「へっ、知らねぇ。俺はカネになりゃ何でもいいのさ」
その時、川上から流れてくる小舟に気づく。
「……なんだ? あれ」
「小舟だ。まさか積荷付きか?」
山賊のひとりが縄を投げ、小舟をたぐり寄せる。
舟には……白骨死体と、小さな金貨袋。
「……マジかよ、遺体付きじゃねぇか。気味悪……お、でもコレは……!」
金貨袋を奪うように掴んだその瞬間――
「ピン!」
小さな金属音。袋の中を見る。
「は? て、手榴弾……!?」
叫びと同時に、水面から何かが飛来する。
それは正確無比に手榴弾に命中した。
――ドカァァン!
火花と水飛沫が夜空を裂いた。
爆炎に包まれる山賊たち。
爆煙の向こう、静かに川から現れる影。
コートの裾を揺らしながら、まっすぐと進むその姿は――
地獄の底から現れた“死神”だった。
「さて、後何人残ってるんだ」
林藤の声は、凍えるように冷たかった。
連合国
今から20年前魔王軍の脅威に打ち勝つために、人間・エルフ・ドワーフ・獣人族の王が12星座に習って12星座連合国、通称=連合立ち上げた。 そして、そこから数年に渡り、異世界人の召喚を試み徐々に陣地を取り戻し、12年前に林道達が来た凡そ100人が加わり、2年後に終結を迎えた。
だが、その後の異世界人の殆どは表舞台から消えた。