出発
これを読んでいる読者がいるのならばどのような形であれ私の本は出版され世に出回っていることであろう。
私がこの本の執筆に取りかかった切っ掛けは中央商会 (中央大陸全体の商いを管理する組合)直々に依頼を受けたことだった。
―中央商会―彼らの仕事は幅広く雑多で膨大だ、特に集落と集落をつなぐ交易路の管理は一大事業で通るのには相応の通行料がかかるが辺境の村に至るまで安全が保証されており、中央商会という組織の信頼の証でもあった。
しかし、最近になってその交易路を利用していたキャラバンが魔物に襲撃される事件が度々報告されるようになった。いくつかの検証には私も立ち会ったがいずれもその周辺に生息している魔物の仕業であった。
悪辣な魔術師の使い魔等の第三者の痕跡も見当たらず、野生の魔物の獣害という方向に話が進んだのだが、そうなると今度はこの交易路の管轄である中央商会の沽券に関わる、原因の特定と安全の確保が急務であることは言うまでもない。そういった経緯で私に白羽の矢が立ったのである。
正直に言うと依頼を受けた当初は丁重に断りたかった、確かに私の透過術は極地や魔物の生息地の調査に適しているが、流れ者の私としては年単位、下手すると十年以上契約に縛られるのは非常に都合が悪い、だが厄介なことにこの依頼は唯一の公的な魔術結社である永朝の魔術師協会を仲介したものだったのだ。
公衆の面前や仕事で魔術を使うにはこの協会に魔術師として認定されなければならないし何より私も過去に依頼の斡旋をされたことも一度や二度ではない。恐らく協会はそれまでの実績から私を推薦したのだろう、つまりこの依頼を断ればギルドの協会の顔に泥を塗ることになるのだ。
私の生命線である依頼も報酬金も全て彼らが握っている、私に選択権は無かった。
結果として私は賃金としては十分すぎる金貨の袋と商会の上層部複数名のサインが刻まれた通行許可証を受け取り、商会の馬車に揺られてこの文章を書いている。
そしてこの手記は報酬の内の一つだ。もし依頼が完遂されれば中央商会がそのツテを使い大陸全土にこの本を広める契約になっている。
魔物は一般的に狂暴で強大でなんの益ももらたさない存在かもしれないが、だからこそその驚異について深く学ぶことが重要だと私は考える。
この手記はこれから私が大陸全土を調査して得た魔物達の生態を惜しげもなく書き綴るつもりだ。
これから私と同じ道を歩むかもしれない君たちの幸運を祈る。そしてこれを、私の仕事の―そして冒険の―始まりの一歩としよう。