第1話
ベンチの上で横になる私の身体の上に、雪が積もっていくのを感じる。
寒くなるから帰りなさい、なんて、ホームルーム後の先生の言葉が耳に残っていた。
湿った赤色のマフラーに鼻から下を埋め、ぼんやりとした視界に映る彼の姿だけを見詰めていた。
今年の冬は、彼の肌が恋しい。
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桜は散り落ち、街を歩けば半袖の服を着る人達が増えた五月中旬。
早くも衣替えとなり、夏物の制服を着用して登校する学生たちが目立つ。
自転車で並行で走りながら楽しそうに話す生徒
昨日の夜気になっている人と話せて、それを友達に共有しながら楽しそうに話す生徒
好きな音楽を聴きながら英語の単語本を読みながら歩く生徒
その後ろで歩く女子生徒。
肩下まで伸びた黒髪をくくり、ほんの少し日で焼けた腕は二の腕との色の差が目立ち、凛とした瞳は雲が散らばる青空に向けていた。
名は、椿 玲。
「玲!」
椿は学校に着くまでの残り十五分、前にいる生徒と同様に音楽を聴こうと思い鞄の中から有線イヤホンを取り出した。
その時、椿の後ろから名を呼んで走る椿の友人であり、剣道部部長の赤左 有記の姿が。
「おはよ、あれ、朝練は無いの?」
「うん!今日は朝の職員会議で先生達来れないから朝練なーし!久しぶりにこんなにゆっくり起きれたよー!」
「いつも早かったもんね」
「そうそう!久しぶりに玲と学校行けて嬉しいよ!」
「私もだよ」
焦げ茶色の短い髪が良く似合い、175cmという身長を持つ赤左は女子生徒からの人気を誇っている。
傍から見たらとても重そうな部活の荷物もへっちゃらな顔をして背負っている赤左に、椿は微笑んだ。
小学校低学年からの仲である二人は、高校に上がるまで一緒に登校を続けていたが、高校に上がり部活が本格的になってからは週一と減ってしまったが、それでも、この” たまに “を大切にしている二人にとっては、この瞬間が朝の幸せだ。
クラスが違う二人は、先に進んでいる科目があればそれを共有し、赤左が気になっている人の話で少し盛り上がり、二人が好きなアーティストが新曲を出したので、片方ずつイヤホンを耳にはめて、ラストのサビで口ずさんでいれば、学校へと着いた。
「あ、椿」
廊下で別れ、3-D 自分の教室へと向かっている最中、担任の飯塚 葵に声を掛けられた。
椿はクラス委員長を務めており、尚且つ生徒会役員でもある為朝や放課後、昼休み等に教師に声をかけられる事が多い、何か頼み事かと思い振り向いた。
「今日関西の方から転校生が来て、朝のホームルームで皆に紹介するつもりなんだ」
「この時期にですか?」
「何でもまぁ家庭の事情とかいうやつよ、あ、そんで放課後でも昼休みでも何でも良いから校内案内を頼みたいんだけど、今日時間ある?」
「大丈夫です」
部活動やバイトはしておらず、比較的時間のある椿は快く承諾した。
まだ登校していないというその転校生の事をほんの少し頭に入れ、教室に入り鞄を机の上に置けば、ベランダにある小さな花壇に水をやりに行く。
ジョウロを持ってベランダに出て、水をくもうと一歩出した時、ふと校庭の方に顔が向いた。
後三分程でチャイムが鳴るというのに、校門に一人、ズボンのポケットに手を入れて佇んでいる人の姿があった。
風が吹き、前髪がなびいて一歩引くと、その人は髪をかきあげて歩き始める。
明るい茶色の髪が瞳に残った。
「____ ま、連絡事項はこれで以上かなー、てことで、こっからは転校生を紹介しまーす」
「え!転校生!?」
「女!?男!?葵先生どっち!」
「落ち着け落ち着け、今から入ってくっから」
ホームルームが終わり、皆一旦一息ついた。
転校生という言葉に食い気味に反応する生徒達は今か今かと教室の扉に視線を送り続け、飯塚は「入っていいぞー」とドア越しに声を上げた。
ガラガラっと開いた扉、転校生が来ることは先に知っていたのにも関わらずやっぱり少し緊張する椿。時が止まったみたいだ。
「大阪から来ました、影井 華です、不束者ですがよろしくお願いします」
「結婚の時にする挨拶だわ」
彼だ。校門にいた人だ。
ほうぜいをついていた椿はハッとした表情をしながら、教壇に立ち、忽ち皆を笑顔にした彼を瞳の中心に捕らえた。
あの時見た明るい茶色の髪は目にかかりそうで、少し右の口角が左よりも上がっていて、垂れた目元にはホクロがある。
赤左よりも少し高く、細身で色白が目立つ。
耳を澄ますと「かっこいい」と教室のどこかから聞こえる。
「まあ3年のこの時期に転校っつうのも何かの縁だ、お前ら仲良くするように」
「不束者ですが」
「もう良いんだよ、あ、席はー……田中の隣空いてるな」
椿の席は廊下側の前から三番目、影井は窓側の後ろから二番目、窓側から二番目の席。
目の前に座る女子生徒はまるで一目惚れしたかのように影井の方を見ていた。
チラッと同じく影井を見ると、既に周りの男子生徒と仲良さげに話している。